耳に痛いほどの静寂に包まれている空間に、突如として靴音が響いた。 抱えていた膝から顔を起こすと、黒いブーツの先が目に入る。嫌気がさしたのでよほど顔を伏せてやりたくなったが、それでもC.C.は気丈にも顔を上げた。 見下ろしてくるのは、鋭利な翠緑色の瞳 三面を壁、一面をガラスで囲まれた部屋に軟禁されてから2日ほど経っただろうか。 如何せん小窓ひとつない部屋なので、昼夜すら判然としないのだ。だから時間の概算は体内時計の正確性が物を言うような状況であるのだが、あながち狂っても いないだろう。 定期的に食事を届けに来る男の存在も判断材料のひとつになっているのだから。 「・・・・ピザでなければ食べないと云ったはずだ」 無造作に置かれたトレーの中身を一瞥して、C.C.は言い放った。これは誰がどう考えても軟禁される側の態度ではないが、C.C.が強気でいられるのには理由はある。 枢木スザクの手に落ちてから此の方、一向にシャルルの前へ突き出される気配がないのだ。 そして、幾度として問われる“虐殺皇女の真相”の裏側。 詳細を教えることは簡単だ。しかし、ルルーシュはそれを善しとしなかった。ならば共犯者らしくC.C.もそれに倣うのが義理であるし、 そして何より、枢木スザクはすべてを聞き出すまで自身をシャルルの許へ連行しないだろうとC.C.は確信していた。 だから、あえて沈黙を貫いている。 多少の我儘はおまけだ。枢木スザクも真面目に受け止めてはいないだろう。 「 随分と高圧的に名を呼ばれたが、無視する。 視線を下に落とせば、眼前には白が広がった。 身に纏う、ドレスの色である。 「C.C.・・」 これまで纏ってきた黒衣はもう手元にない。ゼロのところへ戻らないことの証として枢木スザクに渡してしまったからだ。 その代わりとして与えられた、純白のドレス。白が選ばれたのは恐らく騎士団の・・・いや、ゼロの色を否定したいからなのだろう。なんとも幼稚な所有権の主張に 吐き気がして一度は拒絶したものの、着替えなければ実力行使すると枢木スザクに宣言されて渋々着替えた。 左胸に刻まれた傷痕まで晒すつもりは毛頭ない。 あの痕と秘めた真名は、魔王だけが知っていればいいのだから。 「C.C.」 「さっさと出て行 時間が許す限り真相の裏側を問い質すのが枢木スザクの常だった。それはひとりベッドの上で膝を抱えているときよりも退屈な時間だ。魔女の判を捺され、 どうせ死ねはしない処刑の瞬間をただ待っている時間によく似ている。だから嫌いだった。 なのにどういう風の吹きまわしか、今はC.C.の名だけを呼び、ルルーシュよりも武骨な右手はC.C.の小さな顎を捕えている。 交錯する、翠緑色と琥珀色の双眸。 いつの間にか乗り上げていた枢木スザクの右膝に、ギシリと音を立ててベッドが軋んだ。 「そういえば君の服、ゼロの前で捨ててきたんだけど」 「・・・・・」 「随分と怒っていた。君を奪われたって」 「・・・、・・生憎だが、それはお前の錯覚だ。私とゼロはそのような関係ではない」 「そう思っているのは君だけだ」 ひどく冷めた眼をしながら、枢木スザクの指は熱心にC.C.の頬を撫で、顎のラインをたどる。 ねっとりと絡みつくような指の動きに吐き気がした。それをそのまま貌に出すような愚行は犯さないけれど。 「・・・違うな、枢木スザク。あの男には絶対唯一の存在がいる」 ナナリーという、最愛の存在が。 ルルーシュが彼女へ注ぐのは兄としての愛だが、そもそもルルーシュは恋愛の対象という観点で女性を見ることがないのだから、やはりナナリーが絶対唯一であることに 変わりはないのだ。その他は誰をも招き入れるつもりがない C.C.の静かな断言をどう捉えたのか、枢木スザクはピタリと動きを止めた。 翠緑色の瞳が昏く濁って、意識が内へ向いていることを声高に告げている。これ幸いとばかりにC.C.は不快な手から逃れようとして、 しかしいきなり肩を突かれてベッドへ押し倒されてしまった。 「そうだ・・・アイツは・・ルルーシュは・・・結局何も失っていない・・!」 小さな顔の両側に手をついて枢木スザクは叫ぶ。 全身が怒りで膨れ上がって、一回りほど大きく見えた。 「体のいい人質だとしても・・ナナリーは生きてる・・・・いつだってルルーシュを案じて・・・」 それでも、枢木スザクはナナリーを護るだろう。 枢木スザクにとってもナナリーは特別な存在だから。 「そして君は殺しても死なない・・! ルルーシュを・・・ルルーシュだけを想ってここに居る!」 忌々しそうに歪む貌は、齢18の少年とは思えないほど絶望と屈辱に塗れていた。 