限りなく、ゼロ




 パソコンのモニターに映る文字がちらちらと踊り始めて、ルルーシュは舌打ちをした。
 瞼を下ろすと、休むことを許された眼球がじんと痺れる。どうやら休憩が必要らしく、体内時計は時間の経過を明確に感知していなけれども、実際は 作業を始めてから相当の時間が経っていた。
 世界を手中に治めてから、早1ヶ月。
 今からでもゼロ・レクイエム後の世界のためにできることは山のようにある。
 ブリタニアの新都建造や、未だ外部には閉鎖的なEUへの接触ルート確立に続く 各国のパワーバランス調整は早急に進めている最中だ。物資移動を世界規模でスマート化する構想も具体的に練らなければならないし、 大量のサクラダイトを爆破させてしまったフジヤマプラントの調査もまだ途中で、挙げれば限がないくらい課題は山積みだった。


       ”明日”を創っていく者たちを信じていないわけではない。
       だが、命と名を捧げるだけでは贖罪にならない。


 どちらも同じ重みで受け止めているからこそ、ルルーシュは体力と集中力が続く限り“明日”のための下準備を進めている。 悪逆皇帝という足枷さえなければ、さぞかし遣り甲斐に心躍る作業となったのであろうが、さすがのルルーシュにもそこまでの余裕はなく。
 しかし、一番の問題はやはり『時間』だった。
 時間がないのはルルーシュやスザクの方ではなく、捕虜にしている者たちである。特にナナリーの衰弱は目に見えて激しく、ルルーシュは計画を前倒しにすることも 視野に入れ始めていた。
 気ばかりが急いて、地に足をつけている感覚が薄れていく日々。
 好くない傾向だと、ルルーシュ自身も頭では理解していた。


 腹の底から息を吐き出しながら、椅子の背もたれに身を預ける。
 目頭を押さえ、指の腹で揉みほぐす・・そんな動作を20秒ほど続けていた頃だろうか。ルルーシュは不意に腿へ重みが加わるのを感じて、鉛のような瞼を持ち上げた。
 そのすぐ先にいたのは、予想と違わずC.C.で。
 見下ろしてくる琥珀色の瞳に、ルルーシュは無言で紫紺色の瞳を絡めた。
 ルルーシュの体型に合わせて取り寄せられた執務用の椅子だが、仮にも皇帝が掛ける椅子である。造りはしっかりと、かつ、ゆったりとしたものになっているおかげで、 C.C.が乗っても椅子は悲鳴ひとつ上げることはない。 頭の中でそんな事実を確認していると、ついと伸びてきた白い手はルルーシュの側頭部から頬までを撫で下ろし、やがて後頭部に落ち着いたかと思いきや、 やわらかな胸へと導いてきた。
 まるきりルルーシュがC.C.の胸に顔を埋めるような恰好である。
 しかし、いくらC.C.がルルーシュの膝の上にいるからといって、極端に身長差を縮めることができるはずもなく、ルルーシュが背を丸めることでそれは叶っていた。 正直なところ、ルルーシュにとっては窮屈な体勢だ。
 それでもルルーシュは何も言わなかった。
 むしろ、よくここまで物理的な接触ができるようになったものだと感心すらしてしまう。
 ・・・尤も、ここ最近のC.C.にはよく見られる行動で、ルルーシュは抱きしめられたり、髪を梳かれたり、寝かしつけられたりと、何かにつけて触れ合う機会が多くなっていたものだから、 初めのうちは驚きもしたルルーシュもあまり気に掛けなくなっていた。
 心が荒みやすい状況にあるルルーシュを慰めているようにも見受けられるし、ルルーシュとの記憶を心に刻もうとしているようにも取れる、C.C.からの接触。
 息が苦しくないようにとの配慮からか、顔を横に向けた状態で抱きしめられているため、胸に耳を押し付けることになったルルーシュの中でC.C.の鼓動が大きく谺する。 とくん、とくん・・と。心地良いリズムを刻みながらルルーシュへと語りかけてくる心音は、牢に繋いだ大切な者たちからも、操り人形同然の兵たちからも 得ることができない“生”をルルーシュに実感させる。その点においては、C.C.は間違いなくルルーシュのトランキライザーとなっていた。


 肘掛けに放り出していた腕を細い背に回して抱きしめれば、さらに強く響く生命の音。 それに不思議と安心して、しばらくの間だけと決めながら、ルルーシュはぎゅっと眼を閉じて聴き入る。


 これでまた悪逆皇帝の、短くも太い歴史を紡ぐことができるから      ・・・










「・・・そう寂しがるなよ、C.C.」
「ふん・・それはお前の方だろう?」












『限りなく、ゼロ』


・・・だけど、ゼロレクの存在が隔てる僅かな距離




2009/ 2/10 up