マノンの生誕


 身分登録を一から捏造するのは、結構骨が折れる。
 登録機関のマザーコンピュータに侵入するのが、ではない。必要な情報項目をまっさらな状態から練って作り上げるのが、である。
 特に名前や生年月日など、基本中の基本となる個人情報は覚えやすいものでなければならない。個を識別するものとして、本来であれば物心ついたときから付き合ってきたはずの事柄を諳ん じて云えないのはあまりに不自然だからだ。
 その点、ルルーシュとナナリーがアッシュフォード家に匿われたときはまだ楽だった。個人名はそのまま残したし、生年月日もあえて改変する必要はなかった。身分登録の申請項目はそう多く ない。出生登録さえ捏造すればそれで済んだ。
 しかしC.C.の場合はその項目を埋めるのが大変なのである。
 なにせ、彼女には基となるべき個人情報があまりにも少ない。しかも唯一知れている真名さえ、明かしたくないとC.C.本人が難色を示した。ルルーシュとしても好いた女の秘め事を独占していた かったので、名前は真名の愛称を用いることで覚えやすいよう配慮した。
 問題は生年月日だった。
 365日の中の、たった1日。
 たかが誕生日。されど誕生日。適当に選ぶのは適切な対応ではないだろうし、何より忘れてしまう。だからといって誰かの誕生日に被せるわけにもいかない。何かイベントがある日と重ねれば覚 えやすいが、代わりに誕生日が霞んでしまう。

「適当でいいぞ」

 C.C.はそう云って軽く流した。
 彼女のための個人情報だが、しかし学園に連れ帰って学生生活を謳歌させてやりたいのはルルーシュのエゴだ。中華連邦に侵入したときC.C.が云っていたピザ部云々は所詮戯言だったことをルルーシュは知っている。
 だから入学準備に熱の入らないC.C.が生年月日以下、個人情報の設定すら丸投げしてしまったとき、ルルーシュは残念に思うのと同時に、ひどく昂揚した。
 実のところ、C.C.の本当の誕生日を知る手段はあった。脈々と継がれてきたコードに記録されたこの惑星の全史には、ヒトであった彼女がこの世に生を受けた日も当然残っている。誕生日どころ か父の名も母の名も、生まれた場所さえ調べることができるのだ。
 しかしルルーシュは実行しなかった。そうする能力がありながら今まで行使しなかった女の意思を尊重したのではない。
 支配したかったのだ。
 どれだけ愛したとして、名を、生まれた日を、女を構成する経歴を自由にできる男はいない。
 “この女のすべては俺で出来ている”          その思考はルルーシュの独占欲と支配欲をこの上なく満たし、たとえ仮初や後付けであったとしても、それを出来得ることに優越感さえ覚えたのだ。
 斯くして、ルルーシュはC.C.のプロフィール作りに着手したのである。





「3月3日はどうだ」

 そう提案した先にいるのは、ぬいぐるみを抱えてベッドに寝転がる女。惚れられていると解っている男の前で無防備な姿を晒すな、と文句のひとつも云いたくなる気持ちは一先ず横に置いておく。
 C.C.は不思議そうな瞳を向けてきた。これは説明を求めているときの表情だ。
 誕生日の話であることを告げてから理由を述べる。

「Cは3番目のアルファベットだ」

 C.C.だから、3を重ねて3月3日。
 単純だが、だからこそ覚えやすい。

「それに咲世子の話では、ニッポンでは女の子の祭りの日らしい」

 ブリタニアにはないその祭りは、桃の節句、あるいは雛祭りというらしい。元は古代の中華連邦に伝わる風習がニッポンに伝来し、現存する形に落ち着いたという。
 女児の健やかな成長を願って人形と桃の花を飾る、たいへんに可愛らしい祭り。
 不老不死の不遜な魔女に『可愛らしい』は不釣り合いかとも思うが、本人はピンク色が好きであったり、意外と可愛い物好きであったりするのだ。ならばこの日であっても問題ないのではないかと思う。

「この日でいいな?」

 形は問い掛けだが、まるきり決定事項の報告といったルルーシュの語調。
 物云いたげな眼差しを向け、それでも溜息を零すに止めたC.C.は「それでいい」とだけ答えた。
 言葉を呑む、女の癖。その内側に匿したモノすべてを余すところなく曝け出させてやりたいとルルーシュは渇望する。それがどんな感情や想いを孕んでいても構わない。藪蛇でもいい。内に秘 めるしか術がなかったモノごとC.C.を受け止める覚悟はとうに決めていた。
 しかし、今はそのときではない。
 ルルーシュにはまだ権利がない。
       それを得るための、今。

 すっかり興味を失い、手元の雑誌に視線を落とすC.C.に手を伸ばす。想いを明確に伝えて以降極力避けていた身体接触をいったん反故にして頬に触れた。不埒な手に気付いたC.C.がそれと なく躱そうとする動きに逆らって撫で上げ、耳の縁をなぞってから緑髪を一房掬い上げる。
 本人がよく手櫛で梳いては毛先をチェックしている髪は練糸のように柔らかく艶があり、しかし絹にはない甘い香りがほのかに鼻腔を擽った。
 拒絶される前に、くちづけをひとつ。
 髪を解放するのと同時に伏せていた眼を上げれば、瞠目した琥珀と搗ち合った。
 この状況下で嫌悪ではなく動揺が見られるということは、まったくの脈なしというわけでもないのだろう。すでに長期戦の不可避を察知しているルルーシュとしては有益な情報を得られただけでも 上々だと判断し、次の作戦行動時に優勢を保てるよう早期撤退を決め込む。
 揺さぶりを掛けるには押しと引きの緩急が肝心だ。恋愛における駆け引きは未知の世界だが、心理戦と思えば負ける気はしない。

「次は     

 適度な距離を取った上で、作成した経歴表を見せながら解説を続ける。多少の困惑を滲ませた表情を浮かべたC.C.は、それでもやはり何も云わずに書面に眼を落とした。
 いつか必ずその視線すらも手に入れてみせる。
 自らの手で作り上げた過去を負わせ、そして現在未来をともに築いてみせる。
 難易度が高ければそれだけ男が執念を燃やすということを身をもって教え込む愉悦に、ルルーシュは唇の端を妖しく歪めた。






『マノンの生誕』

『オーロラの心臓』より以前の話


2015/ 2/ 3 up
2017/12/ 12 表公開