タイヤは路面を舐めるように、滑らかに進んでいく。揺れはほぼない。スモークガラス越しに見える風景から都心の高層ビル群が消えて久しいものの、車が停まる気配はまだなく、会話すらない車内はシンと静まり返っている。 『おふたりとも。あと20分ほどで到着いたします』 運転席からスピーカー越しに声が掛かる。それを受けた男女は一瞬だけ目配せし合い、男が答えた。 「わかった。このままよろしく頼む」 L.L.とC.C.が受け取った神楽耶からの伝言は、『3日後に迎えを寄越す』というものだった。 ホテルまで迎えに行くと云われたのを断って最寄り駅の一般乗降場を指定したのは、多少なりとも警戒心が働いたからだ。 何せ相手は行動力の塊にして肝が据わった勝利の女神、あるいは合衆国日本の裏番長、皇神楽耶その人である。所在を明かしてしまったが運の尽き、L.L.たちの都合は敢えて考慮せずに「時間が空いたので来ちゃいました」などと云いながら部屋に突撃をかましてくる可能性が、恐ろしいことにまったくのゼロとは云えないのである。 尤もらしい理由を並べた甲斐があり、結果として所在の秘匿は成功した。 つまり、誰にも邪魔されることなく、拠点とはまた一味違った非日常的なホテル暮らしを確保することが出来たのだ。 そして迎えた約束の日。ふたりを迎えに来たのはよく見知った顔だった。 「お久しぶりでございます」 黒塗りの大型セダンに合わせて黒の三つ揃えと白手袋を着用しているものの、頭に乗せたお馴染みのメイドキャップがやけに存在を主張する 予想外の再会に多少驚きはしたが、しかし顔馴染みに逢って大騒ぎするような性格とは程遠いふたりである。咲世子が恭しく開けた後部座席に乗り込み、車が静かに走り出してから彼女は事情を説明し始めた。 『3日前に神楽耶様から今回のお世話役を依頼されました。顔見知りの方がご安心いただけるから是非に、と』 「日本に居たのか?」 『いいえ。それまではジェレミア卿のところで農園の手伝いを。おふたり宛てに美味しいオレンジをお預かりしておりますよ』 「そうか‥ジェレミアに宜しく伝えてくれ」 『畏まりました』 他愛もない遣り取りをしているうちに車はハイウェイのインターチェンジを通過する。 咲世子が明かした所要時間は約1時間半。それに進行方向を加味して導き出した目的地は皇家の別邸だ。 存在すら公にされていない別邸であるが、所在地の調べはついている。迎えの時間と場所しか知らない状態で世界トップクラスの要人にのこのこ会いに行くほどL.L.の危機意識は低くない。神楽耶が招きそうな場所と不測の事態への対処法など、シミュレーションは3日間のうちに済ませてきた。 尤も、忠義に厚い咲世子が案内役ならば道中の万が一はないだろうが。 危惧した形とは違えど神楽耶からのサプライズを受け取り。 車は西に向かって順調に走り続け。 ハイウェイを降りた後は木々の合間を走り抜け。 そしてふたりが降り立ったのは、大きな門扉の内側だった。 車一台が優に通れる立派な薬医門の左右に伸びるのは、4メートル以上もの高さがある筋塀だ。その向こう側には民家の気配すらなく、人の手が入った松林が広がっている。 では振り返って、建物側。短冊形の石畳が敷かれた門扉前から別邸の正面玄関は見えない。手前で松や椿などの樹木が一塊となって視界を遮っており、これ自体が小さな庭でありながら目隠しとしても機能しているのだろう。 咲世子の後を付いていくと、彼女は玄関が見える前に脇の小道へと逸れてしまった。足元は玉砂利だ。それでも足音ひとつ立てない咲世子の身体能力の高さも然ることながら、視界いっぱいに広がる手入れの行き届いた庭園が実に見事である。 青々と茂る芝。玉散らしに仕立てられた見事な五葉松やモチノキ。枝ぶりの良い梅の木は鈴なりに実をつけ。イロハモミジの小さな青葉が風にそよぐ様は爽やかながらも風情があり。考え抜かれて配置された庭木はどれもが絶妙な距離を保ち、どの角度から眺めても美しい画になる。 玉砂利を踏みしめる音以外は小鳥のさえずりしか聞こえない、静かな空間。 ヒールが埋まって歩きづらそうなC.C.に腕を貸しながら、L.L.はゆっくりと歩を進めた。 まるで高名な寺院の庭園を散策しているような気分で歩くこと10分弱。