クララの宝物


 生徒会を挙げての、それはそれは盛大な誕生会だった。
 酒こそ入っていないものの、ワルツを踊ったり一発芸披露大会があったりと、何でもアリのカオスな内容。クラブハウスの1階ホールを使い、主催の生徒会メンバー+ナナリーとアーニャは参加必 須、高等部の他生徒は自由参加である。参加条件はルルーシュに必ず「誕生日おめでとう」と本人に云うことだけで、あとはいつ来ていつ帰ってもいい超自由型。その有るようで無いような気楽 な条件ゆえか、プレゼント持参で意気揚々と来る者もいれば、空いた小腹を満たそうとクラブ活動の合間に顔を出してピザを1切失敬していく者もいたりして、参加者は非常に多かった。
 C.C.としてはピザがたくさん食べられたので大満足だ。たとえ目の前でルルーシュが可愛い女の子から告白されていようがお構いなしである。
 そんなC.C.に「ちょっとは妬いてあげたら?」と呆れたように耳打ちしてきたのはカレンだった。曰く、「さすがに同情するわ」とのこと。「セラはルルちゃんの愛を疑ってないのよね〜」とはミレイ の言だ。シャーリーはルルーシュが告白される度にヤキモキしていて、C.C.よりもよほど彼女らしかった。
 この中でミレイの言葉は一理あるとC.C.は思った。
 現にルルーシュは誰が告白しようが歯牙にもかけていないのである。これで危機感を持てと云われても難しい。
 それに、ルルーシュが他の女と幸せになりたいと云うのであればC.C.に止めるつもりはなかった。
 不老不死の業は深い。ひとり老いていく女を心変わりすることなく愛し、女も人外にして永遠の少年を伴侶として生きていく覚悟があるのなら、そうすればいいとC.C.は思っている。これは別に 恨めしい気持ちから厳しい言葉選びをしているわけでも、投げ遣りになっているわけでもなく、むしろ自身の幸福を追求していく姿勢はよいものだと評価しているだけだ。もしそういうことがあれば 躊躇わずに云えと本人にも伝えてある。
 ルルーシュは心底嫌そうな貌をしていたが。
 しかしこれはあくまで仮想ルートのひとつであって、いかに可能性が低かろうとその想定が成り立つならば現在の感情ひとつで消去するべきではないと丸め込んで了承させた。ちなみに、理解 できても納得したかどうかは別の話で、C.C.はそこまで追及していない。
          という具合に、ルルーシュとは事前にこんな遣り取りがあったから、C.C.にとって誕生会はピザ食べ放題の美味しいイベントでしかなかったし、実に気楽でいられた。
 誕生日プレゼントを用意してないことも前日に伝えてある。
 何か買うにしても支払いに使うカードはルルーシュのものだ。これではルルーシュが自身宛ての贈り物を買うことになるから、まったくの無意味である。また、C.C.が自由にできる唯一と云っても 過言ではない身体はすでにルルーシュのものであって、改めて差し出すものではない。だから何も渡せないぞ、と云ったら、何故か嬉しそうに「そうか」とだけ返された。そのあと、優しいのに滅茶 苦茶にされたのは記憶に新しい。
 まだ痛む腰を擦りながら、C.C.は本の内容を頭に叩き込む作業を続けた。