枢木スザクはユーフェミアを失ったのに、ルルーシュはナナリーを失っていない。たとえ手の届く距離にいなくても、生命は失われていない。 その差は大きく、故に枢木スザクは焦れているのだろう。しかしナナリーを殺せもしないから、矛先を別の対象へ向けようとしている、といったところか。 「・・・つまりお前は、私があの男の許へ戻らない確証がほしいんだろう?」 迷惑な話だ・・とC.C.は内心で嘆息した。 C.C.では『矛先を向けられる別の対象』として充分に機能しないというのに。 ルルーシュが絶対に失えない特別な存在ではないから、お門違いもいいところだ・・と、そう初めから云っているのに、全く伝わっていないどころか、 狂気を孕んだ枢木スザクの瞳は今、確かにC.C.を見つめている。隙を突こうにも相手の反射神経と体力を鑑みれば、勝機は万が一にもない。 「・・・!」 そうこうしているうちに伸びてきた枢木スザクの右手はC.C.の下唇をなぞり、首筋を這い、鎖骨を辿って肩を撫でた。皮手袋特有のザラッとした感触がゼロのものと よく似ていて、肌が粟立つ。 けれど同時に、C.C.の心は冷たく沈んでいった。 「これで皇帝直属の騎士とは・・笑わせる」 結局はそういう手段に訴えるのか、と。相手の精神面の未熟さと経験不足を鼻で笑いながら、嘲りの意を込めて見上げる。 しかし、枢木スザクは挑発に乗らなかった。ただ無感動にC.C.を見つめるだけ。 ただ、次の瞬間に冷徹な瞳の視線は強化ガラスの向こう側に流れる。 「招かれざる客のお出ましだ」 「、ッ・・!!」 その意味深な行動と言葉に釣られ、枢木スザクの視線を追ってしまったのが運の尽きだった。 琥珀色の瞳が捉えたのは、何もない空間で。 つまり、枢木スザクにまんまと嵌められたのだ。 「 「あぁ、期待させた?」 残念だったね・・と、そう素気なく呟いて、枢木スザクは細い肢体に手を伸ばした。 C.C.はグッと眼を閉じる。未熟な坊やに謀られた悔しさよりも、稚拙な罠に容易く掛かってしまった自分自身への呆れが心を満たす。そして結局、ルルーシュがC.C.の ことをどう想っているかは重要でも何でもなく、枢木スザクは単にルルーシュの傍に居る者を片っ端から削いでいくつもりなのだと理解した。 固く結んだ瞼の裏に男の顔が浮かぶ。独りではない、と・・・俺が魔王になればいい、と断言してくれたときの、真摯な貌だ。これから身に起こることを考えれば、確かに 二度と彼の前に姿を見せられない・・いや、見せたくないと思ってしまう。 しかし、抵抗する気は失せてしまった。こんな局面になって痛感させられたルルーシュへの想いに困惑していることも大きい。 本当に今更だ・・と、C.C.は心の中で独り言ちる。 ほろりと零れた言葉に、明確な意図などなかった。 「お前の姫も、さぞかし喜ぶだろうな」 だが、魔法の呪文は身体を弄っていた枢木スザクの手を止めた。 違和感を覚えたC.C.が瞼を押し開くと、現れたのは彫刻と化した男の貌だ。 まるで恋人を眼前で亡くしたような・・・救いを求める手を母親に振り払われたような。そんな、絶望の淵に立たされながらも現実を受け入れることが出来ずにいる貌は むしろ表情が殺げ、瞳も焦点を結んでいない。両手を頭上で固定されていなければ、強烈な一発を顎に叩き込めていただろう。 それでもC.C.は傍観を決め込んでいた。 矮小な空間は、再び静寂に支配される。 枢木スザクは何の前触れもなくC.C.の上から身を起こした。 上体を起こして乱れた着衣を直すC.C.を気にも留めず、懐から携帯電話を取り出して時刻を確認した枢木スザクはそのまま無言で立ち去ろうとする。その背に よほど辛辣な言葉を突き刺してやりたくなったC.C.だが、一旦鎮火したらしい狂気を煽る必要はないと判断したので、やめた。 視界から枢木スザクの影が完全に失せたところでようやく詰めていた息を細く吐き出す。 全身の力が抜けて、崩れ落ちるようにベッドへ逆戻りした。 瞼の裏のルルーシュは「なぜ抵抗しなかったんだ」と責めてくるが、無理だろうアレは・・と、らしくもない弱音を吐く。二度と逢えないことも覚悟したのに、 枢木スザクから解放された途端ルルーシュの虚像に縋るなど、愚の骨頂だ。・・・なのに、どうしようもなく愛しさが募る。 身体が自然と寝返りを打って横臥になるのは、ルルーシュの隣で眠り慣れてしまったから。 眼尻から零れていく涙は、きっと
『ASSAULT』 物理的にはスザシー未遂、精神的にはシールル 2009/ 5/16 up |