良薬は身体に・・・




        痛い、と。
 朝からそればかりを聞かされていたルルーシュはついに耐えかねて、椅子から身を剥がした。




 離宮の中では小規模な部類に属してしまうアリエスであるが、それは特権階級の頂点に立つブリタニア皇族が所有していた建造物だけを対象に比較したからで あって、一般的な国民が親から受け継ぐ、もしくは自力で築く彼らの『城』から見れば、アリエスだって間違いなく口をあんぐりと開けて見上げてしまう大きな 『家』である。
 そのアリエスの離宮に新設した、ルルーシュの執務室。
 新設・・といっても建物を増築したわけではなく、マリアンヌがまだ健在であったころに筆頭執事が庶務を行っていた部屋の設備を一部入れ替えて、超合集国連合最高評議会特別顧問の 仕事をするために使用している。
 仕事の中身はそれこそ雑用に近く、評議会が新たに採択する条約の草案原稿の校正であったり、新たに超合衆国連合に加盟する国の信用調査を、 本調査員とは別に水面下で行ったり、逆に現加盟各国のデータベースに侵入して国内情勢を探ってみたり、はたまた各国代表の政治相談の相手になったり・・と、実に さまざまである。しかし情報を扱うことが圧倒的に多く、また、ルルーシュ自身の情報処理能力と集中力の高さから考慮して、執務室には斑鳩の私室に設置したものと 同等のハイスペックなマシンを導入した。27インチワイドのモニタが三面鏡よろしく3台も並んでいるためか、幅が2メートル弱もある執務机が小さく見えて、 ある意味滑稽である。
 しかし、執務室内でもっとも場違いに映るのが、華奢な猫足のカウチだった。
 背もたれなどはロココ調特有の優美な曲線を描いているものの、装飾が少ないウォールナットのフレームと、地模様が入ったイエローベージュと淡いリーフグリーンの ストライプ生地とが相俟って、とても上品な雰囲気を醸し出している。全体的にアンティークな造りと調度品に溢れたアリエスであるから、どちらかといえば 執務机上のコンソールの方が場違いなのだが、それでも執務室という場の本質を考えれば、やはりカウチの違和感は拭えない。
        尤も、これはルルーシュが休むために置いてあるのではなかった。
 ひとりでいてもつまらないから・・と、なにかとルルーシュの傍を離れようとしないC.C.のために置いてあるものなのだ。




「おい、大丈夫か?」


 そのC.C.は今、優雅というにはほど遠い、だらりとした体勢でカウチに身を預けていた。
 ・・・・喉の奥で低く低く呻きながら。
 あまりに苦しそうな声を上げているものだがら、ルルーシュも仕事を半端な形で放置してカウチへと近寄る。


「おい、C     
「っ、触るな、近づくなっ」


 そして、威嚇された。
 C.C.が朝から苦しんでいるのは腹の痛みだが、病気でもなんでもない。         彼女の中で月が満ちて、体内からずるずると剥がれ落ちているだけである。
 『だけ』だなんて実際に口にしたらC.C.は激昂しするだろう。しかしルルーシュにはその、腹の中身をギリギリと絞られているような激痛を理解できるはずもなく、 むしろC.C.の中で止まっていた時間が再び動き出したことの裏付けを得ているようで、額にあったギアスの紋章が消えたことよりもよほど実感をもって喜べたくらいだ。
 尤も、青白い顔をぎゅっと歪めて痛みに耐えるC.C.を見ていると、毎月毎回どうにも胸が締め付けられるのだけれど。
 しかし・・・・・


「・・・、・・・・C.C.・・」


 触るなだとか近づくなだとか、生涯の伴侶に対してその言葉はどうだろうかとルルーシュは思う。
 C.C.曰く、「その・・・こういうときはお前が近くにいると落ち着かないから・・嫌なんだ」とのことらしいが、「だったら俺に付いて執務室まで来ている矛盾を説明しろ」と 問い質したくなる。


