油幕の外側




 重苦しい雨雲の切れ間をぬって注ぐ光の帯が、ひとつ、またひとつと増える度に、あるものは湖面に注いで淡黄色の円を描き、 またあるものは草木が留めた露に乱反射して、キラキラと輝く。
 『喜び』、『再生』、『苦渋からの解放』               そんな言葉が似合いそうな幻想的な風景を、ルルーシュはただ無言で眺めていた。




 決まりきった報告や議題しか出ない超合集国の定例議会に出席していたルルーシュがアリエスの離宮へ戻ってきたのは、30分ほど前のことである。
 ペンドラゴンとその近郊が激しい雷雨に見舞われていることは蓬莱島を発つときから知っていた。
 しかし、専用機が空港に着いたときはまだ雨脚が強かったものの、アリエスまでの道中で雨雲はすっかり勢いを失くしていって、 離宮へ入るころには降るか降らないかの瀬戸際で、かろうじて後者が勝っているような状態になっていた。
 帰宅予定時刻はあらかじめ伝えてあったし、今の今まで悪天候が続いていたならば、意外と活動的な一面も見せる女はさぞかし暇を持て余していたに違いなく、 ルルーシュが所用で少し外出したときでもエントランスホールで出迎えてくれることが多かったものだから、 自分が戻ればC.C.の方から顔を見せるだろうとルルーシュは考えていたのだが、しかし肝心のC.C.は一向に姿を現さない。
 悪逆皇帝であったころの怨恨を考えてセキュリティーには万全を期しているので、外部から何らかの攻撃が加えられたとは考え難かったが、 寝室やサロン、ダイニング、キッチン、バスルームなど、C.C.が普段出入りする場所を粗方覘いたというのに姿を見つけることができなくて、 ルルーシュは本格的に貌を顰めた。
 学園のクラブハウスで匿っていたころに度々味わった焦燥を彷彿させる、女の失跡。
 これだから無駄に広い家は不便である。
 足早に向かった先は自らの執務室だった。そこで保安システムの履歴を辿れば、少なくとも事件性の有無は確認できるからだ。 そして執務室の扉を開けたルルーシュは、思わず「・・・は?」 と間の抜けた声を上げてしまった。
 定位置の猫足カウチの上で丸くなって寝ているC.C.を発見したからである。
 おまけに執務机の前にはチーズ色のぬいぐるみが堂々と掛け、C.C.を静かに見守っていた。


「・・・・・・・・・・・・」


 いつもであればルルーシュはこの部屋で世界情勢の裏側を探っている時間だ。
 そこに用意された自分代行と、カウチで眠るC.C.。それらが示唆することはひとつしかなくて、ルルーシュは苦笑しながらカウチに腰掛ける。


「・・・ただいま」


 そう云って、小さな頭をそっと撫でると、うつくしい女の口許がふわりと緩んだ気がした。




 それから程なくして目を覚ましたC.C.によって、ルルーシュは外へと連れ出された。
 たぶん、気恥かしさを紛らわせるためだろう。
 ぼんやりと目を開けたC.C.が甘えた声でルルーシュの名前を呼びながら腕を伸ばしてきたものだから、ルルーシュの方も素直に上体を傾けて、首に絡みついてきた 腕を厭わしいとも思わずにC.C.を抱き起こしてやったのだが、どうやら完全に寝ぼけていたらしいC.C.は我に返ると激しくはにかんで、雨が上がったなら散歩に行きたいと 喚き出したのである。
 おかげで馬も使わずに延々と歩くこと30分、離宮の眼下に広がる湖の畔までやってきた。
 途中まではよかったものの、湖に繋がる小道は当然舗装などされているはずがなく、それどころか湖の周囲は草がそのまま生い茂っているので、靴と云わず膝のあたりまで 雨露と泥に汚れている。C.C.は膝丈のワンピースだから、これは帰ったら即風呂と洗濯だな・・などとルルーシュが考えていると、繋いでいた手をするりと解いて、C.C.は 湖の方へ歩いていってしまった。
 揺れる若草色の髪は周囲の緑よりも瑞々しく、細い腕やワンピースの白と鮮やかなコントラストを描き出している。
 幻想的な風景にとける、幻想的な女。
 しかしその存在は幻想でも何でもなくて、視線の先でちゃんとルルーシュを振り返るのだ。


「早く来い、ルルーシュ!」


 ワンピースの裾をふわりと翻しながら、C.C.が呼ぶ。
 さも当然といった声色に、先に行ったのはお前だろ、と溜息を吐きたくなったりもするけれど・・・・・




 命が尽きるそのときですら笑顔で満たしてやりたいと思う女を捕えるために、ルルーシュもまた歩みを再開した。












『油幕の外側』


やっぱり、ふたりがいい




2009/ 8/ 2 up