ライモンダの慈愛・番外編 3


「お兄様とC.C.さん、素敵でしたね」

 弾むような嬉々とした声で話すナナリーに、ロロは曖昧な返事を返した。
 脳裏に描くのは、ホールの中央で踊る一組の男女の姿だ。ダンスパーティーなのに制服姿のままなのは今回のダンパが急遽開催されたものであって、衣装なんてまったく準備していなかった からである。それでも他のカップルと一線を画する優雅なダンスは見る者の眼を惹き、服装のことなど頭から抜け落ちるくらい格別だった。
 元皇族のルルーシュはともかく、C.C.まで華麗なステップを踏めるとは意外だった。兄との息もぴったりであったし、おそらく皆が云うように『お似合い』なのだろう。
 投票で学園のベストカップルに選ばれたルルーシュとC.C.。状況を総合的に見ればナナリーの問い掛けに対する返事は100パーセントの同意でなければならなかった。しかし、つい最近まで兄 さえ居れば他は不要、むしろ兄を横取りする存在は即始末を基本スタンスにしてきたロロはC.C.のことを素直に認められなかったりして、その辺りの葛藤がつい出てしまうのである。
 ナナリーはロロのそういう複雑な心境に理解があるらしく、何も云わなかった。ただ「おふたりとも幸せそうでよかった」と静かに独り言ちた。
 いまだパーティーの真っ最中であるホールでは華やかなワルツが流れ、多くの生徒で賑わっているが、翼棟の廊下に出れば静かなものだ。小さな独り言でもよく聞こえる程度には。
 車椅子を押しながら、ロロはナナリーの後ろ頭を眺める。
 中等部のナナリーはキューピットの日には参加できなかった。だからといってパーティーに参加してはいけないと意地悪を云うような会長以下生徒会メンバーは居ないというのに、ナナリーは参 加を辞退した。後で少しだけ見に行きます、と付け足して。
 宣言通り、夕食が終わった時間帯に私服姿でホールへ現れたナナリーは、ホールの中央で踊るルルーシュとC.C.を一曲分だけ眺め、そして会場を後にした。それに気付いたロロがナナリーを追って今に至る。
 ナナリーの部屋は以前ロロが生活していた1階の角部屋だ。車椅子生活のナナリーは1階の方が何かと便利だろうからと、元々の住人であったナナリーに部屋を明け渡したのである。その懐か しい部屋までナナリーを送り届け、ついでに今日あった出来事を中で話すのが最近のロロとナナリーの日課だった。
 以前はふたりともルルーシュとの日課だったが、兄が妹弟優先の生活を改めたために出来てしまった空白を、弟妹で埋めたような形である。
 とはいえ、この時間はロロにとってとても穏やかで心地良いものだった。
 初めて会ったとき、ナナリーはロロの存在を否定せず、新しい家族が増えたと喜んでくれた。あの瞬間にそれまでナナリーに抱いていた疎ましく憎らしい気持ちは消え、最近ではルルーシュが ナナリーを溺愛する気持ちすら解るようになってきた。
 ナナリーは、確かに可愛い。ルルーシュに接するのと同じようにロロにも接してくれる。兄を奪うどころか妹としてロロを必要としてくれる。嚮団に居た頃も年下の子どもたちから『ロロおにいちゃ ん』と呼ばれ慕われていたのに、彼らとナナリーとでは何かが決定的に違うのだ。それが何であるのか、今はまだ探っている最中なのだけれど。
 だからロロはナナリーとの時間も大切にしていた。今日も今日とてナナリーを送り届け、一人掛けのソファーに腰を据える。そこはロロの定位置だ。車椅子のナナリーはぴったりと横に付き、ふたり視線を合わせて会話をする。
 今日はナナリーに報告できることがたくさんあった。イベントに参加していないナナリーに伝えたいルルーシュの勇姿である。きっと喜んで聴いてくれるだろうと思っていたロロは、しかし硬い表情のナナリーに気付いて顔色を曇らせた。
 先程まで上機嫌だったはずなのに、どうしたのだろうか。

