『食事の話』のすぐ後の話




 夕食の片付けから戻ったC.C.は、すり減らした神経をなだめるように深呼吸を繰り返した。
 大勢に囲まれた道中。他人との距離が近い難民キャンプ。幸いなことにL.L.の正体に気付いた者はひとりも居なかったが、覇気どころか生気もない虚ろ状態だった頃とは違い、復活を遂げたL.L.は当然ながら悪逆皇帝その人にしか見えないのである。いつ誰に勘付かれるかと気が気ではなくて、常に周囲へと眼を光らせていた疲れが盛大に出てしまったらしい。それでも非常事態に備えて調理器具などをリュックに片付け始めたC.C.へL.L.から声が掛かる。

「C.C.」
「んー?」

 目を離せない子どもでもあるまいし、作業中だったので顧みもせずに生返事をしたら、不機嫌を隠さない声色でもう一度呼ばれた。
 見れば、これまた不機嫌顔のL.L.がC.C.を見ている。

「C.C.」

 はて、何か機嫌を損ねるようなことがあっただろうか。
 C.C.は小首を傾げる。するとL.L.は溜息を零した。

「今後のことで話がある」

 つまり『内緒話をするから傍に来い』ということか。納得したC.C.は狭いテントの中を移動する。
 L.L.は生前からとにかく計画とか検証が好きな男だった。そうやって何でも決めつけて行動するからイレギュラーに弱いのだとC.C.は思うのだが、体力だけでなくこういった部分も一度死んだくらいでは変わらないらしい。
 C.C.がL.L.の正面に腰を下ろすと、ようやく納得したらしい男は口を開いた。

「世界情勢は把握した。生活資金も心配ない。少なくとも1週間はここでキャンプ生活だろうが、その後を決めるに当たって確認しておきたいことがある」
「解った」

 C.C.は小さく頷いた。
 手持ちのブリタニアポンドが二束三文にしかならず、旅を続ける中で少なからず金に苦労したC.C.としては生活資金に問題がないと断言する根拠を知りたかったが、生憎口を挟む気力が残っていなかった。後日覚えていたら聞くことにする。

「確認したいことは主にふたつだ。ギアスの欠片がどうとか云っていたが、お前は具体的に何をするつもりだったのか。そしてもうひとつ、嚮団の施設で残っているところに心当たりはあるか」
「嚮団の?」
「ああ」

 確かめたいことがある、とL.L.は云う。
 しかしどんな理由を並べられようとC.C.の返答は決まっていた。
 嚮団が現在使用している施設はない。というか、ルルーシュが武力でねじ伏せてしまった中華連邦の地下施設に居た者が嚮団関係者のほぼ全てなので、必然的にあの場所以外に施設があるわけがない、というのが正しい。嚮団やV.V.の命令によって外で活動中だったギアスユーザーが存在する可能性は否定できないものの、居たところで精々が数人程度。組織がどれだけ大きくなろうとも決して支部を持たなかった彼らが帰るべき家はもうないのである。
 そう説明をすると、少し考える素振りを見せたL.L.は「過去の施設は?」と訊いてきた。

「何回も拠点を移してるんだろ? 残ってないのか? あるいは傍系の施設とか」
「跡地はいくつか知っている。お前を戻すために回ってきたからな。・・・だがシステムが生きていたのはアラムの門だけだった」
「・・・・この前サクラダイトで爆破したヤツか」
「そうだ。あそこが最後の賭けだった」

 赤子同然のルルーシュを連れて巡るには無謀な旅の中、当てが外れる度にどれだけ心が折れそうになったことか。
 しかしそこでC.C.はふと疑問を抱いた。L.L.の欲する嚮団施設の基準はどこにあるのか。

「機能しない跡地では意味がないのだろう?」
「・・・そうだな」

 L.L.の返答は切れが悪い。めずらしく予測を立てずにその場で情報を精査しているような、それでいて隠し事をしているような、何とも云えない違和感がある。
 しかしC.C.が疑問を呈する前にL.L.が続けた。

