オーロラの心臓


 C.C.と出逢わなければコードを継ぐこともなかったというのに、ルルーシュは一度としてC.C.の所為にすることはなかった。
 多分、これからも。
 ずっと。
 これまで契約者から断罪され続けてきたC.C.は救われた。
 泣きたいくらいの絶対的な安心感。許されていると、受け入れられていると感じる。ルルーシュの傍は心が休まる。

 そして同時に怖くなる。

 だから無性に逃げ出したい衝動に駆られるのだ。
 早く。
 一刻も早く。
 失意に溺れてしまわないうちに。





 眼前に広がる海を前に、C.C.はひとつ深呼吸をした。
 180度の水平線。
 波は高くなく、穏やかなコバルトブルーが続いている。
 無性に雪を見たくなって、季節的に難しいと知りつつクラブハウスを抜け出してきた。そして電車で北上したつもりが山を抜けて、最終的にどういうわけだか海に辿り着いてしまったのだ。地名が 分からなければ、ニッポンの地図と照らし合わせて自分が何処にいるのか大まかな位置すら分からない、この現状。四方を海に囲まれた島国なのだからいつかは海に出てしまっても不思議はないのだが、トウキョウから見て北に居るのか南に居るのかすら分からないのはどうかと思う。
 かと云って元来た道を引き返すでもなく、C.C.はただずっと海を眺めていた。
 膝を抱えて座った爪先の5センチ先は断崖絶壁である。ブリタニアから侵攻を受けた傷跡が見当たらないため大陸側の海かと考えたが、上陸するのにこんな条件の悪いポイントを選ぶはずがないため、結局どちらの海を眺めているのかさえ未だに判然としていない。
 ただ、C.C.はあまり重要視していなかった。場所など二の次なのである。『雪を見たい』というのも半分は単なるこじつけでしかない。
 つまるところ、ルルーシュの下から逃げ出せればそれで         ・・



「気は済んだか?」



 不意に届いた声に、しかしC.C.は驚くでもなく貌を顰めた。
 誰にも行き先を告げず、携帯電話すら持たず、足がつかないようになけなしの現金で電車を乗り継いでここまで逃げてきたというのに。
 これではせっかくの逃避行が台無しである。
 視線に恨みが滲み出ていることを自覚しつつ、C.C.は背後を振り返った。

「お前の所為で台無しだよ」
「そうか」

 C.C.の非難をさらりと流したルルーシュは、怒ってなどいなかった。
 いつもの私服に、ショルダータイプの大きめのカバンを下げている。中身は十中八九パソコンだろう。C.C.は重い前髪の下で眉根を寄せる。
 ゼロの死を演出し、これ以上世界の裏側に関わらない素振りを見せておきながら、ルルーシュがいざというときのために世界中のありとあらゆる機関のシステムへウイルスを撒いていることを、C.C.は知っている。今回もそれを利用して情報収集したのだろう。・・・こんなことに使うなど正気の沙汰ではないが。

「帰るぞ」

 差し出された手。取るのを戸惑っていると上腕を掴まれ、力任せに引っ張り上げられた。

「C.C.、帰るぞ」

 先よりも強い調子で云ったルルーシュはC.C.の腕を放し、今度こそ踵を返す。動かないかと思われた両足はルルーシュの言葉に魔法を掛けられたらしく、交互に前へ出た。
 黙ってルルーシュの後を追う。
         とんだ茶番劇だ。
 本当に逃げたいのなら、逃げるつもりがあるのなら、ここでルルーシュに従うのはおかしい。だから、心のどこかで迎えに来てくれるのを待っていたのだと、C.C.は自らの本心に気が付いた。気が付いてしまった。
 しかしルルーシュの想いに応えるつもりはない。
 意外と広い背を見つめながら、考える。

 人は変わる。100年足らずならいざ知らず、悠久の時を生き続けるC.C.に永遠の愛を誓うなど愚行の極みだ。
 心変わりするに決まっているのに。
 ルルーシュにもそう云った。そしたらルルーシュは何食わぬ貌で云い放った。お前も生きることに絶望しなくなったしな、と。揚げ足をとられて苛立ちを感じたことはまだ記憶に新しい。
 問題は、そういうことではないのに。
 C.C.にはルルーシュの心変わりを平静に受け止められる自信がなかった。
 だから踏み込めない。ルルーシュがC.C.を求める大きな理由は同じくコードを保有する者だからだと、痛いくらい解っているから、余計に。

 遠からず訪れる未来が、いま目の前に差し出された幸福を拒ませるほどに怖いのだ。






『オーロラの心臓』

『コッペリアの覚醒』の少し前の小話


2013/ 3/ 7 up
2017/12/11 表公開