庭をぐるりと迂回して辿り着いたのは小さな建物だった。 小さい、と云っても庭の規模に対しての話なので、日本の都市部なら充分な一軒家の大きさに相当するだろう。その平屋建ての建物からは長い渡り廊下が延びており、先は母屋と繋がっている。 咲世子は縁側の中程に置かれた沓脱石から建物に上がった。縁側は何倍も長さがあるのに、そこに平らな石があるだけで出入口が定まるのだから不思議なものである。 縁側に腰掛けてしばし寛ぐようふたりに促し、咲世子は奥の間に移っていった。 『神楽耶様、失礼致します。L.L.様とC.C.様をお連れしました』 『こちらに通して』 『畏まりました』 漏れ聞こえてきたそんな遣り取りの後に案内された座敷は広く、神楽耶はすでに座卓についていた。L.L.とC.C.は促されるまま向かいに腰を下ろす。 「お久しぶりですわね。お元気そうで何よりです」 「ああ、君も。それにジルクスタンでは君からの情報が役に立った。感謝している」 L.L.が礼を述べると神楽耶はふわりと笑った。 かつて見せた無邪気な笑顔ではない。国を統べる者の風格を纏った、隙のない微笑みだ。 「感謝するのはこちらですわ。紛争解決に助力いただいたのですから。・・・・・外交の力が及ばず、悔しい限りです」 世界平和が招いた不和。ジルクスタンが事を起こす前に解決できたとすれば、それは超合集国による外交だけであっただろう。誰より己が責務に向きあう神楽耶は、為政者として事態を重く受け止めている。 「ジルクスタンを足掛かりに、周辺諸国へも超合集国への参加や支援受入れを呼び掛けているところですの。2年後には難民キャンプも解消できるでしょう。貴方の手を借りずとも世界は良くなると証明してご覧に入れますわ」 それは『過去の人間は要らない』とも『どうぞ安心して好きに生きて』とも聞こえる、神楽耶らしい決意表明だった。 沈黙が落ちる。 見慣れたメイド服に着替えた咲世子がタイミングよく運んできた茶で喉を潤し、そろそろ本題を切り出そうとした、そのときだった。 「それで、ご用件は何ですの?」 同じく湯飲み茶碗を手に、幾分砕けた調子で神楽耶が訊く。ジルクスタンの礼など、そんなことのために急ぎで訪ねて来るはずがないと、神楽耶は百も承知なのである。 L.L.は茶碗を茶托に戻して神楽耶に向き直った。 「日本の名士である君を見込んで頼みがある」 「まあ、何でしょう」 「日本の遺跡や古代史に明るい専門家を紹介してほしい」 いせき? こだいし? 目を丸くした神楽耶が思わずといった様子で反復する。それでもさすがは超合集国の代表を束ねる立場にあるだけあって、すぐに表情は凪いだ。 遠くで鹿威しが鳴る。 「具体的には、神根島の古代遺跡に類似したものを探している。黒の騎士団のデータベースに記録があるはずだ。必要があれば確認してくれ」 「それで? 目当ての遺跡を見つけて、今度は何を為しますの?」 立て続けに鹿威しが鳴る。それが先よりも強く厳しい音に聞こえたのは、神楽耶の声が硬かったからだろう。 L.L.としても神楽耶の心情は充分理解できた。警戒する理由や原因を作ったのは他でもない、生前のルルーシュだ。 場の緊張感が高まったのを見計らい、3日前から入念に用意していた模範解答を披露しようと息を吸った、そのとき。玲瓏にして老獪な響きを併せ持つ神楽耶の声が先んじた。 「・・・とはいえ、仔細に説明されたところで真偽の程は判りかねましょう。ですからひとつだけ」 スザクとよく似た光彩を放つ瞳がまっすぐにL.L.を射る。 「それは世界を害するものではないのですね?」 嘘の予兆となる些細な違和感すら見落とすまいとする、鋭利なまなざし。それは世界を、築かれた平和を、何としても守らんとする覚悟の現れでもあった。 善い者に後を任せることができた、と。ゼロ・レクイエムという選択が間違っていなかったことに満足し、L.L.は口元に笑みを浮かべる。 「 家族の幸せを願うのはごく普通のことだ。 しかし兄妹は出自も境遇も普通とは云い難く、強大な祖国から逃れるためには逆に打って出て祖国を崩壊させるしかなかった。少なくとも当時はそう信じて疑わず、行動を起こした。 それが、すべてのはじまり。 