「神根島の遺跡のようにお前が知らない施設が残っている可能性はあるな?」
「え、あぁ、それはあると思うが」

 むしろC.C.が知るものより多く存在していても不思議はない。人類の歴史はC.C.の生と比べて遥かに長く、遡るほどにシンプルで、しかし荒々しい力強さに満ちているのだから。

「神根島は門と祭壇だけの遺跡だったが、古いものはどこもあんな感じなのか?」
「基本はそうだな。祭壇はともかく、門が何より重要だから」

 近代に入って嚮団はギアスやCの世界、果ては世界の心理などを研究する者たちの集まりとなったが、それ以前は門を介することによりCの世界と繋がることを目的とした集団だった。ゆえに彼らは門を崇め、閉ざされた扉を開けることが出来る嚮主を奉る。それが絶対唯一の神を信じる某教徒の不興を買い、C.C.が生まれた時代・地域に於いて嚮団は迫害の憂き目を見ていたのだ。
 しかし太古より同時多発的に崇め奉られていた歴史を鑑みれば、むしろ最近の施設よりも古代遺跡の方が数は多いだろう。そして神根島の遺跡のように、C.C.が知らないだけで機能する遺跡はあるに違いない。
 ただし知らないということは捜し出さなければならないということだ。当然ながら地図には載っていないし、航空写真を眺めて見つけられるものでもない。それに見つけ出せたところで     ・・。

「本当に門くらいしかないが、いいのか?」

 C.C.は門こそが目的だったから問題はなかった。けれどギアスやコード、Cの世界の研究データを得たいのであれば門だけでは役不足だ。
 小さく首を傾げるC.C.に対し、L.L.は曖昧な笑みを返す。なのに「充分だ」と返された言葉は力強い。
 何か隠しているな、とC.C.は直感的に思った。
 ただしL.L.の秘密主義は今に始まったことではないから過剰に反応してはいけない。隠し事はないに越したことはないが、たとえ夫婦といえどすべてを暴き立てるのは間違っている気もするし、どんな内容であれC.C.を害するものではないと信じられる。だったら今は様子見でいいだろう。

「俺は俺なりに探す。もし思い出したことがあったら云ってくれ」
「解った」

 C.C.は素直に頷く。
 そして頷いてから、L.L.が門を求める理由は聞いておいた方がいいのかもしれないと考えた。
 もしもL.L.の目的が建造物である門そのものではなくCの世界に行くことだとしたら、方法はもうひとつあると伝えるべきかと思ったからだ。
 問題もあるため、あまり採りたくない方法ではあるのだが。

「では次だ。ギアスの欠片の話を聞こうか」
「あ、うん・・」

 逡巡しているうちにL.L.の中で話は決着したらしい。面食らい気味のC.C.は、しかし素早く頭を切り替える。
 ギアスの欠片     ジルクスタンをひとりで発とうとしたC.C.がその後どこで何を成そうと考えていたのか、だったか。

「シャムナからギアスを与えられた者を追ってユーロピアへ渡ろうと思っていた」
「シャムナ? あの女、コードは継承してないはずじゃ・・」
「そうだ。継承が不完全かつCの世界が閉じていたから、付与したギアスは発現しなかったらしい」

 だがシャムナはギアスが変質する程にコードとの同化が進んでいて、ルルーシュよりもC.C.に近い存在だった。だからこそ蒔かれてしまった次代のギアスの種。それはCの世界との繋がりが正常化したことによって芽吹くかもしれないし、付与したシャムナが不完全な状態で死んだことで発現せずに終わるかもしれない。

「その哀れな未完全男はシャムナの命を受けてユーロピアに向かったそうだ」

 悲願成就のため、シャムナはCの世界と繋がる必要があった。しかしシャルルの心残りの所為でCの世界が閉ざされてしまったから、シャムナはコードがなくてもCの世界にアクセスする方法を模索したのだ。その主軸が擬似的な門の構築であり、予備策としてユーロピアへの人員派遣があった。

