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ライモンダの慈愛・番外編 1 辺りには階段を下りる足音だけが響いていた。 会話はない。 カレンとシャーリーの仲は決して悪くはないが、何でも話せる親友ではない。つい先ほど決定的に失恋を受け入れた友人に掛ける言葉を、紅月カレンは持ち合わせていなかった。 (あー・・・気まずい) 今回のイベントが告白することを目的に開催されたことは承知している。どれだけ成功率が低くても「当たって砕けてやらあ!」くらいの意気込みでみんなが告白していることも理解している。 しかしそれでも、あのふたりの間に割って入ろうというのが絶対的に間違っているのだ。 黒の騎士団時代からふたりを見てきたカレンはつくづくそう思う。 騎士団の最古参メンバーにはカレンと井上の女性2名がいて、組織が大きくなるにつれて他の女性団員も増えていったけれど、ゼロは誰ひとりとして女性扱いをしなかった。良く云えばみんな 平等、穿った見方をすればみんな駒、だ。そんな中にあって、唯一C.C.だけは特別扱いされていた。ゼロは否定していたけれど、カレンの眼から見ても特別、『女』扱いだった。それはC.C.だけが 仮面で覆い隠した真実を知っているからなのだと思っていたけれど、カレンがゼロの正体を知ったブラックリベリオン以降もゼロはカレンを女扱いしなかったので、たぶん初めからC.C.だけが特別 だったのだろう。当時のルルーシュが無自覚だっただけで。 とにかく、あのふたりには関わらない方が身のためなのだ。紅蓮と共に幾度となく死戦へと身を投じ、エースという使命感から前へ前へと敵に突っ込むことが多かったカレンでさえ冗談じゃない と敵前逃亡するレベルである。優秀な指揮官がGOサインを出した百発百中起死回生の策でもない限り望みがないことは明白で、恋愛にそこまでの熱がないカレンはどうして女の子たちが死に急ぐのか理解できなかった。 (そもそも、ルルーシュってそんなに魅力的なわけ?) 確かに顔の造形は整っているが、それは個人の好みによって魅力の度合が変わってくるものだから、あまり当てにならない気がする。じゃあ性格か?と考えてますます首を傾げ、しかしゼロを 含む過去の出来事を思い返し、さらにはここ最近の『好きな子』に対するルルーシュの態度を思い浮かべて、迫られたら悪い気はしないかも・・、とカレンはうっかり考えてしまった。 ルルーシュには確かに、冷静な判断力や重責に負けない精神力等々、同年代の男子にはない『頼りになる大人の男性』の要素が備わっている。これは結構ポイントが高い。 ただし、無駄に偉そうだけど。 でもって、とんでもなく嘘吐きだけど。 ( ルルーシュを異性としてアリと認めたところで、彼との間にこの先なにも起こらないのは火を見るより明らかなのに。 違う違うそうじゃなくてこれはルルーシュのことが好きな女の子たちの目線で考えたからで、別に私の気持ちってわけじゃないから・・と、誰に聞き咎められたわけでもないのに、カレンは慌てて否 定した。すべて脳内での遣り取りではあるが、表情は百面相状態だ。それを読めるわけではないのだろうに、不意に声が掛かる。 「カレンはルルに好きって云わなくてよかったの?」 ハッと隣を見れば、シャーリーが眉尻を下げて笑っていた。 だから違うって、と云おうとして、しかし言葉が出なかった。ルルーシュを本気で好きだった、いや、たぶんまだ好きなシャーリー。そんな彼女の前で照れ隠しみたいな条件反射の否定はできなかった。 カレンの足が自然と止まる。 自分自身と向き合うように制服の胸元をぎゅっと握り締めて、少しだけ考えて、カレンは認めた。 たぶん、きっと、シャーリーの足元にも及ばないレベルだけど、カレンもルルーシュのことが好きだったと。 「・・・・シャーリーは云わなくてよかったの?」 数段下の踊り場で足を止めたシャーリーに、逆に問い掛ける。 シャーリーはアップルグリーンの大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた後、再び眉尻を下げて笑った。 「私はちゃんと好きって云ったよ」 「嘘。ルルーシュを振り向かせるための告白じゃなかったじゃない」 「それは・・」 「ルルーシュに協力しようって、教室でスタートを待ってたときから本当に思ってたの?」 イベント開始直前。同じクラスのカレンは、ルルーシュを囲む女子生徒の中にシャーリーが居たことを知っている。その表情が真剣そのもので、本気で帽子を獲りにいくつもりなのだと感じたことも覚えている。 それなのに、告白の言葉が『好きだから別の子と幸せになって』では、あまりに報われないのではないか。