「だが、行動する程に、やさしい世界に居てほしい人が増えた」 実妹ナナリーと親友スザク。生徒会のメンバー。黒の騎士団。 すべてを守りたいなどと思い上がったわけではない。 自身を含め、人々の未来に選択権がない明日を『明日』と呼びたくなかっただけである。 しかし復活してから再会した者たちの生き生きした貌を見れば、やはりシュナイゼルの思惑を阻止したことは間違っていなかったのだと、シャムナの云う『やり直し』は必要ないのだと確信が持てた。 「みんなが笑顔で暮らせているのなら、俺の出る幕はない」 むしろ、そうなることを望んでゼロ・レクイエムを決行したのだ。今から世界規模で何か巻き起こそうなどとは露とも考えていないし、この先も考えずに済めばいいと思っている。 神楽耶は微動だにせず耳を傾けていた。L.L.が話し終えても、だ。真偽を見極めんとする眼差しの前にあって、しかし嘘を吐く必要がなくなった稀代の大ウソツキは、凪いだ瞳で女を見返す。 鹿威しが子気味よく鳴くこと3回。ふぅ、と神楽耶は小さく息を吐いた。 「心当たりはお一方だけ。大学で民俗学の研究をなさっている高名な教授ですわ」 「信用に足る人物なのか?」 「研究第一の御仁で、どちらかと云えば騙されるタイプでありましょう」 神楽耶は手元に視線を落とした。 煎茶の淡い緑色が美しい。その向こうに当時の光景を見つめながら、神楽耶は言葉を紡ぐ。 「当家所縁の陵墓を調査したいと、先代の頃から何度もお見えになった方です。保全を条件に、わたくしが許可して差し上げました。 それはつまり、二度と京都に戻れぬ事態も覚悟して臨んだということだ。 あの日から随分と時は流れたが、つい昨日の出来事のように記憶は鮮明である。神楽耶はおもむろに目を伏せ、それからゆっくりと湯飲み茶碗を口に運んだ。 やはり煎茶はいい。控えめながらも芳醇な薫りとほのかな甘みが気分を静めてくれる。 神楽耶が視線を上げると、向かいの男はじっと神楽耶を見ていた。それが不思議と可笑しくて、淡色の紅を引いた唇に弧を描く。 「わたくしの申し出はそんなに意外ですの?」 「・・・・・そうだな。なにせ俺は大ウソツキだから」 だからこんなにも早く協力を得られるとは思っていなかった、と。存外繊細な男は云う。 神楽耶はそっと目を伏せた。 別に、本気で彼を疑ったわけではないのだ。ゼロ・レクイエムの真意は理解しており、その彼がいまさら世界に寇なすわけがないと心得ている。そうでなければ非公式とはいえ私邸になど招いたりはしない。 だから、これは。 「償いなのです。わたくしの、個人的な」 神楽耶は瞼を上げた。 向かいの反応をつぶさに見るために。 「ゼロ糾弾の折、日本と引き換えに貴方をブリタニアへ売ったのは、このわたくしです」 神楽耶の告白に反応を示したのはC.C.だった。ただし目を瞠って隣の男に視線を遣った程度で、それも彼の様子を見てすぐに鳴りを潜める。 一方、男の表情は変わらざること仏像の如し、だ。 それを見た神楽耶の感想は『やはり』だった。 元より結果を重視する彼である。神楽耶の日本奪還にかける想いに理解があれば、神楽耶の選択を責める性質ではないと解っていた。 だからあの場で流れた涙はゼロへの失望に因るものではない。ゼロが日本人ではないことも、訳ありだが覚悟は本物であることも桐原から聞いていた。だからあれは悲しみに暮れた涙ではなく、より早く日本を取り戻すためにゼロを売るしか術がない己自身の力量不足が悔しくて込み上げてきた涙だったのである。 ・・・尤も、ブリタニア陣営を含む周囲がどう捉えたとして、交渉が有利に運ぶならばその涙をも利用する心積もりはあったのだが。 涙の効果はさておき、シュナイゼルは日本返還を承諾し、ゼロは断罪を受け入れた。途中で邪魔が入り、結果としてゼロは逃げ果せたが、それでも屈辱以外の何物でもない一件の元凶が神楽耶だったと知ってなお、男が感情を荒げることはない。 「・・・・・・」 神楽耶はゼロを演じる男のことを理知的な人だと思っていた。感情を揺さぶる演出が得意であっても、彼自身は冷徹なまでに感情を制御する人なのだと思っていた。 けれど。 かの砂礫の地で彼が皆への挨拶もそこそこに着の身着のままC.C.