 お兄さまの誕生日ですから、私たち3人で特別にお祝いしませんか。そう提案したのはナナリーだった。私たちというのはナナリーとロロ、それからC.C.の3人。つまりクラブハウスに住まう者た ちで生徒会主催の誕生会とは別にルルーシュを祝おうというのである。
 提案者のナナリーは当然として、ロロも乗り気だった。『クラブハウスに住まう者=家族だけで』というのが気に入ったらしい。別段C.C.に反対する理由はなく、いつも咲世子任せにしている料理 を3人で作ることに決定した結果、こうして料理本を読み漁って予習に励んでいるというわけである。
 実行は明日の夕食。欲を云えば今晩が理想なのだか、夕方からピザやらケーキやらをたくさん詰め込んだ腹では料理を楽しんでもらえないことや、調理に充てる時間が極短時間しかとれないことがネックになって1日延期となった。
 1日遅れのお祝いは、咲世子はもちろんルルーシュにも伝えてある。
 ですから明日は夕方からキッチンには立ち入り禁止ですよ、とナナリーが笑顔で告げておけば無駄にルルーシュをやきもきさせずに済んで楽だからである。
 そんなわけで、C.C.がどこで料理本を広げていようが問題はなかった。メニューは主賓に知れてもいい。真心込めた美味しい料理を食べてもらうのが一番の目標であって、アッと驚かせたいわ けではないからだ。当日キッチンへの立ち入りを禁じたのは、ルルーシュがいると3人が料理に集中できそうにないからである。
 とはいえルルーシュもナナリーに気を使っているのか、メニューを訊いてくることはなかった。料理本を覗き込まれることもない。その割によく視線を感じるけれど、メニューを詮索しているのでは なく、どうやらC.C.が料理本を読む姿がお気に召したらしい。まるで普通の女の子のように見えるのか、その辺りは定かではないが、ルルーシュが悦ぶのならと最近は関係のないレシピにも目を 通すようになった。最早趣味と云っても差支えない頻度だ。
 知識を増やすことは中々に楽しい。
 ルルーシュの部屋は清潔に保たれていて、暖房も適温。騒がしくもないから、レシピを読み込むのに最適である。
 最初は背もたれに身体を預け、膝に乗せたクッションの上で料理本を開いていた。が、無意識のうちに体勢は崩れてくる。肘掛に本を置き、C.C.自身も肘掛に凭れるように寝そべると、同じ姿勢 を続けた身体が解放されて快適だった。
       しかし。
 トン、という軽い音を立ててC.C.と料理本の間は遮断されてしまった。
 立ちはだかるのは紙バッグだ。
 C.C.の握り拳が2つ入る程度の小さなそれは、中身が出ないようにとの配慮兼飾りなのだろう、持ち手の付け根がリボンで括られている。シンプルながらも愛らしいデザインの表面といい、リボ ンといい、一見して贈り物と解るそれを見てC.C.は眉を顰めた。
 置いた張本人、ルルーシュを見上げる。

「誕生日プレゼントを横流しするとは、感心しないな」
「誰がいらないからやると云った」

 そう云ったルルーシュは苦々しい表情を浮かべていたけれど、「俺からお前にだ」と云い直したときには穏やかな眼を取り戻していた。
 C.C.は紙バッグに視線を戻して、もう一度ルルーシュを見遣って。それを何度か繰り返した後にようやく「うん」とだけ返した。身体を起こして、リボンを解く。中に入っていたのは、掌に乗るサイ ズの、細長い物体だった。

「これ、・・・」

 C.C.には覚えがあった。
 クラスの、いいや、学園の女子生徒のトレンドアイテム。絵具のチューブのような可愛い入れ物に、色鮮やかな花柄のパッケージ。
 もちろん絵具ではなく。

「お前には必要ないと思っていた」

 ハンドクリーム。
 それはC.C.にとって化粧品以上に無用の長物だ。
 驚異的な治癒能力を有するC.C.に手荒れは無縁だからである。日焼けなど知らない白い肌にはひび割れもあかぎれもない。しっとりとなめらか、肌理も均一で、光を当てれば淡く輝くほど。この 状態が一年を通して変わらないのだから、ハンドクリームほど無駄なものはないだろう。現にC.C.自身、必要を感じたことなどなかった。

「ナナリーには毎年買い求めていたが・・」

 C.C.が掌に乗せたままのチューブを取り上げて、ルルーシュはソファーに腰掛ける。その様子をポカンと見つめていると、徐に両手を取られた。ルルーシュの両手に包まれるように握り込まれる。

