どこか遠くで、しかしとても近くで名を呼ばれた気がして、C.C.はゆっくりと瞼を持ち上げた。






   わが運命は君の掌中にあり






 暦の上では、すでに春である。
 美しく整えられた庭の椿は鮮やかに頬を染め、薄く丁寧に漉かれた光の帯は満遍なく辺り一面に注いでいる。 小川を流れていく清水の音に澱みは一切ない。その下でゆらゆらと揺れ踊る水草は、まるで歓びの心を表しているかのようだ。
 生きとし生ける物が待ち望んだ、やさしい季。
 しかし厳しさが一段落したというだけで、まだ寒いものは寒く、転寝にすっかり気分が緩んでいたC.C.はふるりと身を震わせた。
 身を預けていた眼前のぬくもりに頬をすり寄せ、身体が欲するままに瞳を閉じる。      しかし、野に遊ぶ蝶のごとく意識がふわりふわりと再び舞い始めた、 まさにそのとき、「起きろと云っている、C.C.」 と非難めいた男の声が直接耳に吹き込まれたものだから、夢心地が一気に褪せてしまった彼女は琥珀色の瞳に 抗議の意を込めて男を見上げた。
 すると、負けじと見下ろしてくる不機嫌そうな紫色の瞳と正面衝突を果たす。


「・・・なんだ?」
「いいかげん退け、重い」
「ふん・・女に『重い』などとは・・・失礼極まりないぞ、ルルーシュ」
「半時も居座っておいて、よく云う。眠いのであれば寝所へ行けばいいだろう」
「・・・・・だが、もうナナリーが着く」


 そう云って、ルルーシュの右肩から顔を起こしたC.C.に、ルルーシュは小さく嘆息した。




 ルルーシュの実妹であるナナリーは今日、御杖代の務めを無事に果たし、都に戻ってくる。
 彼女を溺愛しているルルーシュはもちろん、あまり表には出さないようにしてはいるけれどC.C.もナナリーに逢うのを楽しみにしていて、昨夜はふたりであれやこれやと 長話をしているうちに夜を明かしてしまったのだ。
 その寝不足が祟ったのか、C.C.は半時ほど前からルルーシュの膝の上で転寝をしていた。
 彼の肩に顎を乗せ、上半身ごと寄り添うような体勢だったのは、そちら方が帯が崩れなくて済むため、C.C.にとっては都合がよかったからである。
 しかし横にもならず、さらに固く帯を締めたままでいたのでは身体が休まるはずもないだろう。だからルルーシュは 「・・・余計疲れると思うんだがな」 と 零したのだが、莫迦にされたような気分になったC.C.はムッとした表情で上目遣いにルルーシュを睨めつけた。      だが、寝起き特有の気だるさを 含んだ眼差しでは鋭さが半減し、まだ幼さが残る彼女の可愛らしさを強調するだけである。
 ルルーシュがフッと口許を緩めると、反発するかのようにC.C.は口を開いた。
 しかし、彼女の反応など予想済みだったルルーシュはすぐさま唇を塞ぎにかかる。
 C.C.の口から発せられるはずだった文句は、すべてルルーシュの舌の上で溶けて消えていった。
         残るのは、くぐもった艶声だけだ。


「ん、・・・・ふぁ・・」


 大きな手で後ろ頭を支えられているために逃れることができないC.C.は、震える右手でルルーシュの外套を掴む。 しかし、軽く肩に掛けてあるだけだった群青色の外套はいとも簡単にルルーシュの右肩から滑り落ち、C.C.の支えになることはなかった。
 その間もルルーシュの舌はC.C.の口蓋をチロチロと擽り、その度に華奢な身体がビクリと跳ねる。
 素直な反応に気を良くしたルルーシュは小さな頭を固定していた右手を一度離し、C.C.の大きく抜けた襟から覗く背筋に沿って薬指の腹を滑らせた。


「ひゃぁ、んっ、・・!」


 途端に仰け反る、しなやかな背。
 露わになった白い喉元に顔を埋めれば、ふわりと匂い立つ女の甘い香りが肺を満たす。
 薄い皮膚を吸い上げ、時折歯を立てながら下へ下へと辿っていったルルーシュは、しかし不意に顔を起こすと、壁に立てかけてあった黒龍の杖に手を伸ばした。


      連絡が入ったのか?」
「・・・・ぇ・・?」


 その段になってようやく第三者の出現を知ったC.C.は、とろんと蕩けた貌のまま振り返る。
 開け放った蔀の向こう側には男がひとり、控えていた。肩部に纏った鎧と腰に下げた太刀の所為かひどく武人めいて見える、ルルーシュの臣下       ジェレミアだ。


「はい。当初の予定よりも禊に時間が掛かっているため、到着は夕刻ごろになる・・と、咲世子から」
「そうか・・・では、ナナリーの輿が入京したら報告しろ。それまでは引き続き、京中の警護を」
      御意」


 忠義に厚い臣下は深く一礼して、そのままその場を後にする。それをぼんやりと見送っていたC.C.は突然ルルーシュの上から退かされ、慌てて視線を戻した。
 目の前で腰を上げた男を見上げれば、無言で差し出される大きな手。その手を取って同じように腰を上げると、腕を掴んできたルルーシュが唐突に歩きだした ものだから、C.C.はまるきり引きずられるような恰好で後に続いた。
 向かう先はどうやら、北の対にある寝所らしい。
 訝しく思ったC.C.がルルーシュの名を呼ぶと、「話に花が咲いて、今夜もまともに眠れそうにないからな」と返事が返ってくる。
 久しく逢っていないナナリーや親友スザクとの談笑が楽しみで、それに備えて仮眠を取ろうなどとはまるで幼子のような張り切りようだ。あまりの微笑ましさに 思わずクスリと笑ったC.C.は、しかしルルーシュの横顔に妖しい笑みが浮かんでいるのを見つけて、表情を一変させた。
 逃げ出そうにも、がっちりと腕をとられているために、それも叶わず      ・・・




 不意に耳元へと唇を寄せてきたルルーシュに、C.C.はぎゅっと身を硬くした。








        たっぷりと可愛がってやるから、覚悟しておけよ・・・C.C.」












『わが運命は君の掌中にあり』


R2のBOX絵より、パラレル妄想(笑)




2009/ 3/25 up
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