クラスメイトの合間を縫って、逃げる。
 凍ったように動かない彼ら。
 封印すべき力と解っていても、使えるものは何だって使ってやろうと思う。
 これは絶対に負けられない闘いなのだから。



   ライモンダの慈愛・前



 恋とは甘く、そして苦いものだ。それが片恋であれば尚のことであり、苦しいと解っていながらヒトは恋をする。
 恋とは、落ちるものだからだ。
 では、恋に落ちたヒトはどんな行動をとるだろうか。
 意中の相手に関心を抱かせるように振舞ってみたり、意識するあまり逆に素っ気なく接してしまったり、相手の情報を何でも入手したがったり、何も出来ずに想いばかり募らせることもあるだろう。
 そして、叶う破れるは別として、誰しも想いを昇華したいと願う。そのとき有効な手段が、意中の相手に想いを伝える      いわゆる『告白』である。


「でも、告白ってとっても勇気の要ることじゃない? したくても出来ない子、多いと思うのよねえ」


 タイミングが掴めずふたりきりになれない、気持ちを上手く表現できず、何と云って告白していいか判らない、等々。スマートに済ませることができる者は少ないだろう。


「だからこその『キューピットの日』よ!」


 ババン、と効果音が聞こえそうなくらい、ミレイは声高々に云い放った。自信満々である。ミレイならばイベントなどなくても告白くらいバンバンしそうなくらい力強かった、というのは余談である。
 一方、聞き手である生徒会メンバーの反応は様々だった。シャーリーのように頷きながら熱心に聴く者もいれば、ロロのように何故かそわそわした様子の者もいる。      そんな中にあって、 ルルーシュは完全に冷めていた。
 告白も何も、ルルーシュにはもう決まった相手がいるのだ。告白の段階はとうに終えているし、そもそもルルーシュは告白出来なくて悩むような人間ではない。
 主張は常に正しくはっきりと、むしろ誇張気味に、が基本スタイルだ。
 想いを告げる       C.C.に初めて胸の内を明かしたときは、確かにルルーシュも緊張した。しかし袖にされること十数回、その度にめげるどころか闘志を燃やしてきたルルーシュに緊張やら 勇気などという単語はすっかり縁遠くなってしまった。
 つまるところ、告白に関しては食傷気味だったのである。
 もしC.C.との関係が共犯者のままであればイベントに乗じて再三のアタックを派手に行っていただろうが、今はもう必要ない。・・・・・というか、もしここで告白し直して、「やはり無理だ、すまない」 などとC.C.から云われた日には立ち直れなくなりそうで怖い、という本音も多少含まれていたりもする。
 女心に負けず劣らず、男心だって中々に繊細なのだ。
 ルルーシュがチラリとC.C.を見遣ると、ピザが絡まないイベントには基本的に感心がない彼女は、ただぼんやりとミレイを見ているようだった。その通常運転の姿にこそ、ルルーシュは安堵する。

        で、この帽子なんだけど〜」

 ミレイのプレゼンは続く。
 今回こそ事務方に徹すればいいものの、よくもまあ面倒なことばかり思い付くものだ、と話半分で聞き流していたルルーシュは、しかし次のミレイの言葉に顔色を変えた。

「交換した帽子を被ればカップル成立なのはもちろんだけど、今回、好きな子の帽子を奪って終了時刻まで被ってれば、会長命令で2週間のお試し交際ができるものとしまーす!」

 なんだそれは。そんなルルーシュの心の声が外に漏れなかったのは、シャーリー他数人が先に悲鳴を上げたからだ。

「かかか会長っ、それってどういう・・!?」
「ええ〜? どういうって、云った通りよ」
「だって、お試し交際って・・」

 このときシャーリーがルルーシュにチラリと視線を投げたことを、ルルーシュだけが気付かなかった。それくらい、ルルーシュはルルーシュで思考を巡らせていたのだ。
 帽子を奪われたら、その相手と2週間の強制交際。しかも、それは     ・・