「ユーロピアのどこかに、変わったモノを信仰する嚮団崩れの一派が居ると聞いたことがある」

 通常、嚮団が頂くのは門であり嚮主だ。
 理念は同じでも拠り所が違えば袂を分かつことになる、その流れ自体は極自然だろう。勢力の差によって正統と邪道とに区別されてしまうこともまた然り。
 しかし彼らの信仰対象は特殊過ぎた。

「彼らが崇めるソレは髑髏のような姿をした『何か』らしい。ギアスを与える能力を持つのは確かなようだが、実体はなく、何処から現れて何時消えるのかも判らない。嚮団では初代コード保有者の怨霊だと云われて厄災の代名詞になっていた。・・・その真偽はともかく、得体が知れない危険物に違いはないと思う」

 おそらく当代のコード保持者とも次元が違う存在だ。
 深淵の向こう側に在って、こちらのルールには縛られない      そんな相手が現れたら、たとえC.C.であっても生き延びられるかどうか。
 そんな存在をシャムナが求めた理由は。

「・・・・・・なるほど。上位置換体なら閉ざされたCの世界でも出入りできるかもしれないと考えたわけか」
「そういうことだ」

 しかしファルラフとは違い、神出鬼没の危険髑髏どころかそれを崇める一派が何処に隠れ住んでいるのか、それすらも判らないのが現状である。そしてそれは半端男も同じはずで、彼は今もユーロピアを彷徨っている可能性が高い。ニュースか何かで祖国の一大事を知れば戻ってくるかもしれないが。

「それならあの男を殺した日以降にユーロピア方面へ渡航した者を特定すれば対象を絞れるな」

 L.L.の言葉にC.C.は頷く。
 ジルクスタンは傭兵立国であるが、一般市民が出国することは稀である。データベースさえ押さえることが出来たら凡その足取りは掴めるだろう。
 こういうときに月虹影があればと口惜しく思う。
 哀れな男に会って、実際どうしたいという具体的なビジョンがあるわけではない。しかしこれはシャムナと最期に言葉を交わしたC.C.なりのけじめだ。

「シャムナが残したギアスの欠片の結末を、元嚮主として見届ける必要はあると思う」

 これが復活したルルーシュと別れた後、特にやりたいことが見つからなかったC.C.の当座の目標だった。だから何やら思案しているL.L.に「他に行きたいところがあれば後回しでいいからな」と一応補足しておく。
 しかしL.L.はC.C.に視線を戻して云った。

「いや・・・そいつと遭遇できるか判らないが、ユーロピア方面で調整しよう。治安と移動距離を考えれば妥当だ」
「そうか」

 L.L.がそう云うのであれば、それでいい。
 と、そこでC.C.は今のL.L.にしたいことはあるのか気になった。
 反抗期の見本市の如くありとあらゆるものに反逆した末にゼロ・レクイエムで生命を散らした男。かと思えば復活した直後にかつての敵対勢力と手を結んで妹救出作戦を指揮し、国をひとつ落としたのだ。目的もなくただ生きるのにこれほど向かない男は居ないのではないかと思う。
 C.C.の我儘で生き返らせたはいいが、L.L.がこの先無意味にただ呼吸しているだけの存在になるのなら、ひどく残酷な仕打ちをしてしまったかもしれない。

「L.L.」

 正面に座る男を呼ぶ。
 徹夜での作戦行動と重い荷物を担いでの長距離移動が効いて、どうしても疲れが滲んでいる。しかし草臥れた中にある穏やかな表情を、C,C,はどう受け取ればいいのだろう。

「今のお前にやりたいことはあるか?」

 訊かれたL.L.はさすがに驚いた貌をした。
 勝手に生き返らせたくせに何を今更、と詰られる覚悟はある。実際、ジルクスタンを出るときに似たような文句を聞いた。
 神妙な面持ちで臨むC.C.に、しかしL.L.は云う。

       ある」

 それは決して大きな声ではなかった。それでも出まかせではないとC.C.が思えたのは、揺らがない瞳と自信に満ちた声に安堵を覚えたからだ。
 C.C.にたくさんの『はじめて』を齎したL.L.。彼とこの先もずっと一緒に居られる幸福に、C.C.の胸はじわりと温かくなった。






『目的の話』

2019/12/ 4 up