ライモンダの慈愛・番外編 2


 シャーリーは深々と溜息を吐いた。
 本人に自覚はないが、本日何度目かの溜息である。しかし一緒に居る生徒会メンバーは誰ひとりとして指摘しない。溜息の原因や心境を察してのことである。
 ちなみに現在、ルルーシュとC.C.は生徒会室にいない。ふたりはクラブハウスのホールでダンス会場の設営中であり、あとは飲食物の準備手配担当のミレイ以外、生徒会室にて作業中だ。学園 ベストカップル投票の集計作業。飛び込み企画のため用意が簡単な紙媒体での投票となり、開票にはそれなりの人手が必要であるが、当事者のルルーシュとC.C.が集計作業から外されたのは当然と云えば当然である。
 はあ、とシャーリーはまた溜息を吐いた。
 屋上から戻る途中にカレンへ話したことは本当だ。ルルーシュにはしあわせになってもらいたい。だって好きなのだから。
 しかしどうしても好きだから、じわじわと後悔する。やっぱりちゃんと告白すればよかったかな、と。
 いや、しかし告白できるような状況でも、余裕もなかったではないか。
 この恋が終わる予感はあったのだ、ルルーシュがセラを生徒会室に連れてきたときから。カレンをクラブハウスに連れてきたのもルルーシュだったが、あのときとは様子が全然違っていた。
 何というか、ふたりの距離が近い。気付けば隣に座っているし、顔を近付けて話すし、さり気なくフォローを入れる。しかも、主にルルーシュの方から。
 決定的だったのはルルーシュの言葉だ。あまりに親しそうだったので、思わず「前から友達だったの?」と訊いてしまった、その返事。


「友達・・・と云うより、将来を約束した関係、だったか?」


 どこか冗談めかして笑いながら、ルルーシュはセラに問い掛けた。途端に色めき立った周囲が「どういうこと!?」とか「もっと詳しく!」と騒いだけれど。

「あれは・・」
「冗談は嫌いだったよな?」
      あのときとは状況が違う」
「そうでもないだろ」

 などなど。ふたりだけの世界を作るのが得意なふたりは言葉の応酬を続けるのに必死で全然取り合ってくれなくて、結局その言葉の真意を明らかにはできなかった。
 けれど、とシャーリーは考える。
 ルルーシュは冗談であんなことを云うタイプでは決してない。むしろ恋愛には興味が薄いのだと思っていたくらいだ。それは自分の恋愛よりも妹の世話を優先したいからなのだと思い込んでいた けれど、まさか婚約者が居たからだったとは・・!
 しかしこの年齢で婚約者とくれば、それは親が決めた許婚である可能性が高い。それなら恋愛は別だよね!?と一縷の望みに縋ってふたりの観察を強化した結果、心がない縁では絶対にないと解ってしまった。
 ルルーシュはよくセラを見ていた。その眼は優しくて、だけれど妹のナナリーに向けていたものとは決定的に違う。
 熱を孕んだそれは、シャーリーがよく知るものだ。
 同じ瞳で、シャーリーはずっとルルーシュを見つめていたのだから。
 どう見たってベタ惚れなのはルルーシュの方だ、と。気付いてゾッとした。ルルーシュが女の子と談笑しているのを見掛けては好きな子なのかと妄想して慌てて、でも勘違いで・・という流れを繰り 返してきたけれど、これまでの『まさか』とは質が全然違う。
 それは恋が終わる予感が確信へと変わった瞬間だった。


(好き、好き、ルルが好き)


 心の中で何回も唱えた言葉が、行き場を失って途方に暮れる。
 こんなとき彼の心を奪った相手を恨む子もいるらしいけれど、シャーリーは恨む気になどなれなかった。
 だって、セラは本当に可愛いのだ。
 わりと小柄で華奢だけど、女の子らしい丸みもあって、守ってあげたくなる系女子といった感じの彼女は顔も文句なしの美少女100パーセント。少し幼さが残る愛らしい顔立ちなのに落ち着いた 雰囲気のおかげで美人系にも見える。まったくもって羨ましい。
 そして儚くて大人しそうな外見に反して行動力はあるし、云いたいことはハッキリと云う。それでルルーシュやカレンとよく云い合いになったりもしていて、しかし実際に話してみると裏表がない さっぱりとした性格の中に優しさが垣間見れるから、いい子なんだなぁとしみじみ思ってしまうのだ。
 そんな彼女も、絶対にルルーシュのことが好きで。
 ルルーシュが居ないタイミングを狙って、こっそりと訊いたことがある。「ルルと付き合ってるの?」と。好きな人の失恋を望むわけじゃないけれど、もしもセラにその気がないのならシャーリーにもまだ望みはあるから。
 それに対するセラの答えは素っ気なかった。

「それだけはないな」

 ただそれだけ。
 ミステリアスな琥珀色の瞳に動揺の欠片も見せず、嘘を吐いているようにも見えない。それにすっかり安心したシャーリーはそのままの流れでルルーシュの話を始めた。別に、私が好きだから 取らないでねアピールを狙ったわけではない。ルルーシュを好きな子はたくさんいるけれど、生徒会以外にルルーシュと仲が良い子はいないから、あるある話が出来て楽しかったのだ。たとえ シャーリーが一方的にエピソードを披露したとしても。セラはまっすぐに眼を見つめて聴いてくれるから嬉しかった。
 だけど。

