ハーミアの児戯


 生徒会室を覗くと、そこに探している顔はなかった。
 ここに居ると確信があったわけではないが、多少の落胆は隠せない。それでも一応中に入り、ルルーシュはたいした期待もせずに尋ねてみた。

「セラが来なかったか?」

 生徒会室に居たのはカレンとジノだ。次はどの部に助太刀する、だの、いっそのこと助っ人部でも立ち上げたら? などと話していたふたりは同時に振り返り、まったく同じタイミングで顔を見合わせた。

「・・・・・来てないけど。アンタまさか捜し回ってるの? ケータイは?」

 カレンが向けるのは明らかに胡乱な眼差しである。
 まぁ、眼差しはともかく疑問は妥当だろうか。
 ルルーシュは無言で制服のポケットを探った。取り出したのは1台の携帯電話。ルルーシュのものと同じメーカーのそれは、しかし最新モデルだ。しかもピンク色。某ピザチェーン店のマスコット ストラップがぶら下がっている時点で誰の持ち物なのか一目瞭然である。
 カレンはますます呆れ顔になった。
 個人情報の塊を易々と放置するC.C.もC.C.だが、それを我が物顔で持ち歩いてしまうルルーシュも相当なものだ。

「なに? また喧嘩したの?」
「・・・、向こうが勝手に臍を曲げただけだ」
「あっそ・・」

 それを喧嘩と云うのではないのか。
 カレンはもはや突っ込む気力もない。
 しかし今までやり取りを見守っていたジノが、ここにきてカレンの横から顔を乗り出してきた。

「ルルーシュ先輩は本当にセラ先輩が好きなんですね」

 自分のことでもないのに、ジノは無駄に堂々とした声で云う。年下でありながら貴族育ちの鷹揚な態度と高い身長で相手からペースを奪う彼は、ルルーシュとカレンが面食らっているのを気にした様子もなく続けた。


「セラ先輩のどこがそんなに好きなんですか?」


 カレンはギョッとした。
 そんな、誰もが訊きたくて、でも訊けなかったことを、よくもまぁアッサリと。
 捉え方によってはC.C.を貶しているようにも聞こえるし、それを選んだルルーシュを馬鹿にしているようにも聞こえる。ナイトオブラウンズって空気読めないヤツを順番に選んだんじゃないか、と カレンは本気で疑った。
 ルルーシュはひどく難しい貌をしている。
 怒らせたところで別段怖くはないけれど、妙に執念深いことも知っているから、下手に恨みを買わない方がいいと何となく思っていた。ジノの馬鹿。カレンは内心で悪態を吐いて、そして絶対に 助け舟を出さないと心に決めた。
       しかし。


「どこ、と云われても答えようがないな」


 そう答えたルルーシュは、顎に手を添えて考えるポーズまで取りながら思案していた。
 意外にも正面から質問を受け止めてくれたのだろうか。
 いやそれにしたってそんなに考え込まなくても・・と思うカレンの前で、ルルーシュは諦めたのか溜息を吐きながら肩を竦める。

「すべてと云い切るには欠点が多すぎる女だが・・・笑顔ひとつで大抵許せるということは、まぁそういうことなんだろう」
「なるほど。ルルーシュ先輩はセラ先輩の笑顔が特に好きなんですね」

 盛大に惚気た発言を軽く素通りしてジノが総括した。
 そうくると予想していたわけではなのだろう。ルルーシュの呆けた貌がそれを証明している。
 が、しかしマヌケ顔も束の間、ルルーシュはすぐに頬を緩めた。


      ああ。かわいいだろ、アイツの笑った顔」


 ガタンッ。
 大きな音を立てて後方に飛び退いた椅子など気にも掛けず、カレンはズカズカとルルーシュに近寄った。そのまま勢いを殺さずにルルーシュの背を押して出入り口まで追い遣る。
 カレンの貌は誰がどう見ても不機嫌で、さすがにルルーシュも怯んだ。

「おい、何を・・」
「こんなところで油売ってないで、早くC.C.見つけて仲直りしなさい、よっ」

 最後の掛け声とともにカレンはルルーシュを突き飛ばした。ヒョロヒョロと縦だけ長いルルーシュは大した抵抗もできずに生徒会室の外に出る。
 この勝負、押し出しでカレンの勝ち、だ。
 すぐさま操作パネルを押して扉を閉めてしまえば、さすがに再度ルルーシュが入ってくる気配はなかった。