「っ、・・ルルーシュ?」

 しばらくそうしていたかと思えば、ルルーシュは不意に手を離してクリームを掌に出した。手を擦り合わせて伸ばし、それからC.C.の手を取る。手の甲を包み込むように、ゆっくりとルルーシュの 掌が動いた。指先までたどり着いたら、今度は反対の手へ。両手ともクリームが全体に行き渡ったら指の間も丁寧に塗り込む。途中でクリームを足して、親指から順に根元から指先に向かってマッ サージも。すべての工程が終わってルルーシュの手が離れるころには、C.C.の手は指先までポカポカと温まっていた。
 と同時に、ふわりと匂い立つ、あまい香り。

「・・・花・・」

 柑橘系よりも円やかな甘さは正しく花に由来するのだろう。
 しかしよくあるローズの香りではない。ローズよりもピュアなイメージで、ピオニーよりもやわらかい。カモミールのような薬っぽさもない。ラベンダーやジャスミン、ミモザ、チェリーブロッサムとも違う。
 でも、どこかで覚えのある匂い。

「こういうのが流行っているんだろう?」

 顔を上げると、ルルーシュがチューブを差し出していた。受け取りながらC.C.は「まあ、そうだな」と返す。
 彼女たちは可愛い物に目がない年頃だ。季節柄もあってか、女子学生の間ではよく話題に出てくる。匂いがよくて、しかし香水のように高価ではない。ハンドクリームとしての実用性があるので 学園から規制されておらず、主に彼氏からプレゼントしてもらう子が多いようだ。
 周りはそれに目聡く気付く。そして彼氏からのプレゼントを披露したいのも道理の女心なので、そこから会話に花が咲くというわけである。
 C.C.は微笑ましいと思って今まで耳を傾けてきた。羨ましく感じた覚えはない。何度も云うが、不老不死のC.C.には必要ない物だからだ。
 それなのに、ルルーシュが気にしていたとは。

「リヴァルとジノから云われた。そういう方面にも気を配れと」

 乾燥し始める時期になるとルルーシュがナナリーのハンドケアをしていることは知っていた。C.C.が共犯者としてクラブハウスに居付いた頃には堂に入ったものであったから、おそらくもっと 以前からの習慣なのだろう。先程の塗擦を見れば一目瞭然である。
 しかしナナリーのために取り寄せたのはオーガニックのクリームで、香料も不使用だとか、そんな事を聞いたことがあるような気がする。
 ということは、これはルルーシュがC.C.のためにわざわざ選んでくれた物なのだろう。
 パッケージに記された花の名前は、マグノリア。
 木蓮を始め、春先に花を咲かせる白木蓮や辛夷などの属名だ。
 この、やさしくも華やかな香りがC.C.のイメージなのかと思うと、どこか擽ったい。堪らず、隠すようにチューブを握る。

「誕生日だからといって、貰う側でいなければならない決まりはないからな。それに書類の必要上やむを得ずお前の誕生日を決めたが・・・もしかしたら今日だった可能性もある」

 いつ贈り物をしてもいいのは楽だな、とルルーシュは目を細めた。まるで包み込むように、クリームを持たない手に手を重ねられて、C.C.は視線を手元に落とす。
 C.C.の手を恭しく持ち上げたルルーシュは、指先にくちづけた。
 それから肌の触れ心地を楽しむように、指の付け根、手の甲、くるりと返して掌に唇を当てて。そして手首に辿り着いたとき、熱い吐息とともに濡れた舌がねっとりと肌の上を這った。
 ゾク、と痺れる背筋。じわりと疼き始める身体の奥。
 あんなに嬉しかった贈り物が手から転がり落ちて、しかし気に掛ける間もなく与えられた濃厚なくちづけとスカートの内側に侵入してきた熱い手指に煽られて。
 高まった身体がソファーへ沈む頃には、床に落ちたハンドクリームのことなど完全に意識の外側へと追い遣られてしまっていた。