「ルルってたまに、本当にたまに、すっごく嬉しいこと云ってくれるときあるよね?あ、解ってくれてるんだ、みたいな」

 シャーリーがそんな話をしたときだ。
 「そうだな」と、相槌は変わらず淡々としていた。けれど、眼を優しく細め、唇にやわらかな弧を描いたセラの、惚れぼれするくらい美しい微笑みは、それまでの無表情の印象を引っ繰り返すくらい鮮やかだった。
 そして同時に悟る。セラも本当はルルーシュを好きなのだと。
 シャーリーは落ち込んだ。両片思いなら両思いになるのは時間の問題だ。せめてルルーシュに好きと云いたいけれど、片思い中の彼にどれだけ好意を伝えても全然響かないだろう。いや違う、 好きと云いたいだけだから振られるとかは関係ないではないか。ああでも友達で居られなくなるのはちょっと・・と、堂々巡りの無限ループに填まってしまって。しかし我に返ってみたら、セラが学園 に来てから数か月が過ぎていた。
 その間、ルルーシュとセラが恋人になったという話は聞かない。
 むしろ物理的に距離があるかもと何回か思ったくらいで、こんなことなら無駄に悩まず告白すればよかったと悔やんだりもした。後悔先に立たずって本当だ。できれば格言だけではなく、対処のアドバイスもほしかった。
 では、振られること前提で告白をするとして、いつスムーズに告白できるだろうか。ルルーシュとふたりきりになる機会は滅多にないし、最近はかなりの確率でセラと一緒に居るから、呼び出さな い限り告白なんて無理だ。でもそんな「告白します!」と宣言しているも同然なのは恥ずかしいし、もしルルーシュが来てくれなかったらショックが大きすぎて寝込んでしまうかもしれない。
 八方塞がりで身動きがとれない状況が続く。
 最近よく眠れないなと感じていた、そんな頃だった。



         会長。こいつは俺の彼女ですから、そういうことは今後一切やめて下さい」



 あ、終わった、と。聞いた瞬間にそう思った。覚悟期間が長かったからか、それはシャーリーの中で不思議なくらいストンと落ち着いてしまった。
 しかし当然のことながらショックがないわけでも、胸が痛まないわけでもない。おまけにほとんど反射のように叫び声が出た自分がなんて滑稽で惨めなんだろうと落ち込んだりもした。

 ルルーシュがシャーリーを見ることはもう絶対に      ない。





 どれだけ雑念が混じろうと、単純な開票集計作業は必ず終わる。
 学園のベストカップルを決めるこの投票。シャーリーの持ち分はルルーシュとセラの圧勝だった。たぶん、他のみんなの分もそうだろう。

「リヴァル、終わ   
「みんなー進んでるー?」

 扉のエアー音よりも格段に賑やかな声が弾ける。ミレイの登場に、一同の注目が集まった。

「個々の集計は終わったから、あとは合算するだけですよ」
「よしよし、時間通りに始められそうね。       皆の者、ご苦労!シャーリー以外はホールに行って手伝いと、軽食もそろそろ届くから受け取りよろしく。あーそれからリヴァル、時間になったら始めちゃって」
「りょーかい」

 サクサクと指示を出して、ミレイはメンバーをホールに向かわせた。楽しいこと大好きワンマンタイプではあるけれど、気遣いも人一倍できるのがミレイ・アッシュフォードという女性である。いま だってバンバン働かせているように見えて、その実、みんなが最初からダンスパーティーを楽しめるように送り出したに過ぎない。正直なところダンスなんて気分ではないシャーリーを残してくれたのも有難かった。
 みんなが集計した票を合算して、リヴァルが途中まで作ってくれたスライドを完成させて・・と、シャーリーが決して得意とは云えない机仕事の段取りをつけていると、背後から不意に腕が伸びてきた。そのまま抱き締められる。
 ミレイの腕の中。突然のことにシャーリーが目を丸くしていると、穏やかな声が降ってきた。


「イベント中にルルーシュを助けたんですって?        偉いわね、シャーリー」


 音声を認識して、意味を理解して、無意識のうちにホロリと涙が流れた。
 一度決壊したら止まらなくなって、自分でもびっくりするくらいに後から後から涙が溢れてくる。ミレイに背を向けていてよかったとシャーリーが密かに安堵していると、肩を掴まれて振り向かされた。呆気に取られているうちに制服のクリーム色が迫る。
 ミレイの胸はやわらかく、そしてやさしい匂いがした。

「よく頑張った」

 違う。頑張らなかったのだ。だから今ミレイの胸を借りて泣いている。時間は充分あったはずなのに告白しなかったのはシャーリーで、イベントの後押しを生かせなかったのもシャーリーだ。
 あと一歩、勇気を出せなかった。それどころかルルーシュに協力すらした。追っ手を躱すために懸命に走るルルーシュを見てしまったら、どうして私じゃなくてセラなんだろうとふて腐れるよりも 先に、何とかして助けてあげたいと思ってしまった。だって好きなんだから。

「大丈夫。シャーリーは何も間違ってないし、矛盾もしてない。今たくさん泣いておけば、笑ってふたりを祝福できるわ」

 そうだろうか。そうだといいな、とシャーリーは思う。
 ポケットの中の、一枚の紙切れ。学園ベストカップルへの投票用紙を、シャーリーは白紙のまま隠し持っている。ルルーシュとセラがお似合いなのは解っていてもふたりの名前を書けるほど割り切れていなくて、咄嗟にポケットへ入れてしまった。
 でも。だけど、いつかこれを完成させたいと思う。
 それは気持ちが整理できたという無二の証だから。
 そしてふたりに直接渡すのだ。今はまだ笑顔で祝福できない、      そんな自分と決別して。


(ルル、大好き。だから、しあわせになってね・・)






『ライモンダの慈愛・番外編 2』

シャーリー編


2018/ 5/24 up