ジルクスタンからの脱出は容易だった。
 すでにコーネリアの指揮の下でメンバーは国境の村まで後退していたし、首都グラルバードから逃げ出すジルクスタン国民の波に乗って移動すれば目立つこともない。暗い顔をした人々と共に 半日ほど歩いたところで、L.L.とC.C.は難民キャンプに辿り着いた。
 そこはナナリーが世界人道支援機関の名誉顧問として慰問していた、ハシュベスの難民キャンプだ。しかしその規模は数日前と比べて3倍以上にまで膨れ上がっており、下火になるどころか難民はまだまだ増える一方だろう。
 こうなることを読んでいたシュナイゼルが世界人道支援機関に手を回し、増援物資の輸送はすでに完了していたらしい。キャンプの受入可能人数は大幅に増え、受入を拒否される人はいまだ出ていない。・・・が、しかし次から次へと押し寄せるジルクスタン国民に対してキャンプの運営スタッフの手が圧倒的に足りておらず、必然的に大混乱の流れ作業になる隙をついて、ふたりは素知らぬ顔で難民登録を済ませた。
 指定されたテントに入って、ようやく人心地がつく。
 非常時ではあってもプライバシーに配慮して、テントは一世帯もしくは親戚ごとにひとつ割り当てられている。L.L.にはC.C.の他に連れが居ないので宛がわれたテントはとても小さいが、人目を避けられるのは素直に有り難かった。
 荷を下ろし、登録時に支給された品々を検分する。
 毛布や水をはじめ、豆や魚などの缶詰やクラッカー、甘い菓子類、それから食事時ということもあり、現地で焼いたパンがふたり分。パンは焼き立てが朝晩配給されるというのだから、なかなか贅沢な方だろう。
 完璧主義かつ見栄っ張りのため凝った料理も難なく作れるくらいには料理上手なL.L.ではあるけれど、自身の食事については必要な栄養さえ摂取できれば携帯食でも構わない合理主義者でもあるから、とりあえずパンだけ腹に入れて今後の計画を練ろうとC.C.に持ちかけようとして、しかし目を疑うような光景を見てしまった。
 これまでであれば早々にだらけるはずのC.C.が、荷物の中から調理器具などを取り出して、料理を始める気配を見せたのである。

「お前はこれで遊んでいればいい」

 ガスを使うから外で調理をしてくるとC.C.がテントから出ていき、L.L.の手にはC.C.から手渡された『玩具』が残った。
       タブレット型のパソコン端末だ。
 どうやってこんなモノを、と不審に思ったものの、ナナリー救出作戦立案時には省かざるを得なかった、ゼロ・レクイエム後の世界動向を確認する時間と手段があるのならこれを使わないという選択肢はない。他の確認事項の優先順位を頭の中で整理しつつ、次第にL.L.は情報収集に没頭していった。



「出来たぞ。食事にしよう」

 どこか弾んだ声に現実へと引き戻されたL.L.は、またもや自身の目を疑った。
 C.C.が用意した食事が予想以上の出来栄えだったからである。
 豆のスープ、野菜入りスクランブルエッグ、煮込み肉団子、パンの付け合せにはペースト状の何かとチーズらしきものまである。

「好きなもの食べていいぞ」

 と皿を渡されて、戸惑う。
 味の心配をしているのではない。それ以前の問題として・・・。

「どうやって手に入れた・・?」

 使われた食材の出処と入手方法が不明すぎた。支給品の中になかった肉まで並んでいるのは明らかにおかしい。
 ただでさえ精神的に不安定になりやすい難民キャンプだ、何か危険な真似を犯したのではないか、ひとりにするのではなかった、と後悔が走る。しかし硬い表情のL.L.とは裏腹に、C.C.は不思議そうな貌でぱちぱちと瞬きを繰り返して、そして得心したように苦笑した。

