Probably,it's the last ・・・




「あの方はお元気でいらっしゃいますの?」


 悪逆皇帝ルルーシュ、という呼びかけに足を止めた直後に投げかけられた問いに、ルルーシュはゆっくりと振り返った。




 ルルーシュも暇ではない        というより、むしろ忙しい。それでも纏まった時間が取れさえすれば暫定皇宮のとある一画に足を運ぶのは、 そこに収容されている“唯一皇帝に刃を向けた重要犯罪人”たちの健康・精神状態を自ら確認したいがためである。
 もちろん拘置室の衛生面に抜かりはなく、むしろ庭を望むことができる窓は特殊な耐久ガラスを用いているとはいえ角度にして最大15度まで開放可能な 片開き窓であるし、部屋は完全個室、通路に面した壁はこれまたガラス張りであるが部屋は向かい合っていないために他人の視線に悩まされることもない。 これは元々この建物を所有していた美術品収集家の元ブリタニア貴族が芸術家たちを軟禁して作品を作らせていた部屋をそのまま利用しているためで、 およそ重要犯罪人を拘置しているとは思えない環境も、芸術家たちのストレスを少しでも軽減するためのものであったというのであれば納得だろう。
 この暫定皇宮にはここ以外に拘置室として使える一画がなかったためにこのような破格の待遇となっているのだが、それでも騎士団の平団員やシュナイゼルの 兵を拘置している専用施設と場所を違えているのは、反抗勢力が施設を強襲してシュナイゼルらを救出し、『旗頭』として再び祀り上げる可能性を 削ぐためである。
 これ以上の犠牲は払うべきではない      そう考えてのことだった。
 しかしどれだけ環境や待遇が良くても、やはり敗北側に立つ屈辱や募っていくストレスは大きいようで、玉城を筆頭に、吠える者は今でもよく吠える。だが、 藤堂を中心とする幾人かはルルーシュの来訪にも沈黙を貫いており、神楽耶もまたそのうちの一人だった。
         だからこそルルーシュは、神楽耶の呼びかけに足を止めたのである。




 神楽耶の云う『あの方』が誰であるのか、初めルルーシュは本気で分からなかった。
 彼女と共通の知り合いというのは意外と少なく、そのほとんどを彼女と同じ空間に拘束しているのだ、面と向かうことは叶わないが会話くらいはできるはずで、 ルルーシュに問う必要はないだろう。
 スザクは死んだことになっているし・・と考えたところで、不意に鮮やかな若草色が脳裏を掠めた。


(あぁ・・・)


 まだ斑鳩に身を置いていたころ、見た目だけはまだ幼気な少女であるふたりが話をしている場面を幾度か見かけたことがある。 親しみを全面に押し出していたのは神楽耶だったが、C.C.も決して軽くあしらっているようには感じられなかった。
 だからルルーシュは確信した。『あの方』とはつまり、まだ掌中に在るあの女のことなのだと。


      ええ、変わりなく」
「そうですか。それは喜ばしいことです」


 実際はCの世界からの帰還以来・・いや、ルルーシュがゼロレクイエムを提唱したころから、C.C.は沈んだ表情を見せることが多くなったのだが。 それでもピザばかり要求するところや偉そうなところに変化はないため、返答がまったくの嘘というわけではなかった。
 神楽耶も額面通りに受け止め、差障りのない言葉を返してきた。
 本題はここにないと悟ったルルーシュが眼で続きを促すと、「あの方へ託けしていただけますか?」と自然に反応する。




「貴女の方がやさしく・・・・・そして、お強いです・・と」




 やはりこの少女は聡い      そんなことを考えていたものだから、完全に不意を突かれた。
 なんなんだ、その意味不明な伝言は。・・・いや、伝言などというものは得てしてそういうものだが、俺の口からそれを伝えろと? 第一、そんな会話をいつした というんだ。あいつは覚えているのか?
 ルルーシュは胸中で盛大に叫ぶ。すると、神楽耶はすべて聴こえたかのように微笑んだ。
 最近は鳴りをひそめていた茶目っ気を滲ませて、コトリと小首を傾げる。しかし、スザクとよく似た緑柱石色の双眸は正面からルルーシュを射ていた。


「切り取られた虚像よりも実体そのものに沿う方が遥かに難儀・・ということですわ」
「・・・・・、・・」


 喉の奥で息が詰まった。
 明らかにルルーシュの話だ。その声色に憤りも侮蔑もなく、ほんの少し哀しみを帯びているだけ。
         彼女は、聡い。ゆえに、この幽閉、悪逆皇帝、遠からず迎えるゼロレクイエムまでも・・すべての意図を悟られているかもしれないとすら思えてしまうのだ。
 眼力で神楽耶に負けることなど万が一にもありえないが、それでもルルーシュは彼女から視線を外した。


「伝えておきましょう・・・必ず」


 そして、これで話は終わりだと云わんばかりに歩みを再開する。
 神楽耶が何をどこまで感付いているのか把握しておきたいところではあるが、それを周囲に聞かれるのは都合が悪い。 あとで別の者に探りを入れさせる算段を立てながら、ルルーシュは小気味よい靴音とともに神楽耶から遠ざかっていった。










 だから、ルルーシュは知る由もない。
 少女の甘やかな唇からぽつりと零れた、小さな小さな呟きを。




「さようなら       わたくしのゼロ様・・」












『Probably,it's the last ・・・』


その名を呼ぶのは、もう最後にしましょう




2009/ 3/21 up