KiSS DAY


「そういえば今日はキスの日なんだって」

 スザクから出た言葉に、ルルーシュは内心で眉根を寄せた。
 本人に自覚はないだろうが、この手の話題の後には惚気が来ると相場が決まっているのだ。
 よく晴れた5月、昼休みの屋上。ルルーシュとスザク以外に生徒の影はなく、休憩に入ってまだ間もないため屋外で遊ぶ生徒の声も聞こえない。万が一流れ弾が飛んできても周囲に聴かれる心配がないのでルルーシュはそのまま待機していたのだが、肝心な続きがなぜか一向に来ない。不思議に思ってスザクを見遣れば、親友は手元の弁当箱に視線を落としていた。
 ユーフェミアお手製の弁当。見たところ変な物は入っていないし、スザクが苦手な物も入っていない。なのにスザクがあまりにも神妙な顔つきで弁当を見ているものだから、ルルーシュもつられて自身の昼食に視線を落とした。
 タマゴサンドとハムサンド、そしてチキンサラダが本日のメニューだ。これまでは食堂の利用が多かったルルーシュだが、最近は持参率が高い。それもこれもユーフェミアがC.C.に手作り弁当の良さを力説して、その勢いに押されたC.C.が弁当を作るようになったからである。
 しかもナナリーを巻き込んで、だ。
 中等部は給食があるから弁当など必要ないというのに、独りでキッチンに立つのが不安なC.C.にナナリーが付き合う形で始まった新習慣がすっかり定着し、今ではナナリーが朝食作りを、C.C.が弁当作りを担当している。レパートリーが多いとは云えないが、翌日のメニューを相談するふたりを眺めるのは至福の時間だったりするので、ユーフェミアには密かに感謝していた。
 最近は弁当の味も安定してきて、昼休みが待ち遠しくなるほどである。
 ルルーシュはタマゴサンドをひと口齧った。ゆですぎず潰しすぎないゆで玉子はルルーシュの好み通り。塩加減も丁度よく、粒マスタードと黒胡椒がいいアクセントになっていて、文句なしに美味しい。そしてこれをC.C.が早起きして作ったのだと思うと、さらに美味しく感じるのだ。
 これまで食堂の利用が多かったものだから、クラスメイトから好奇の眼で見られたり詮索されるのが煩わしくて教室を避けてきたけれど、今なら積極的に見せびらかしてもいいとさえ思う。そんなことを考えながら次のひと口を食べようとして、しかしルルーシュはタイミングを逃した。


「ルルーシュはさ、いつC.C.にキスしたくなる?」


 なんだそれは。ルルーシュは心の中でツッコミを入れる。
 咀嚼している最中だったら喉に詰まらせていたかもしれない。間一髪だった。
 ルルーシュは答えることも、食べることもせずにそのままスザクを眺めた。相手への疑問という形をとりながら、しかしスザクが答えを求めているわけではないことを、ルルーシュは経験則で知っている。ここで食事を再開しなかったのは折角免れた誤飲誤嚥を防ぐためだ。第二波第三波は遅れてやってくるものだから。
 ルルーシュの予想通り、スザクはぽつりと零した。

「僕は、朝、ユフィの顔を見たときにキスしたくなるんだ」

 ・・・喉を詰まらせるほどでもなかったか。ルルーシュは静かに昼食を食べ始めた。
 スザクは気付いた様子もなくユーフェミアの愛情弁当を見つめている。おそらくスザクには愛しい恋人の姿が見えているのだろう。

「ときどき、すごく不安になる。僕の知らない間にユフィが手の届かないところへ行ってしまうような気がして」

 ふとルルーシュは手を止めた。
 親友の顔をまじまじと見るが、スザクは気にも掛けていないようだ。
 空気を読まない天然な発言と突飛な行動が実体のない明るさを演出しているが、その内側にこんな一面を隠していると知る者は少ない。かく云うルルーシュもユーフェミアとの交際についての不安は初めて聴いた。
 天然バカップルの代名詞と思っていただけに、少なからず驚きがある。

「だから顔を見ると安心するんだ。・・・考え過ぎだって解ってるんだけどね」

 最後の最後にスザクはルルーシュを見てヘラリと笑った。それがスザクの防衛なのは明白だったから、「無理に笑うな、バカ」と一蹴してやる。
 ルルーシュは手元の弁当に視線を落として、それからスザクを見遣った。

「不安になった分だけユフィを大切にしているなら、それでいいじゃないか」

 ルルーシュはスザクのような不安を抱えていない。だから解るなどと態の良いことは云えない。しかしスザクがユーフェミアをとても大切にしていることはよく知っている。
 「今日のイチオシはタマゴサンドだ」。今朝、C.C.はそう云いながら弁当を手渡してくれた。たとえC.C.がこれをルルーシュのためではなくC.C.自身のために作っていて、ルルーシュはお零れに与っているだけだとしても、あのとき見せた少しはにかんだ笑顔はルルーシュのもので、この女を大切にしようと、思い出す度に何度だって誓うのだ。
 だから、『大切にしたい』『大切にする』気持ちはルルーシュもよく解るから。

「・・・・ありがとう、ルルーシュ」

 ルルーシュの言葉に納得したのか、スザクは礼を述べてから弁当を食べ始めた。何となくそれを見届けてからルルーシュもチキンサラダを口に運ぶ。
 階下のグラウンドからは、すでに昼食を終えた生徒たちの遊ぶ声がちらほら聞こえ始めていた。