「・・ぅ、んん・・」


 額をカウチの肘掛けに押し付けることで痛みをやり過ごそうとしているC.C.を見下ろして溜息をひとつ吐いたルルーシュは、おもむろにC.C.の隣に腰掛けた。
 C.C.は両足ともカウチの上に乗せてすっかり丸くなっているのだが、腹を圧迫して余計に苦しいのではないかと疑問に思ったりもする。本人の好きなようにさせて おくのが良策なのだとうと考えつつも、ひとりで耐えようとしている姿をこれ以上見ていたくなくて、薄い肩に手を掛けた。乱暴にならないように一応配慮しながら カウチから引き剥がして、華奢な身体を背後から抱きしめる。
 左手はC.C.の腹へ。そして右手は彼女の右肩からぐるりとまわして左肩へ。


「やっ、ルルーシュっ・・!」
「いいから・・・大人しくしろ」


 その言葉に、初めはルルーシュの腕を振り解こうとしていたC.C.も抵抗を諦めた。
 口の中でぶつぶつと不満を述べつつも、すっかり後ろへと傾いた重心に逆らうことなくルルーシュに身をあずけ、ゆっくりと息を吐き出すC.C.。 そしてルルーシュからは見えないことをいいことに、彼女は瞼を閉じてしまった。
 ・・・・・さきほどまでの態度とは大違いである。
 一方、ルルーシュはぽつりと零した。


「・・・第一、お前はいつも薄着すぎる」


 C.C.を抱きしめた瞬間、冷たいと感じたのだ。
 いや、彼女は常にそうなのだが、皮膚の表面温度がルルーシュよりも妙に低い。なのにモコモコとした厚手の服は好まないらしく、纏うのは身体の線に沿う服ばかりだ。 ・・・抱き心地としてはそちらの方が良い。しかし、ずっと抱きしめたままでいるわけにもいかないのだから、ストールかブランケットでも持ってこようかと ルルーシュは考え始める。
 そのとき、本棚の横で静かに働き続けていたホールクロックの鐘の音が室内に響いた。
 はっと我に返るくらい、澄んだ音。
 ルルーシュが視線を走らせると、仕事を放置してから20分ほどが経過していた。
 別段急ぎの用件でもないのだが、報告書というものは早めに提出しておくに限るし、なにより、データファイルを開いたままにしておくのは気が引ける。 やはり一度保存しておこうとルルーシュが腕の拘束を解きかけた、そのとき。袖がきゅっと引き攣った。


「どうした?」
「・・・・・もう少し・・」


        このままがいい、と。
 背後からC.C.の顔を覗き込んだルルーシュの耳に、蚊の鳴くような声が届く。
 相変わらず青白い顔からは、しかし険しさが薄れていて、少なからず痛みが和らいだことが窺えた。どうやら身体を暖めることは有効だったらしい。


「まったく・・近づくなと云ったり、このままがいいと云ったり・・・我儘だな」


 それでも邪険に扱われたことへの仕返しを試みると、C.C.はニヤリと唇に弧を描いた。
 その貌はルルーシュがしばらく離れないでいてくれることを十二分に承知している貌で、琥珀色の瞳も笑っている。
 極め付けが、さも当然と云わんばかりの、自信と揶揄に満ちた声だ。


「そんな私も好きなんだろう?」


 さすがにそう返ってくるとは予想しなかったルルーシュは一瞬だけ呆けて、すぐに苦笑を浮かべた。
 「さあな」とだけ素気なく答えて、腕にぎゅっと力を込める。
 否定しないということは、つまり、肯定しているのと同じことで・・・




 当分はブランケットを取りに行けそうもないか・・と、ルルーシュは心の中で小さく独り言ちた。












『良薬は身体に・・・』


なんだかんだとC.C.を心配する夫ルルーシュだったり(笑)




2009/ 3/ 3 up