「心配するな。こんな場所だから物々交換も成功しやすいんだ」

 傍らに纏めた料理道具一式の中から小瓶をひとつ選んだC.C.は、悪戯っぽくそれを振る。
 スパイス     納得したL.L.は安堵の息を漏らした。
 この難民キャンプは一朝一夕で出来たものではない。世界人道支援機関から名誉顧問が慰問に訪れる程には長期化し、規模も大きいものだ。そして長く続けば村や町並に充実する物もあり、逆に旅先と同じで不足する物もある。その後者の代表格がスパイスというわけだ。
 ジルクスタンを含むこの辺りは旧インド軍区ほどスパイスを多用する地域ではないものの、豊富な種類のスパイスを使い分けて味にアクセントを出す料理が主流である。しかしパンや豆類などのエネルギー源、タンパク源は充分に支援できる国際機関であっても、嗜好品に類されるスパイスなどはそう簡単に支給許可が下りない。よって自然と不足する、彼らにとっての生活必需品を巡って難民キャンプの中で闇市が開かれることも往々にしてあり、キャンプの運営側はそれを黙認するしかないというのが現状である。
 つまり、この辺りでスパイスはそれ程までに重要で、充分な取引材料になるのだ。
 C.C.は似たような小瓶をいくつも持っている。それぞれに違うスパイスが入っているのなら、しばらくは食うに困らないだろう。

「さあ、食べよう」

 促されて、L.L.は改めて料理を眺めた。
 ブリタニアとも中華連邦とも違う、この辺りの郷土料理。人目を避けられない外での調理だから、周囲の難民から不審がられないようにあえてこのメニューにしたのだろう。
 それにしても、この辺りの出身なのではと思えるくらいの出来栄えである。
 C.C.が元々どの程度料理が出来たのか、L.L.は知らない。アッシュフォードではとにかく存在を隠すのが最優先で、料理の腕など披露させる機会がなかったし、C.C.自身、料理をするともしたいとも云わなかった。
 それが今ではこの変わり様だ。
 この料理に彼女のこの一年が表れているような気がして、つい感慨に耽ってしまう。
 村を出るときにC.C.から取り上げ、L.L.がここまで背負ってきた巨大な荷物。見た目以上の重量に疲弊したL.L.が、中から簡易ガスコンロやら鍋やらが出てきたのを目撃したときには「そんなものまで持ち歩いていたのか」と心底げんなりしたわけだが、『ルルーシュ』を人目に晒さず、かつ身体を維持するためにはC.C.が賄うのが一番合理的で、すべては自分のためだったとL.L.は理解してしまった。
 その結果のこの料理に、何も感じないわけがない。
 しかし一見すると惚けて見えるL.L.に何を思ったのか、C.C.がぽつりと零した。

「・・・仕方ないヤツだな」

 ルルーシュ、と。真名を呼ばれて自然と反応する。
 ハッと振り返った先に待っていたのは、差し出されたスプーンだった。


「ほら、あーん」


 ビシッ。そんな擬音がぴったり当てはまるくらい、L.L.は固まった。
 それまでの感慨もすべて吹き飛ぶ破壊力だった。
 あのC.C.が、あろうことかL.L.に、まるで子どもへ食べさせるようにスプーンを差し出しているのだ。あるいは、恋人同士の甘ったるい遣り取りか      そう考えてしまったが最後、気恥ずかしさに耳が熱を孕む。
 自身も「あーん」の口のままスプーンを差し出しているC.C.も、ようやく自分の行動を客観視したらしい。たちまち頬を染めて引っ込めようとした手を、しかしL.L.は咄嗟に掴んだ。
 中身を零さないように、そのまま慎重にスプーンを口へと運ぶ。
 スープは少し冷めていた。
 当然だ、しばらくふたりの間を彷徨っていたのだから。
 だから火傷をするわけがないし、味覚が鈍ることもない。       はずであったのに、自慢の頭は他の情報処理に手いっぱいで味を細かに分析してはくれない。
 身体に染み入るそれを、ただ美味しいと。そして何故か慣れた味と感じるだけだ。
 甲斐甲斐しく尽くされるのは悪くないものの、これではまったく食べた気がしない。普段C.C.に対して発揮される負けず嫌いまですっかり機能が停止したL.L.は、今ここに護るべきものはないと、早々に白旗を上げることにしたのである。


「惚けていた俺が悪かった。ちゃんと食べるから、・・・それだけは勘弁してくれないか」






『食事の話』

2019/ 2/22 up