たとえ叶わない恋と解っていても、『好き好き大好き私と付き合って』くらい云っておいた方がスッキリしたのではないか。 (さっきと考えてることが逆だけどね・・) 死に急ぎ女子の心理状態が解らないとか考えていたクセに、告白しなかったシャーリーを前にした途端、告白すればよかったのにと思うなんて矛盾している。 しかしカレンは今、唐突に理解してしまったのだ。玉砕の覚悟ができるほど真剣に恋をしたことはないけれど、もしも告白をするなら、もっと盛大にストレートに正直に自分の気持ちや欲求だけを伝えるべきだ、と。 愛の告白とは、結局は一方的でワガママなものであり、しかしそれが許されるものだから。 「・・・・・」 折角ミレイが最後のチャンスを作ってくれたのに、今日までに自分の気持ちと素直に向き合わなかった所為で、今後どれだけ想いが膨れ上がったとしてもカレンがルルーシュに告白することは 一生ないだろう。その程度の想いだったのかと問われれば、そうかもしれないとカレンは肯定できる。 しかしシャーリーは違うはずだ。周りの誰が見ても一途にルルーシュのことを好きだった。それなのに、最後のチャンスを不発弾みたいに中途半端な形で終わらせて本当によかったのか。 「・・・・・」 沈黙が痛い。 シャーリーを睨んでいるつもりはなかったが、厳しい貌をしている自覚はあった。それは自分自身に対する苛立ちが主な原因だ。シャーリーへは完全に八つ当たりのような格好で、それはカレンも解っている。 深い呼吸を繰り返すうちに少し頭が冷えたカレンは、謝ろうと口を開いた。 そのときだ、シャーリーが応えたのは。 「教室ではね、ルルの帽子がほしかったよ。だってずっと好きだったんだもん」 そう云ったシャーリーはカレンから視線を外した。見ているのは自身の足元だが、その眼が見つめているのはルルーシュとの思い出だろうか。 「私がルルをこんなに好きなんだって、2週間の間に知ってほしかった。その後セラと付き合うって解ってても、私の気持ちを覚えててほしかった」 それはたぶん、ルルーシュの心がほしくて帽子を獲りにいった少女たちみんなに共通する思いだ。 ふたりの裏事情を知らない学園の生徒から見れば『セラ』は転校してきて日が浅く、ルルーシュと深い関わりがあるという認識がない。ルルーシュはイベントまでの3日間でC.C.との恋人関係を それとなく広めようとしていたみたいだが、ルルーシュに片思いの女子生徒からすれば「私はずっとルルーシュくんを好きだったのに!」と素直に諦められなかったのも道理である。 人間関係に波風を立てないよう割と八方に善い顔をしていたルルーシュの自業自得とも云えるだろう。 「でもね、みんなから一生懸命逃げてるルルを見てたら、敵わないなって思っちゃったの」 ルルーシュはいつだってつまらなそうだった。大抵のことをそつなくこなしてしまう彼は何事にも冷めた態度を崩さず、常に周りから一歩距離を置いて過ごしていた。だから今までのルルーシュ であればイベント中ずっと隠れて遣り過ごすくらいのことをしても可笑しくはなかったのに。 そんな彼が、全力を尽くしてイベントに参加していたのだ。 たったひとりの女の子のために。 「ルルの一番がナナちゃんだった頃は、いつか私のこと好きにさせてみせるって思ってた。でも、あのルルがだよ? 体力ないのに、あんなに一生懸命走って・・。本当にセラのことが好きで、ルル にはセラじゃなきゃダメなんだって、見せられちゃったから。だから、私 シャーリーの声は哀しみに溢れていたけれど、涙声ではなかった。 その瞳に光るものもない。 我慢しているわけではないのだろう。しかし失恋の実感が湧かないのともたぶん違う。 それは、カレンと同じで 「私、やっぱりおかしいのかな・・?」 「そんなことない。 カレンがルルーシュへの恋心を無意識のうちに排除し続けたのは思春期特有の照れ隠しであったし、日本を解放することが最優先事項だった所為もあるけれど、C.C.という特別が常にルルー シュの隣にあったからだ。あれを退かして自分がその位置に納まるところなど、どう頑張っても想像できないのだから。 それはシャーリーが得た『敵わない』という実感とたぶん同じで。 結局のところ、あのふたりは大げさなくらいお似合いということなのだろう。ルルーシュ一直線だったシャーリーが涙も出ず、カレンが最初から試合放棄する程に。 以前から妄想力逞しいシャーリーはカレンが言葉にしなかったことまで酌んでくれたらしく、「私の方こそごめんね」と云ってくれた。 またふたり並んで階段を下り始める。しかし先程までの無言が嘘のようにシャーリーは話した。話題は云わずもがな、今ごろ屋上でイチャイチャしているであろう男女の、男の方だ。内容は悪態 ではなく、こんなことがあってどう思った、とか、恋心を育てるに至ったエピソードたち。 