難民キャンプの夜は早い。
 活動に必要な光源がないのも理由のひとつであるし、外が寒くて無駄に歩き回る余力が惜しいというのも理由に挙げられる。
 昼間は燦然と輝く太陽にこれでもかと炙られる砂の大地は、しかし夜になると一転して底冷えするほど気温が下がる。テントはあっても所詮は布で、這い寄る冷気から完全に守ってはくれない。そんなときは毛布に包まって早々に寝てしまうに限ると、考えることは皆同じだった。
 L.L.たちに支給された毛布は2枚。1枚は敷いて、もう1枚は掛けて、それから手持ちの毛布や上着を重ね掛けして、ふたりで抱き合って眠る。初日は毛布を1枚ずつ使って各々休もうとしたのだが、寒いからとC.C.がL.L.の毛布に潜り込んできてそのまま一晩過ごしたから、次の日からは開き直って始めからふたりで寝ていた。
 毛布を2枚とも掛けるより1枚敷いて寝た方が暖かいと教えてくれたのは、向かいのテントに避難してきた老婆だ。
 今でこそ国土の9割が砂礫の地であるジルクスタンだが、かつては遊牧できる程度に草や低木が茂る地域もあったらしい。先祖が遊牧民や隊商の一員だった国民も多く、定住した今でも当時の生活の知恵は口承され、中には根付いているものもあるという。
 実際、毛布を敷くのは暖かく、非常に有用だった。

「服なんぞ着ないで人肌であっため合うのが一番ぬくいんだけどねぇ」

 などと余計な情報まで付いてきたから、感謝は半減したが。
 その晩、真に受けたC.C.が脱ぎ出すのではないかと、L.L.は割と本気で気を揉んだ。が、しかしそれは杞憂に終わり、今夜も変わりなく着衣のままである。
 L.L.は安堵した。
 共犯者になりたての、警戒心が先に立つ状況下ならともかく、ここまで心を寄せてしまった今、裸で就寝はいろいろとマズイ。・・・いや、まったく期待しなかったと云えばそれはそれで嘘になるが、それでもL.L.は心底安堵したのだ。
 薄着で密着しているのだから状況的には裸と大差ない、などとは考えないようにしている。
 そして、それとは別に、この時間にL.L.を困らせることがもうひとつ。

「・・・・・」

 誰もが寝静まった夜に。
 狭いテントの中、毛布を被ったふたりだけの閉じた世界で。
 今日もまた、腕の中から小さな声が聞こえた。


「ルルーシュ・・」


 囁かれたのはL.L.の秘めた名だ。
 難民キャンプで知り合った人たちは皆一様に「L.L.さん」やら「エルさん」と呼ぶ。そう名乗ったのだから当然のことで、自らの意思で選択して実行したことなのに、しかし拭いきれない違和感があった。
 ゼロの場合とは違う。ゼロはルルーシュが身に着けたペルソナのひとつであって、その仮面を外せばルルーシュに戻れたし、切り替えも容易だった。
 だがL.L.は完全にルルーシュと置き換わっているのだ。
 他人からは「まっぴら御免」と嫌忌される人生だったとしても、何があってもルルーシュとして走り続け、みんなで迎える明日のためにゼロ・レクイエムを成功させた本人からすれば充分満足できる一生であり、簡単に消せるものではないと思っていた。L.L.と名乗ろうとも根底にあるものは失いようがないと思っていたのだ。
 しかしL.L.としか呼ばれなくなり、ルルーシュに戻る時間がなくなると、自身が本当にルルーシュであったのか判らなくなってくる。ルルーシュであることに執着していたからこそ、そうでなくなったときの反動が大きかった。そして歴史的な大罪人として表舞台から身を引いたが為に、周囲に真実を打ち明けることも叶わない。
 集団の中に在るがゆえの孤独。
 だからC.C.は呼ぶのだろう。
 男の真名を      こんなにも、愛おしそうに。

「ルルーシュ」
「・・・ああ」

 C.C.は解っている。悠久の孤独と共に在ったからこそ、L.L.が何を欲しているのか、すべて。
 そして今ならL.L.にも解る。ナリタの洞窟で、C.C.があんなにも名前に拘りを見せた理由が。忘れたと涙を流した気持ちも。
 だからL.L.もそっと名前を呼び返した。C.C.ではなく、彼女のほんとうの名前を。

「っ、ルルーシュ・・」
      おやすみ」

 しかし頭の片隅で警鐘が鳴ったL.L.はすぐさま就寝を促す言葉を掛けた。
 まだ何か云いたそうな気配を滲ませていた女は、それでもしばらくすると寝入ったようだった。寝付きが良いのは、それこそ出会った当時からである。
 L.L.は小さく息を吐いた。
 やっと寝たか、と。疲労と安堵が入り混じった胸の内で呟く。
 名前を呼ばれるのは純粋に嬉しい。この肯定感は何物にも代えがたい安らぎに変わる。しかしそれだけに留まればいいものを、非常に厄介なモノまで顔を覗かせてしまうのが良くなかった。
 何事においても良き理解者であるC.C.は、しかし絶望的なまでに解っていない。名前を呼ばれる度にL.L.がどんな思いを味わわされているかなど。

「・・・・・・・」

 L.L.はもう一度溜息を吐いた。
 この難民キャンプへ来て早数日、C.C.の雰囲気は日を追ってやわらかくなった。外部向けの一線を引いたような、凛とした佇まいは健在であるものの、ふとした瞬間に見せる表情が穏やかでやさしいのだ。
 最初のころは知らない女を見ているようで落ち着かなかったが、魔女でもなく契約者でもない、これが彼女本来の貌なのだと得心したときから、もっと見たいと望むようになった。
 ・・・正直なところ、ここまで可愛くなるとは予想外だ。
 美人なのは認めるが対象外だと、そんなことを考えていたかつての自分が憐れに思えるほどに。
 だからこそ、この状況には頭痛がしてくる。
 可愛くなった女に特別な名前を呼ばれて、しかし指一本触れられずに就寝を促し、素直に従った女を腕の中に囲って眠らなければならない。       有体に云って、生き地獄である。

「ん、ぅ・・」

 L.L.がなかなか寝付けずにいると、C.C.が小さく声を漏らして寝返りをうった。途端に腕の中が寒くなって、反射的にC.C.を抱き寄せる。どれだけ生き地獄だろうと結局は砂漠の寒さに勝つことができず、女のやわらかい身体を抱いて夜を明かす他に道がないことは、この数日で嫌になるほど学んでいた。
 あと数日もすれば難民キャンプに新たな動きがあるだろう。それまでは何があっても心を無にして遣り過ごすしかないと、諦めにも似た境地でL.L.は瞼を下ろした。






『夜の話』

2019/ 3/ 8 up