を追い掛けていったと咲世子から報告を受けて、神楽耶は己の認識こそが誤りだったのだと気付かされた。 彼の心は動かないのではない。 これまで彼にとって取るに足りない相手ばかりだったから動かなかっただけなのだ、と。 そして今も。一見すると寛容な男は、しかし神楽耶にさほど関心がないからこそ平静で居られるのである。 神楽耶は先程入室してきたふたりを脳裏に描く。彼にエスコートされて姿を見せたC.C.の左手薬指には指輪がキラリと輝いていた。悔しがる余地もなく、彼の心は完全にC.C.にある。 それでよい、と神楽耶は思う。 彼がゼロの立場にあるなら妻の鑑と云わしめる程に彼をサポートする自信はあるけれど、只人となった彼の隣に並ぶには、神楽耶ではあまりに役不足だ。 神楽耶は命尽きるまで公人である。どれだけ愛していようとも、国より優先することはない。 「信用、してくださいますか?」 こんなわたくしを。 余韻に含まれた言葉もまるごと受け取って、L.L.は口角を上げた。 信用問題の矛先が自然とL.L.から神楽耶へと移っている。弁の立つ神楽耶がこんな初歩的なミスをするはずがなく、となればこれは神楽耶が望んだ展開なのだと双方が承知していた。 「君のことは信頼している。昔も、これからも」 「まあ、・・・光栄ですこと」 神楽耶は微笑んだ。いっそ清々しい程に美しく。 もうこれ以上は踏み入らない。ただ、幸あれと願う。それが神楽耶の愛し方だ。愛しているからこそ、彼が選んだ道を後押しする。 「少しでも力になれるのであれば、嬉しいですわ」 往き同様、帰りの車中もL.L.とC.C.の間に会話らしい会話はなかった。 しかしホテルに戻ってからも、疲れたからと外での食事を止めてルームサービスの軽食を摘んでいる間も、C.C.の口数は極端に少なくて。 怒っているのとは違う。だが気落ちしているような、心ここに在らずな様子にL.L.は良くない兆しを感じ取った。 勘ではなく経験則である。 言葉を呑み込んでしまうC.C.の悪い癖。しかも重要な事柄ほどその傾向が強い。だから拗れる前に訊き出すに限る、とばかりにL.L.は声を掛けた。 「解りやすくなった自覚はあるか」 C.C.の隣に腰を下ろす。 広々とした3人掛けのソファー。左端にC.C.、間を置かずにL.L.。空間を有効活用しているとは云い難い状況だが、話をするなら距離は近い方がいい。 L.L.はC.C.の手を取った。 不思議そうな貌をするC.C.の瞳は、しかしどこか憂いを帯びている。 「お前がそんな貌をするのは、俺のことだろ?」 C.C.はハッと目を瞠った。動揺を隠しきれない琥珀の瞳がゆらりと揺れ、まるで果実のような薄紅色の唇が微かに動く。 図星だ。それはL.L.にも解ったから、華奢な指をそっとなぞった。 左の薬指。その付け根にある細くて硬い感触は指輪である。想いと関係性を誰の眼から見ても解るようにしたいと、かなり緊張しながらもL.L.が自主的に贈った指輪。C.C.はとても喜んで、以降肌身離さず着けている。 不老不死の魔女とはいえ、C.C.の心は人間のソレだ。時にはL.L.に本心を打ち明けられないことだってあるだろう。しかし想いを象徴するこの指輪にだけは嘘を吐いてくれるなと念じながらアームをなぞれば、苦しみを訴えるようにC.C.の眉根がきゅっと寄った。 「おまえが、・・」 思わずといった語調で零れた言葉のかけら。しかしその先が一向に出てこない。開いては閉じる唇を何往復か見守ってから、L.L.は「俺が?」と続きを促した。 C.C.の視線が泳ぐ。 「・・・お前、が・・・・・神楽耶に・・やさし、い、から・・・」 「優しい?俺が、神楽耶に?本気でそう思っているのか?」 だからC.C.の言は正確ではない。しかし指輪を意識させたから、まったくのデタラメというわけでもない。裏に秘めたものがまだあるはずなのだ。 迷子になっていたC.C.の視線が戻り、無言で見つめ合うこと数十秒。 そのとき不意に琥珀色の瞳が潤んだ。 C.C.の左手を握るL.L.の手に、白い右手が重なる。両手でしっかりとL.L.の手を握り締め、C.C.はいつもと変わらない紫水晶を見上げた。 「お前が、 それを聴いてもL.L.は表情を崩さなかった。