「・・・・ナナリー?」
「ロロ、確認したいことがあります」

 云って、ナナリーはロロの手に手を重ねた。
 目を瞠るロロを、菫色の双眸が射抜く。


「イベント中にギアスを使いましたね?」


 ギクリ。このとき心臓が立てた音を言葉にするなら、そんな擬音が最適だろう。それくらい、欠陥品の心臓は大きく跳ねた。
 ナナリーはギアスが嫌いだ。人の理を無視し、人の心を捻じ曲げ、人の尊厳を踏みにじる力をナナリーは善しとしない。ルルーシュは個々人の願いを具現化する力がギアスなのだと説いたが、 元来持って生まれた力ではないのなら発現させるべきではないというのがナナリーの持論である。誰も使い方を教えてくれない強大な力など、持て余すに決まっているのだから。
 しかしだからと云ってナナリーがギアスユーザーを忌み嫌っているかと云えばそうではなく、あくまでギアスという名の反則技を嫌っているだけであり、それさえ行使しなければギアス関係者とも良好な関係を築いている。
 発現したギアスに存在価値を見出され今まで生かされてきたロロにとって、ギアスを否定されるのは自身の存在まで否定されているようで、始めの頃は辛く感じた。その反面、ギアスではなくロ ロ自身を必要としてくれることに歓びを覚えたのも事実で、だから学園に戻ってからロロは一度としてギアスを使わなかった。・・・もっとも、隠密暗殺向けの能力なので使う必要に駆られる場面自体がなかったというのもあるが。
 ここにきて、今日のイベントである。
 ナナリーに嫌われたくないロロはギアスのことを内緒にしておくつもりだった。ルルーシュだってそうだろう。迸りを受ける可能性のあるC.C.が告げ口するとは思えないし、他の生徒はギアスの存 在を知らず、仮に知っていたとことでギアスの発動に気付くことすら出来ない。効果範囲は高等部の敷地ギリギリを狙ったから、不自然に静止した生徒を誰かが目撃して変な噂が立つようなこともないはずなのに。
 ロロは沈黙を貫いたが、それは無言の肯定に等しい。視覚に頼らない生活が長かった為にすこぶる勘が良いナナリーにそもそも隠し通せるはずがなく、ナナリーは「やっぱり・・」と呟いた。

「・・・どうしてわかったの?」
「あのお兄様が体力だけで勝てるはずがないでしょう?」

 さらっとひどいことを云う妹に戦慄を覚えるロロを余所に、ナナリーは切々と語った。ルルーシュがどれだけモテるのかを。
 ルルーシュは優しい。博愛主義ではないけれど、困っている人をさり気なく手助けする優しさは持っている。顔は間違いなく美形であるし、品もある。育ちの良さは自然と出るもので、粗暴な態 度は絶対にとらない上に教養もあり、頭の回転も速い。勉強もそこそこ出来る。むしろ真面目に授業を受けて試験に臨めば学年トップも間違いなしだ。
 ただひとつ残念なのは体力がない故に運動を苦手とするところだが、乗馬は得意であるしガニメデの操縦も難なく出来ることから、運動神経はそこまで悪くないはずである。しかしスポーツが不 得手なところに却って親しみが沸くというか、完璧な人間だと逆に近寄りがたいため、残念な部分も含めてルルーシュはモテていた。
 ナナリーの自慢の兄。ルルーシュに秋波を送る女子生徒が多いことは目が見えないナナリーでも、いや、目が見えないナナリーだからこそ肌でひしひしと感じていた。
 ルルーシュとお付き合いできる       そうなれば大人数が押し掛けるのは想像に易く、体力のない兄が彼女たちのアタックを1時間も躱せるとは到底思えない。だからこそ、ようやく両想いに なれたルルーシュとC.C.の未来を案じていたナナリーは、ルルーシュが見事C.C.と帽子を交換できたと聞いて喜ぶと同時に、訝しく思ったのだ。何か裏がある、と。

