それぞれの真価 今日も穏やかな日だ・・と、ルルーシュは思った。 向こう一面に広がる丘陵はすべてブドウ畑である。しかし、秋も盛りになったこの時期にブドウ畑が瑞々しい青を湛えているはずもなく、辺りは見事に紅葉を迎えていた。 いまだ残っている草花の上にごろりと寝転がったルルーシュの頭上には水路がゆったりと流れていて、漂ってくる冷気に少し肌寒く思わないこともないのであるが、 惜しみなく降り注ぐ陽射しの暖かさに絆されたルルーシュはかれこれ2時間ものあいだ、ずっとここに居座り続けていた。 今の彼は御者でも従者でもない。 ルルーシュから見て右手側の、手の届く位置にはカバンが、そして、彼の腹に凭れるようにしてぬいぐるみが鎮座している。 あまりに間の抜けた格好だが、だれが通るというわけでもないため一貫してこの状態のままだ。 “ 世界を統べる唯一皇帝 ”として討たれてからまだ一月と経っていないというのに、見せかけだけは相当な寛ぎようである。 幾度目かの溜息を吐いて、ルルーシュは街の方へと視線を移した。 街の規模は元EU内でも中の下といったところだろうか。 この辺りはワインの生産量が多い。気候や地形が穀物を育てるのに適さない環境であるため、人々は昔からブドウを育て、ワインを作ってきたのだ。 そのため小さな町や村は特に閉鎖的で、よそ者は歓迎されない風潮がある。だから余計な波風を立てないためにも、 ルルーシュとC.C.は敢えて素通りすることが多かった。 だが、今回通りかかった街は周辺の町村から買い出しが来るような、そんな賑わいを見せる街だ。 目的地が定まっているだけの自由な旅でも、ときには買い足さなければならないものが出てくる。だからルルーシュは食料品を調達するついでに・・と、 C.C.を街に遣ったのだ。さすがに2時間も待たされるとは思わなかったのだけれど。 「・・・・あの女・・」 妙な騒動を起こしてなければいいんだが・・と小さく独り言ちて、ルルーシュは視線を正面に戻した。 C.C.は今、厚手の服を調達しに行っている。 調達、といってもこれ以上荷物を増やすわけにはいかないので、着ている服を古着屋でそのまま交換する形だ。C.C.自身は渋っていたのだが、肌が白いことと相俟って 非常に寒そうに見えるためルルーシュが無理に説き伏せて、今に至った。だから機嫌の悪いC.C.が騒動を起こしていないと断言できないルルーシュは、しかし不用意に 様子を見に行くこともできなくて、結局は落ち着かない気分を盛大に味わっている。 C.C.がここに戻ってくることは確実であるし、以前よりも信頼関係が深まったことは託されたぬいぐるみが証明している。それに、どれだけ待たされようとも C.C.を置いてどこかへ行くつもりはないし、万が一C.C.の身になにか起こりでもしたら、たとえ人目に触れることになっても助けに向かってしまうのだろう。 なのに、何をいまさら浮足立っているのだ・・とルルーシュは眉根を寄せた。 それでも答えは出ずに、時間だけが流れていく。 そうこうしているうちに瞑想が拡大していったルルーシュの上に、ふと影が落ちた。 「戻ったぞ、ルルーシュ」 その偉そうな一言によってルルーシュは一気に現実へと引き戻される。 遅い、と文句を言いかけて、しかし言葉に詰まった。パンやラスク、ビスキュイなどが入っているのであろう紙袋を抱えるC.C.の衣服が2時間前とまったく変わらなかったからである。 お前は何のために行っていたんだ、とか、時間が掛かりすぎだろ、とか、声にならない声がルルーシュの頭の中でぐるぐると踊った。そのことに気付いたらしいC.C.は 少し肩を竦めて自発的に経緯を説明し始める。 「お前の言うとおり古着屋はあったが・・・この服と換えてもいいと思えるような品がなかったんだ」 「・・・細かく注文を付けたんじゃないだろうな」 「まさか。普通に店員を呼びつけて、普通に見繕わせたさ。だが冬物は値が張るとか理由をつけてロクな物を出さないからな、さすがの私も頭にきた」 言いながら身を屈めてぬいぐるみを拾い上げるC.C.の動きに合わせ、スカートがふわりと踊る。 下は格子柄の赤い布と深みのある緑の布の2枚が白いスカートの大部分を覆っているためそこまで寒そうではないが、上は薄いブラウス1枚ではさすがに寒いのか 日中もずっとカーディガンを羽織るようになった。それでもこれからさらに北上することや冬の到来を考えると、充分ではない。 これまで衣服に拘ることがなかったC.C.に突如として現れた変化。それに不信感を覚えながらも、ルルーシュは起き上がりがてらに彼女を見遣った。 確かに、拘束衣・パイロットスーツ・騎士団のシンボル入りの黒衣・・という、ある種特異な格好を見慣れているルルーシュから見ても、今の服は違和感なくC.C.に 合っている。だが、いくら似合っていても旅に支障をきたすようでは歓迎できないのだ。 「ずいぶん執着しているじゃないか」 だから不機嫌そうにぬいぐるみを抱きしめるC.C.へ向かって感心半分厭味半分の言葉を投げると、彼女は真っ直ぐにルルーシュの瞳を捉えてきた。 甘やかな唇を物言いたげに押し開いて、しかし何かを思い出したように口を噤む。腕に抱えたぬいぐるみに視線を落として数秒ほど思案顔をしていたC.C.は、ふと ルルーシュに視線を戻して、そして実に鮮やかな微笑みを浮かべた。 「忙しい合間を縫ってお前が揃えてくれた服だからな」 「・・、っ・・・」 今度はルルーシュが息を呑む番だ。 言葉に込められた意図を読み解けば読み解くほど、胸の内がざわりと騒ぐ。いつもは決して逸らさない瞳を逸らしてしまったことに気まずさを感じて、視界に入った 旅行カバンを掴み上げた。そのままくるりと背を向けて歩きだす。 頭の中に描くのは、向こう20年くらいの生活資金と預金口座の残高だ。 「・・・まぁいい、往くぞ」 本当に死ぬつもりでゼロレクエイム計画を始めたとき、果ては独りになるであろうC.C.のピザ代になればいいと考えて、ルルーシュ・ランペルージ名義の預金を すべて別名義の口座に移し替えていた。 貴族相手の賭けチェスで得た金なので、決して少ない額ではない。 尤も、命に限りがないのだから大切に使っていかなければならない金だけれど、それでも元来はC.C.のためにと遺したものなのだ。 「なんだ? 照れているのか?」 「断じて違う」 揶揄うような声色で訊いてきたC.C.を一刀両断して、しかし足早に次の街を目指す。 他人の顔など気に掛ける余裕すらないくらい人で溢れる、大きな街であればいいとルルーシュは思った。そうすれば多少の変装をするだけで、ルルーシュも一緒に街を散策 できるのだから。 待たされた2時間について詳細を追及しなければと考えていたことは、ルルーシュの頭から綺麗に消え去っていた。
『それぞれの真価』 物事の真価は人によって違うもの 2009/ 1/31 up |