Se a te giunge il mio pregar




 目を覚ました瞬間に心を満たすのは、いつだって絶望である。


         なぜ私は生きているのか、と。


 失意溢れるこの世界にはこの手の感覚に苛まれる者が少なからずいるものだが、それでも大抵の者は望めば自ら命を絶てるのだから、 何をそんなに悲観することがあるのかと馬鹿馬鹿しく思う。


 果てなき明日を生きる罰。
 新たな罪を生む罪。
 看取った生命は数知れず、しかし次に生かされることもなく。
 愚者の輪廻を促すのは魔女。
 生贄の成熟を待つ      私。




「・・・お前はいなくなってしまうのにな・・」




 擦れた呟きは、薄暗い室内に拡散した。






 単なる契約者だと云いきる自信がなくなった男は、相変わらず私に背を向けて休んでいる。
 寝顔を窺うことは、できない。
 起こした上体を枕に凭れさせたまま、なんとなく手を伸ばした。目的地はルルーシュの頭。幼子のようにやわらかい髪を、何度も何度も梳く。
 人知れず、ルルーシュを愛でる時間。
 それこそ愛でられている当人すら知らない、穏やかな時間。


 ・・・・・・・・私のための、時間である。




 どうやらルルーシュは勘違いしているようだが、私は『死にたい』という願いを棄てたわけではない。
 もちろん、今この瞬間に、とは思っていないけれど。
 今もこうして必死に焼きつけているルルーシュの記憶が、ただの記録になる前に     その前に、できれば人として死にたいと思っている。


           なんて途方もない、ゆめものがたり・・・・・








「眠れないのか・・?」




 静かに届いた擦れ声に、鼓動が乱れた。
 しかし、最近はこうした接触も増えていたから、ルルーシュもそれほど訝しがっているわけではないようで、私も黒髪を梳く手は止めない。
 問いかけには、曖昧な肯定を返しておいた。
 眠れないのではなく、眠りたくないだけだ。
 ルルーシュの命も、あと僅か。昼間に惰眠を貪れる私が今眠ってしまうのは、惜しい気がした。


「ルルーシュ」
「・・・なんだ」
「ふふっ、お前はやっぱりルルーシュだったよ」
「・・・そうか」


 私の呼びかけに、言葉に、ルルーシュが返す反応を覚えていたいと思う。
 この後姿も、髪のやわらかさも。
 私という存在を肯定してくれたルルーシュのすべてを、私が覚えていたいと思う。




「・・・・・忘れない・・」




 ナリタでは過去を何もかも忘れたと云ったが、あれは半分嘘だ。
 私が人間であったころからのすべての時間は、記憶の回廊にすべて残っている。


        その気になれば閲覧可能な、記録カコとして。




「お前だけは・・・」




 でも・・・ルルーシュの記憶は記録カコにしたくない。


 記録カコにだけは          ・・・










        そう簡単に忘れられて堪るか」




 どこか不機嫌さを漂わせる声とともに、薄闇の中でさえ翳らない紫紺の瞳がこちらを振り仰いだ。
 その音色も、色合いも、愛おしい。
 本当は           失いたくない。
 けれど、他でもないルルーシュが自分で決めた未来なのだから、私は笑って見送らなければならないのだ。




「そんなに忘れられたくないとは意外だなぁ、ルルーシュ」
「っ、・・・俺がお前にどれだけ振り回されたと思っている?」
「それ以上に私はお前の厄介事に巻き込まれたぞ?」
「・・・だから、簡単に忘れるなと云っている」




 ふて腐れたように云い残して再び寝る体勢に戻ったルルーシュは、それきり反応を返さなくなった。
 忘れない、と。私はそう云っているのにな。


 たとえ「忘れてくれ」と云われても、それを含め、私は決してルルーシュを忘れはしない。
 記録カコにはしない。


 笑って死ねるときまでの、約束だ。




            なぁ、ルルーシュ・・・












『Se a te giunge il mio pregar』


そのときはCの世界で、笑って迎えてくれるだろうか?




2009/ 7/13 up