女というのは、他人に話し、共有することで心の均衡を回復させることができる生き物である。聞き手のカレンとしてはシャーリーの眼を通して見るルルーシュに新鮮さを感じたり、シャーリーに共 感できたりと、なかなか楽しかった。恋が絡むと暴走する癖は直してほしいものの、基本的に快活で前向きなシャーリーと一緒に居るのは嫌ではない。 次に恋をするときは、シャーリーみたいに想いを全肯定できるような恋をしたい、と。口には出さないけれど、カレンはひっそりとそう思った。 階段を下りていくと、一階のフロアによく見知った人物が居ることに気が付いた。 向こうも気付いたらしく、にっこりと笑い掛けられる。 「やあ、カレン。こんなところに居たのか」 ルルーシュほどではないものの相当な人数の女子に追い掛けられていた、しかし疲労の痕跡が露も見当たらない涼しい貌をした男。生粋のブリタニア人だったクセに大戦時から何かにつけて ハーフのカレンに絡んできた、正直云って面倒くさい年下の元ナイトオブラウンズ。今だってシャーリーも居るのに何故かカレンだけ名指しで、ホントもう何なのよ、と思いながらカレンは階段を下り きった。同じフロアに立つと身長差が際立つから、面白くない。 そんなカレンの心中など、たとえ知ったとしても気にしないのであろうジノ・ヴァインベルグは、元貴族にしては厭味のない笑顔を浮かべたまま近付いてきた。 明るい空色の瞳が、カレンの頭上を捉える。 「きみは告白しなかったんだな」 「はあ?」 誰に、とは云わなかったが、まるでカレンの想い人を知っているかのようなジノの態度にイラッとした。 告白しなかったから何だというのだ。イベントの趣旨は理解しているが、実行するか否かは本人の自由である。 上から目線の世話焼き男。安い挑発に乗ってやる義理もなくて、「アンタには関係ないでしょ」と突っぱねると、不意に手が伸びてきた。その大きな手が掴んだのはカレンの 「では、これは私が預かるよ」 「は? えっ、ちょっと、・・・ジノ!?」 状況を理解するのが遅れて後手に回ったのが失敗だった。ジノはさっさと踵を返し、その大きな身体に帽子が隠れてしまう。片手を振って去っていく男の後姿をポカンと見送るしかないなんて、元黒の騎士団エースにあるまじき失態だ。これが戦場なら死んでいる。 「・・・・・・・な、何なのアイツ」 「ジノはカレンのことが好きなんだよ」 隣でシャーリーがクスクスと笑う。え、そうなの!?と一瞬真に受けて、しかしすぐさま否定した。 もし本当にそうなら、ジノはカレンの帽子を被るはずである。そして隙あらば青い帽子をカレンに被せようとしてくるはずである。 けれどジノはどちらも実行しなかった。ということは、あの行動に恋愛感情はないはずなのだ。 シャーリーにそう説明すると、恋に恋するお年頃の彼女は「うーん・・・そうなんだけど、・・・あ! 前の人を忘れるまで待ってるよ、って意味かも」と嬉しそうに云った。カレンは絶対に違うと思うのだが。 「・・・・・・」 俄かには信じられないが、もし仮にシャーリーの云う通りだとしたら、それをカレンに察しろというのは傲慢ではないのか。正々堂々正面きって好きだと云えないような男はお断わりなわけで、結局は帽子がどこへ行こうが関係ないことに気が付いた。 だからルルーシュも自分の帽子を切り捨ててC.C.のところへ向かったのだ。 本当に大切なものを離さないために。 「・・・ま、いっか」 広場まで出ると、生徒たちが集まっていた。ルルーシュの帽子という誘惑があったにも関わらずちゃっかり恋人をゲットした生徒も結構居たりして、浮かれた雰囲気が漂っている。以前であれば 「これだから呑気なブリタニアの学生は・・」と腹立たしく感じたに違いない場面だが、カレンの生活も平和の一部となった今、負の感情は湧いてこない。 カレンの帽子がないことに気が付いた周囲の生徒から質問攻めにあっていると、ルルーシュとC.C.が揃って姿を見せた。 恋人繋ぎまでして、ラブラブ感満載で。 周囲の注目がそっちに逸れたおかげで質問攻めから解放されたカレンは溜息をひとつ吐いた。 1年近くも共に逃亡生活を送っていたカレンには判る。C.C.の、隠しきれていないあの幸せそうな貌。どうせ落ちると解っていたのだから、C.C.も素直に恋心を認めてさっさとくっついてしまえばよかったのだ。そしたらこんな無駄なイベントに巻き込まれずに済んだし、自覚しなくていい恋に気付くこともなかったのに。 しかし、カレンの心は軽かった。 頭に手を置くと、そこには何もない。あの帽子はカレンの心そのものではないが、目に見える形にした想いを手放してしまったことで逆にすっきりしたような気がするのだ。 自然と笑みが零れる。 カレンはこのとき初めてジノに感謝していた。
『ライモンダの慈愛・番外編 1』 カレン編 2018/ 5/19 up |