「恋人が居る人ともお付き合いできちゃうことにしまーす!」


 やはりか。ルルーシュは眉根に皺を刻んだ。
 なんだってミレイはこうもタイミングよくルルーシュの邪魔をするのだろう。念願叶ってようやくC.C.を手に入れた矢先にこのイベント。転入直後より複数人の男子生徒からアタックされていた C.C.であるから、待ってましたとばかりにまた告白されるに違いない。
 それに関してC.C.に非はないし、のんびりと学生生活を謳歌しているその辺の男にC.C.が心を動かされるとも思っていない。が、しかし男相手の帽子争奪戦に押し負ける可能性は充分あるの だ。不老不死とはいえ、C.C.は女の子なのだから。
 ルルーシュが実際に不老不死になって判ったのは、不老不死になったからといって身体機能に大きな変化はない、ということだった。
 腹は減るし、眠くもなる。暑さだって感じるし、痛覚だって残っている。それに、スザクのような超人的な運動神経が手に入るわけでもなかった。
 つまり、日常生活を送る上では普通の人間と何ら変わらないのである。
 それを身をもって知ったルルーシュは、C.C.を今まで以上に大切にすると決めた。実際そうしてきたし、晴れて恋人になったのだから特別に甘やかしたいと思っていた。そんな大切な女を、イベ ントのお遊びとはいえ、一日でも他の男に渡してなるものか。

「まあまあ、恋人を盗られたくないならすぐに帽子を交換しちゃえばいいのよ」

 だからそんなに睨まないでよ、ルルーシュ。とミレイは軽く続けるが、ルルーシュの眼差しは変わらない。ルルーシュたちの交際を伝えたタイミングで思い付いたイベントなのだ、何か意図があっての企画なのだろうが、C.C.とすぐに帽子を交換させる気など更々ないに決まっている。
 しかしイベントに向けて走り出したミレイが止まらないことも重々承知しているルルーシュは、対抗策を立てるために開口一番こう訊いた。

「会長。今回のイベントは高等部だけのもので、中等部は対象外、ということでいいんですよね」

 オイオイこの期に及んでまだナナリー優先なのか、と何人が思ったか。
 可愛い彼女ができても変わらないシスコンぶりに若干引き気味のメンバーを余所に、ルルーシュはイベントの詳細を確認していく。その様子を見ていたカレンがC.C.にこっそりと耳打ちするのを視界の端に収めながら、ルルーシュは静かに闘志を燃やしていた。





        それから3日後、イベント当日。
 今回は帽子を用意するだけであったために早めの開催となったこの日、教室は異様な空気に包まれていた。
 というのも、ロッカーに背を預けるルルーシュをクラスメイトの女子の大半が半円陣を成して取り囲んでいるからである。
 彼女たちの狙いはルルーシュの頭上に鎮座するハート型の帽子だ。これを手に入れれば2週間はルルーシュの恋人になれるという、奇跡のマジックアイテム。たとえ泡沫の恋人だとしても学生 生活の思い出にしたい、あわよくば2週間のうちに猛アピールして本物の恋人になりたい、と彼女たちは必死だった。
 しかし彼女たちの好意を享受するつもりがないルルーシュの眉間には当然のように深い皺が刻まれている。
 まず状況的にありえない。これがイベント開始直前でなければイジメの現場、もしくは黒魔術の儀式か何かかと見紛う光景だ。
 そしてルルーシュを取り囲む人数もおかしい。まさかミレイが裏で手を回しているのでは・・、と疑うレベルである。もちろんそんなことはなく、この人間サークルは彼女たちの自由意思に基づくものなのだが。

(シャーリーまで・・・)

 人間サークルの一角を担う、茶髪の少女。同じ生徒会メンバーであるシャーリーはルルーシュとC.C.の関係を知っているはずなのに、何故ルルーシュの前に立ちはだかるのか理解に苦しむ。
 そもそも教室からスタートというのが納得できない。
 公平を期すために各自の教室からスタートするとミレイは決めたらしいが、本当に公正性を保ちたいのであれば講堂やグラウンドなど一堂に会せる場で始めるのが妥当であろう。多少無理をし てでもC.C.を同じクラスに入れればよかったと、今更ながら苦々しく思う。
 開始宣言をするミレイが生徒会室に居るため、C.C.とは離れていることが唯一の救いだろうか。まさかC.C.も男子生徒に囲まれているんじゃないだろうな、と様子を確認しに行きたい衝動を抑えていると、ようやく校内放送のチャイムが鳴り響いた。

