それは一か所目の遺跡が不発に終わった日の、夜のことだった。
 つまり精神的ダメージがそこそこ大きなときだったのだ。もしかしたら扉を探す以外にも手を考える必要があるかもしれないと、遺跡の心当たりに限りがあるからこそC.C.は早くも不安と焦りを覚えていた。

 だからキスをした。
 何も解っていない虚ろなルルーシュの頬を両手で包み込んで、そっと唇を合わせたのだ。

 愛情表現ではない。記憶の更新と同様、力を送る道とするための接触。
 ルルーシュの元を離れる前日の晩にも実はこっそり同じことをした。あのときは自動的に継承が始まらないようコードを一時的に封印するためだったが、今回はその逆。虚ろな坊やが共犯者に戻れるよう、力を発動させる。
 時間にしたらほんの一秒か二秒の出来事だっただろう。
 しかし縋るような思いで作業に集中していたC.C.には途方もなく長い時間に感じられた。
 目を開ける。じっとC.C.を見つめ返すルルーシュの、しかし意思が宿らない昏い瞳を見止めて、C.C.は落胆した。
 ・・・いや、わかっていたことだ。ジェレミアのところでルルーシュを目覚めさせたとき、同じ方法をとったのだから。
 あのとき失敗して今回成功する道理はない。当然の結果だとC.C.も思う。
       ただ、目を覚ましたばかりの頃は生まれたばかりの赤子のように覚醒と睡眠が不規則で、ほぼ一日ベッドの上だったから。旅に連れ出せる程に安定した今なら或いは、などと考えてしまった。
 勝手に期待して勝手に失望するなんて馬鹿みたいだ。
 これでルルーシュに八つ当たりでもしようものなら目も当てられない。
 頬から手を離してC.C.は俯いた。
 切り替えろ。僅かでも希望の光があるのなら一先ず縋ってみるのは決して悪いことではない。どれだけ不格好だったとしてもルルーシュを取り戻すことが出来れば本望だ。
 とりあえず夜が明けたら次の遺跡に向かって車を走らせなければな、と心を落ち着かせて顔を上げると、そこにはまだルルーシュが居た。
 両手が伸びてくる。頬を挟まれたかと思ったら不意に顔が迫ってきて、気付けば唇を塞がれていた。
 C.C.は驚いた。
 そして凍り付いてしまった。
 それがいけなかったのだろう。身体だけは少年を卒業した、しかし力の加減を知らない赤子が姿勢を保てず体重を掛けきたものだから、危うく後ろに倒れそうになる。
 しかし。
 至近距離すぎて焦点が合いにくい中、ルルーシュの虚ろな瞳を捉えたC.C.は、一気に血の気が引く感覚に襲われた。


      ぃやッ、・・ルルーシュッッ!」


 嫌悪感に任せて突き飛ばす。荷台の床に尻餅をついた彼は、その衝撃と痛みも然ることながらC.C.の剣幕に一番驚いた様子で、荷台の隅まで逃げて身体を縮めてしまった。
 背中が震えている。
 憐れな光景に胸を痛めたC.C.は大きな音を立てないようにそっとルルーシュに近付いた。やさしく背を撫で、声を掛ける。

「すまなかった。痛かったし、怖かったな。悪いのは私だ。許してくれ」

 赤子のようにまっさらなルルーシュは、空っぽな中身を埋めるかのようによくC.C.の行動や仕草を模倣する。そこにどんな意味があるのかなんて考えず、ただ繰り返す。だからあの行為が本来はどんな相手とどんなときにするものか理解していないどころか、そもそもC.C.がしなければ真似されることもなかった、事故のようなものなのだ。
 しばらく背を撫でていると恐怖が薄れたのか震えが止まった。頃合いと見て就寝を促し、膝枕で寝かしつければ、存外あっさりと眠ってくれた。
 C.C.は深いふかい溜息を零す。
 邪気のない寝顔。昨日までは何とも思わず受け入れていたそれに違和感しか覚えない。
 今ここに居るルルーシュは紛れもなくルルーシュである。しかしC.C.が思う本当のルルーシュは、寝ているときでさえ小難しいことを考えているような、厳しい貌で寝る男なのだ。
 触れた唇も。これはルルーシュではないと思った瞬間、驚くほど嫌悪感が沸き上がって、後先考えずに突き飛ばしてしまった。

(私たちは共犯者で、・・・・・約束が、あるから・・)

 だからルルーシュを復活させるのだと、これまでC.C.はそれを免罪符に行動してきた。
 しかし唇に触れるのは本物のルルーシュでなければ嫌だと思ってしまうのは、果たして共犯者だからだと云えるのだろうか。

(私、は・・・)

 C.C.は感情の揺らぎを隠せない瞳を閉じる。
 脳裏に浮かぶのは尊大で不遜な笑み。聞こえるのは耳に心地良い低音。
 きゅ、と締め付けられるようなあまい痛みを訴える胸を押さえ、そしてC.C.はようやく己の感情の名を知ったのだった。






『自覚の話』

2020/ 7/12 up