 翌朝教室に入ると、程なくしてミレイがやって来た。いつものように朝の挨拶をしたというのに、等閑な返事をしたミレイはズイッと顔を近付けてきた。
 正直、怖い。

「セラ、何かつけてる?」
「何か・・?」
「甘い匂い、いつもと違うけど」

 そこまで云われればさすがに解った。ルルーシュから貰ったハンドクリームの匂いだろう。そう伝えると、ミレイお得意のニンマリ笑顔に多少の困惑を混ぜたような貌をされた。

「・・・・・ルルーシュとお揃い?」
「それはないと思うが」

 返答が曖昧なのは、ルルーシュに確認をとっていないからだ。
 しかし、ハンドクリーム自体は男性も使うとして、ここまで甘い香りがついた物は普通避けられる。これまでルルーシュが同じものを愛用していた事実もないから、まさか今更ルルーシュが自分用にも調達したとは考えられなかった。
 おかしなことを云うミレイに首を傾げて見せれば、「そうよねぇ」と不思議そうな呟きが返る。

「ついさっきルルーシュに会ってね、同じ匂いがしたから」

 云われて、C.C.は手元に視線を落とした。
 甘いマグノリアの香り。その不可視の存在とともに、今あるはずのないルルーシュのぬくもりがC.C.の手指に甦る。
 なるほどそういうことかルルーシュのヤツめ、とC.C.はひとり納得した。


「それは登校前にルルーシュが塗ってくれたからだろうな」


 今朝、どうも支度を急かされると思ったら、部屋を出る直前にルルーシュに引き留められて例のハンドケアが始まった。
 時間にすればせいぜい3分程度だ。でも、するならナナリーにしているように就寝前にすればいいものを。呆れながらルルーシュにそう進言したら、それでは意味がないと云われた。これを毎朝 の習慣にするぞ、とも。あのときはまたルルーシュの自己満足的な何かが発動したのだと気にも留めなかったが、今なら解る。

「あらら、マーキングされちゃった?」
「・・・そのようだな」

 フレグランスを兼ねたハンドクリームはシャンプーなどよりも香りが強く、個性的だ。そして嗅覚というのは意外と記憶に残りやすい。男女で同じ香りを纏っていたら、当然親密な関係だと勘繰られるだろう。
 つまりは、ミレイの云った通りだ。
 交際宣言だけでは安心できない、眼が届かないときも悪い虫を牽制したい。そんな独占欲丸出しの馬鹿げた行動にハンドクリームは一役買っているらしい。

「それで、セラちゃんはどうするのかな〜?」
「別にどうもしないさ」

 ルルーシュがそれで満足するなら、付き合ってやろう。そう思える程度には好意があるし、あの男のものであるという自負がある。
 それに、これはルルーシュに想いを寄せる者への牽制にもなっているのだ。C.C.が示した、ルルーシュが望まぬ未来の可能性を意図的に下げる行動。悪意を感じる趣向返しであるが、それだ け想われていると考えれば悪い気はしない。

「な〜んだ、ラブラブかぁ。朝からごちそうさまっ」

 うるさそうだからカレンとシャーリーには余計なことを云うなよ。そう釘を刺そうとしたが、効果があるかはミレイの気分次第である。途端に馬鹿らしくなって、C.C.は席に着いた。もうすぐホーム ルームが始まる。
 ふと、C.C.は手元を見遣った。
 艶々とした手は、特別に手入れしなくても荒れることはない。
 老いることのない手。過去を刻まない手。しかし今はクリームの効果か、いつもより輝いて見える。
 何より香りがいい。
 どうせルルーシュが塗りたがるのだから、と教室に持ってくることすらしなかったハンドクリーム。ルルーシュの味気ない部屋に鎮座する可愛らしい花柄を思って、C.C.は唇に弧を描いた。






『クララの宝物』

2014年ルル誕記念
安定の遅刻ですみません!


2014/12/11 up
2017/12/10 表公開