 暑苦しい文章を読むのに疲れたルルーシュは、顔を上げて目頭を揉み解した。
 手紙の送り主は父親だ。ブリタニア本国に長期滞在中のシャルルは息子が本国の大学に進学することを大変喜び、なんと大学にわざわざ足を運んで見学をしてきたらしい。
 ・・・何をやっているんだあの親父は。
 しかもルルーシュがシャルルの家で暮らすと信じきっているようだが、ルルーシュとしては他の生徒と同じように寮生活を予定しており、一刻も早く誤解を解かなければ面倒な事態になると確信していたため、非常に憂鬱だった。
 よりによってシャルルに振り回されている自分自身が虚しくなってくる。
 ルルーシュはソファーの反対側を見遣った。
 最近C.C.が読んでいるのは専ら料理本だ。しかも弁当関連の。
 夏に負けないスタミナおかずだとか、防ごう食中毒だとか、例によってユーフェミアから借りた本を熱心に読んでいる。こいつに貸したりしてユーフェミアは困らないのかと心配もしたが、ようやく軌道に乗ったC.C.とは違いユーフェミアにはキャリアがあるから、もう料理本なんて必要ないのかもしれない。
 ルルーシュはC.C.を眺め続けた。するとようやく視線に気付いたのか、C.C.が振り返る。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返して、ちょこっと首を傾げる。そんな可愛い仕草をしっかり目に収めてから、ルルーシュは距離を詰めて小さな頤に手を掛けた。
 抵抗なく瞼を下ろしたC.C.に、まずは触れるだけのくちづけを。
 乾いた触れ合いからリップ音がするキスに切り替えて、C.C.の唇が緩むまで戯れを続ける。血色が増して紅を引いたように赤くなった唇が薄く開いたら、ようやく待ちに待った大人の時間だ。

「ッ、・・」

 舌が触れただけでC.C.は身体を震わせる。その誘うような反応に最初の頃は煽られまくって失敗したこともあったが、がっつくのではなく物足りなさを感じさせるくらいでC.C.も積極的になるのだと判ってからは自制に自制を重ねて抑えている。
 努力の甲斐があって、C.C.がルルーシュの首に手を回してきた。ゆっくりとした手つきがまた一段と扇情的だったことに、おそらく本人は気付いていない。
 それからしばらく舌を絡め合って、唾液を呑ませたり呑まされたりして、呼吸を整えるために一度唇を離すと、銀糸がふたりを繋いでいた。
 すぐにぷつんと切れたそれがC.C.の顎を伝う。その一部始終をC.C.とふたりで追ってしまったルルーシュは、C.C.と視線が合った瞬間に濡れた唇をふさいでいた。

(いつキスしたくなる、か・・)

 上昇する熱に茹った頭で、ふと昼間の会話を思い出す。
 あのときは返答を求められているわけではないと解っていたから云わなかったが、訊かれたときにはすぐに答えが出ていた。

(そんなもの、決まってるだろ)

 答えは、C.C.と眼が合えばいつでも、だ。
 何の自慢にもならないが、10年越しの恋がようやく実ったのだ。おまけに思春期真っ只中。こういったことに興味がないわけがない。
 秋からは離ればなれの生活が決定しているから余計に離れ難いし、わずかな時間でも触れ合いたいと思う。
 一方のC.C.は何も感じていないのか、ルルーシュの大学進学に関しては何も云ってこない。騒ぎ方で云えば父親が一番うるさいくらいだ。そんなC.C.に不満を抱いているわけではないけれど、もう少しくらい寂しがってくれても罰は当たらないと思ってしまう。
 じっくりとキスを続けていると、首に回されたC.C.の腕が緩む気配がした。これは息苦しいという合図だ。肩を押されて離れるよう促されるのが癪なので、それとなく唇を離した。
 喘ぐように浅い呼吸を繰り返す女の頬や瞼を経由して、紅く染まった耳に唇を当てる。わざとらしくリップ音を響かせれば、C.C.はピクリと身を竦ませた。

「ぁ、ン・・」

 そのまま耳の下に唇を押し当て、舌で舐りながら首筋を下る。
 襟ぐりが大きく開いた綿ブラウスを押し退け、胸のふくらみが始まるあたりを吸い上げ     たところでC.C.の悲鳴が上がった。

「もっ、ダメだルルーシュっ!」

 ルルーシュはぴたりと動きを止めた。
 ・・・今日はここまで進めたか。欲に任せてと云うよりどこまで許されるのか確認する意図で続けていたルルーシュは、未練なく顔を上げる。
 C.C.は顔を真っ赤に染め、今にも泣き出しそうな貌をしていた。喜怒哀楽で云えば哀の表情なのに、潤んだ瞳のせいでひどく艶っぽい。そんな不埒なことを考えていると10年以上前の自分が知ったら、可愛い許婚を怖がらせないように泣かせないように慎重に接していた彼はきっと怒り出すに違いないが、おそらくこれが身体だけでなく感性も大人へと成長したということなのだろう。
 数ヶ月前まではディープキスに驚き、先日までは耳への愛撫も受け入れられず、前回は首に唇を這わせるところまでしか我慢できなかったC.C.も、着実に次の段階へ進めるようになっている。今はそれで充分だ。
 そっと息を吐いて熱を逃がしたルルーシュは、いまだ混乱が治まらないC.C.を宥めるため、唇に触れるだけのキスを落とした。






『KiSS DAY』

幼馴染かつ許婚設定学園パラレル

ルルC祭2018主催の耶麻有さまに捧げます


2018/ 7/ 4 up