「楽しいイベントでギアスを使うなんて、お兄様・・・いくらC.C.さんの為でも許せません」
「待ってナナリー。ギアスで協力するって僕から云ったんだ。兄さんは悪くないよ」
「それでも頼って使わせたのはお兄様でしょう? 同じことです」

 ナナリーは厳しい表情を緩めない。可憐な見た目に反してなかなか強情なところがあると薄々察していたが、初めて目の当たりにしたロロは戸惑いを隠せなかった。
 どうしてそこまで嫌がるのだろうか。これは学園のイベントで、人が死ぬどころか怪我ひとつなく終わったし、たとえルルーシュの帽子がC.C.以外の手に渡ったとしても2週間後のお試し期間終 了とともに縁が切れて交際終了失恋決定で、つまりギアスを使った甲斐もあってルルーシュとC.C.が無事丸く収まり、多くの女子の失恋が確定した今の状況と変わりがないというのに。
 真意を明らかにしなければと思ったロロは、しかし先にナナリーの嘆きの声を聞いてしまった。


「ロロに何かあってからでは遅いのに・・!」


 ハッと息を呑む。ギアスを使ったわけでもないのに心臓が一瞬縮んで、その後バクバクと拍動が強くなった。
 ナナリーは優先してくれるというのだ、ロロを。大切な兄の恋路よりも、ギアス発動中は心臓が止まってしまうロロの健康を。
 兄至上主義のロロにとってはとんでもないことだった。ナナリーを諫めるべきであるし、ロロは身の程を弁える必要がある。なのに、兄に優先して身を案じてもらえたことが       ナナリーの一番になれたことが、こんなにも嬉しいなんて。

「っ、・・」

 嬉しいのに苦しい胸を押さえ、ロロは俯いた。異変に気付いたナナリーが「苦しいのですか?どうしましょう、お医者さまを・・」とオロオロしながら手を離そうとしたので、咄嗟に捕まえた。
 違う。そうではないのだ。これは心停止の反動による苦しさではない。しかし無感情に生きてきた時間が長すぎて、この苦しさを何と説明していいのかロロには判らない。
 だからナナリーの手を握ったまま「待って、大丈夫だから」と伝えた。それが強がりでも何でもないことを察してくれたナナリーは落ち着きを取り戻し、しかし心配そうにロロの顔を覗き込む。
 菫色の美しい瞳。ロロが強く憧れるルルーシュでさえ取り戻すのに年月を要したこの輝きを、守りたいと強く思う。
       だから。


「心配してくれるのは嬉しいよ、ナナリー。でも、たとえこの心臓が二度と動かなくなると解っていても、ナナリーや兄さんを守るためならギアスを使う。僕だって、男だからね」


 守るべき大切な者のためなら生命を賭ける。それは欠陥品や捨て駒ではない、ひとりの人間として認められ、居場所を得たロロの新たな矜持だ。ナナリーやルルーシュに何と云われようと、曲げるつもりはない。
 やる気に満ち溢れるロロとは対照的に、ロロの宣言を聞いたナナリーは目を丸くして、それから困ったように眉尻を下げた。ナナリーの手を握るロロの手にもう片方の手を添え、念を押すように視線を絡めてくる。

「それでも、悲しんだり心配する家族がいることを、絶対に忘れないでくださいね」
「解ってるから、そんな貌しないで」

 ナナリーの悲しそうな貌を見ることは、ルルーシュから邪険に扱われることと同じくらいに耐えがたい苦痛だ。慌ててフォローすれば、ナナリーはどこか憂いを帯びた微笑みを浮かべた。
 まいったなぁ、とロロは思う。
 君のことは僕が守ると、そう伝えたかっただけなのに。
 上手くいかないもどかしさと胸の甘い疼きを抱えながら、しっかり握り合った手をどうしようかと、ロロは新たに悩み始めた。






  『ライモンダの慈愛・番外編 3』

ロロナナ編


2018/ 5/31 up