ただじっとC.C.を見下ろす。 些か唐突なC.C.の言葉に、しかしL.L.は思い出したことがあった。シュナイゼルにゼロを売ったのは自分だと神楽耶が告白したとき、C.C.は確かに反応していたのだ。当事者であるL.L.が軽く受け流したからだろう、倣って澄ました態度を続けてくれたが。 大切な人に危害が加えられたなら黙っていられないL.L.ではあるが、自身に起こったことに関しては事実を感情と切り離して記憶する程度には理性を持ち合わせている。そして事実だけを振り返った結果、変えられない過去の懺悔話に時間を割くぐらいなら建設的な話し合いする方が利を得られると判断したに過ぎない。それは今回の神楽耶に限った話ではなく、ジルクスタンでの扇に対しても同様のスタンスで対応した。L.L.にしてみればどちらも感情的になってしまう程の相手ではなかっただけなのだが、視点を変えれば相手を赦す優しさに見えなくもない。 だから表向きの理由として「神楽耶に優しい」などとC.C.は云ったのだ。 しかしC.C.が真に危惧したのは、L.L.がL.L.自身に執着しないことである。 かつては妹を守るために自身を害えなかっただけで、その絶対性が揺らいだときは自暴自棄になったこともある。そして、極め付きのゼロ・レクイエム。大義名分を得た公開自殺を間近で見守り続けたC.C.には、最早何を云っても言い訳にしか聞こえないだろう。 別に、L.L.には自身を蔑ろにしているつもりは微塵もないのだが。 L.L.は内心で溜息を吐いた。あの些細なやり取りがこんなに尾を引くとは、まったくの想定外である。 それに。 「お前も人のことは云えない癖に」 「ッ、・・!」 L.L.の小さなぼやきはC.C.の耳まで届き、C.C.は柳眉を吊り上げた。 つまり、自覚はあるのだ。自らを顧みないという点ではC.C.自身も似たり寄ったりであると。言葉通り盾となって相手を庇うのは、どうせ生き返るからと自身の生命を軽んじているからに他ならない。 そして自覚があるからこそ、指摘されるのは面白くないものだ。 だからほんの少し唇を尖らせて反論に出ようとしたC.C.の、言葉の続きをL.L.は奪った。 「それは 「性分だ。今更変えられるものじゃないだろ」 それはL.L.も同じである。拠点でいつもと変わらない生活をする日も、遠出をする日も、場面に応じた有事への対処プランは必ず用意する。そのどれもがC.C.の安全確保を最重要事項としており、素直に従ってもらえないことにはプランを用意する意味がなくなるため、すべてそういう仕様だとC.C.には伝えてある。 云われた方は実に不満そうで、結局はL.L.のために無茶をしそうな雰囲気を漂わせていたが。 不死身の魔女。世紀の大罪人。そんな第三者からのレッテルや、ともすれば本人の自己評価すら関係ない。自分自身にとって大切だから守るのだ。シンプルで、しかし存在の罪深さゆえに理解を得難い行動原理は、ふたり揃ってよく似ている。 「だから、お前が俺を守ってくれないか」 実のところ、それは今までと何ら変わりはない。それでも明言することでC.C.が動きやすくなることもある。もちろんそんな状況に陥らないよう事前に手を尽くすのがL.L.の役目なわけだが、この世界は予定調和とは無縁の事象ばかり起こるから、備えはしておくに限るのだ。 「・・・それとも、甘えや依存だと嗤うか?」 共犯関係にそぐわないと知っていたから、生前は指摘しなかった。いや、C.C.が離れていくのを無意識に恐れていたのだろう、指摘しようとすら思わなかった。 しかし今や主軸は夫婦という形に落ち着き、絆もより強固になった。だから、今なら。 L.L.がじっと見つめる中、C.C.は驚いた貌から徐々に表情を和らげた。一度首を横に振って、喜色と期待に満ちた琥珀色の光彩でL.L.をまっすぐ射抜く。 「代わりにお前が私を守ってくれるのだろう?」 それはつまり、互いに守り合うということ。それなら甘えや依存ではないと、穏やかな眸が伝える。 だからL.L.も応えた。 「 繋いだ指先から熱が溶けあっていく。その甘美な心地よさを味わうように、ふたりはいつまでも手を離さなかった。
『贖罪の話』 2021/ 9/11 up |