『みなさ〜ん、ミレイ・アッシュフォードでーす! まもなくキューピットの日を開始しま〜す。あ、ターゲットから最低2メートルは離れていてね。       ルールは解りますね? 相手の帽子を 奪って被るだけで、ふたりは強制的に2週間恋人同士になります。帽子を獲る方法は問いません。チームを組んでも道具を使ってもオーケー。・・・・・では、スタートの前に私から一言。』

 早急に茶番を終わらせたいルルーシュは駆け出す心積もりを整えて       ・・



『3年B組ルルーシュ・ランペルージの帽子を私のところに持ってきた部は、部費を10倍にしまーす!! それでは、スタートぉ!!!』



        思いきり出鼻を挫かれた。
 怒号で校舎が震える。それはこのイベントに無関心だった生徒たちまでもがルルーシュの帽子めがけて走り出した合図であり、当のルルーシュはあまりの不意打ちに動けずにいた。
 事前に把握していたルルーシュ狙いの人数は200人弱。多少の前後は想定内として、しかし当然ながらそこに男子生徒は計上していない。クラブ活動を生活の中心に据える、部活体力運動バカの人数など、特に。
 競争率から考えて、誰もがまずルルーシュの帽子を狙うだろう。別の相手に告白する予定の者も己が告白は後回しにして部費のために参戦するに違いない。
 となれば、鬼ごっこの相手が当初の想定より飛躍的に膨れ上がるのは必至。
 こうなると悪ふざけも度を越えている。

「〜〜〜〜〜ッ!!」

 一拍の思考の間に、クラスメイトの手が迫る。2メートル以上あった距離が半分になったそのとき、女子生徒はピタリと動きを止めた。
 いや、止めたのではなく止められたのだ。
 それもひとりではない。女子生徒も男子生徒も、ルルーシュからは見えないが他の生徒教師職員、学園に居る者すべてが時を忘れたように凍り付いている。
 いま動けるのは3人だけ。
 依頼人のルルーシュ、庇護対象のC.C.、そして行使者のロロだ。
 ルルーシュは駆け出した。
 時間は限られている。今のうちに予定ポイントまで移動しなければ。
 他者の体感時間を止めるロロのギアス。発動中はロロの心臓も停止するため、ロロ自身の健康とギアス嫌いのナナリーへ配慮して今後は一切使わないよう云い含めていたそれが、いま学園の 時を止めている力の正体だ。
 初め、ルルーシュはロロのギアスに頼るつもりはなかった。教室にいくつか仕掛けてある非常事態用のトラップを使って第一陣を躱そうと計画していたのだが、ロロの方からルルーシュに協力を 持ちかけてきたのである。曰く、「僕は兄さんの味方だから」と。
 ロロのギアスは範囲指定型だ。つまりイベント開始直後の、ルルーシュが一番ピンチのときにロロは自分の教室からでもルルーシュを援護できる。そしてギアスはコード保有者には効かないか ら、ルルーシュとC.C.は逃げる時間を稼げる、というわけである。
 ただし、ギアスを掛ける人数が増えるほどロロのダメージも増えるため、15秒は持たせると云ったロロを制してルルーシュは10秒だけ協力を欲した。今ではすっかり弟として定着したロロも大切 な家族だ。それに、身体に変調をきたしてギアスを使ったことがナナリーにばれたら、後でルルーシュがものすごく怒られる。それは絶対に避けたかった。
 動かないクラスメイトの合間を縫って、逃げる。
 廊下へ出て、そして予定の窓から中庭へと飛び降りた。もちろん下には衝撃吸収用のネットを用意済みだ。そこから校舎を迂回して正面広場方面へ向かうのがルルーシュの計画ルートであり、屋内よりも屋外の方が追い込まれる可能性が少ないことと、木々などの障害物の影に隠れれば敵をやり過ごせると踏んだからこそのダイブだった。
 約束の10秒が過ぎたのだろう、頭上から騒ぎ声が聞こえる。
 C.C.は教室から無事脱出できただろうか。他の男に追い回されるC.C.を想像するだけでも腹が立つので、ひとまずC.C.は無事と仮定して、ルルーシュは自分が逃げ切ることだけに専念するよう思考を切り替えた。






『ライモンダの慈愛・前』
                     
キューピットの日前半戦


2017/12/13 up