「まったく・・・手間掛けさせないでよね」

 力仕事の仕上げにと両手を叩き合わせるようにして掃えば、パンパンと小気味好い音が鳴る。
 カレンが振り返り様に見遣ったその先。そこにはジノがいるわけでも、ただの空虚な空間が広がっているわけでもなかった。


「匿ってくれと頼んだ覚えはない」


 生徒会室の隅に積まれた段ボール箱。2日後に迫ったイベントに使うアレコレが詰まったソレの影から出てきたのは、まさしくルルーシュの探し人だった。

「人が親切にしてあげたのに、そんな云い方ってないんじゃないの?」
「フン。それならもっと上手にやってもらいたいものだな」
「・・・どういう意味よ」
「お前の眼は節穴か? ルルーシュはここに私が居ると気付いていたぞ?」
「ハァ?」

 ルルーシュはそんな素振りを見せていただろうか。
 カレンは断言できる。気付いた様子はなかった。それにもし気付いていたとしたら、かくれんぼなんてせずにさっさとC.C.を引っ張り出して、即刻連れて行きそうな気がする。
 うんうん、と頷きながらカレンは自身の行動を肯定した。そんな彼女を冷めた眼で一瞥したC.C.は、馬鹿にしたように諭すという器用なことをやってのけた。

「私の携帯電話を見せられたとき、何を根拠に喧嘩だと思ったのだろうなぁ、カレン」
「・・・あ」

 携帯電話は個人情報の塊だ。通常なら肌身離さず持ち歩くか、管理が行き届く場所に保管するだろう。たとえ家族や恋人にだって触らせたいものではない。
 そんな大切なものをルルーシュが持ち歩いていた理由。
 紛失だったり、C.C.が何者かに誘拐された際に落としただったり、あまり考えられないけれどゼロではない可能性を綺麗さっぱり排除して、カレンはただの痴話喧嘩と断定した。ルルーシュが C.C.の携帯電話を手にした詳しい状況を聞いていないにも関わらず、だ。それはカレンがC.C.の現状を正しく把握しており、事件性がないと知っていたからに他ならない。
 ではC.C.はどこにいるのか。
 同じ室内にいると考えるのが一番妥当だろう。

「・・・・・・・・」

 カレンはしばらく沈黙した後、ジノを仰ぎ見た。
 飄々とした態度を崩さないジノはカレンの視線を受けてニコリと笑う。それでカレンもピンときた。
 ジノはルルーシュが気付いたことに気付いていた。だから敢えてあんな質問をしたのだ。C.C.のどこが好きか、C.C.本人に聞かせるために。

「なによ・・・私ひとり馬鹿みたいじゃない」
「ようやく気付いたか。思ったより時間が掛かったな。いや、よく気付いたと褒めるべきか?」
「・・っ」

 悔しくて言葉も出ないカレンを尻目に、C.C.は生徒会室の出入り口に向かう。その足取りが入ってきたときよりも軽やかだったものだから、カレンは悔し紛れに訊いてみた。

「アンタはルルーシュのどこが好きなのよ」

 不毛な質問だと、頭のどこかでは理解していた。
 だってそうだろう。聞かせる相手がいないこの状況で回答があったとして、カレンに得るものなど何もない。それでも訊いてしまったのは、こんなときでもないと答えが返ってこないことを本能的に 悟っているからかもしれない。
 期待半分、諦め半分で待つカレンの視線の先でクルリと振り返ったC.C.は、こう云った。


「ああいう子どもっぽくて馬鹿なところは、嫌いではない」


 少し意地悪そうな、それでいて屈託のない笑顔。
 寒風が吹く雪原に春の陽が射したような、可憐な花がふわりと綻んだような、たとえルルーシュでなくても「かわいい」と称賛したくなるその顔は、女のカレンから見てもやっぱりかわいくて。
 カレンが何も云えないでいるうちに、C.C.は扉の向こうに消えてしまった。
 遠ざかる足音が弾んで聞こえるのは気のせいではないだろう。
 カレンがガックリと脱力すると、すかさずジノの大きな手が肩に置かれる。

「あれが噂の夫婦喧嘩か。確かに周囲は迷惑するかもなぁ」
「かも、じゃないわよ。・・・・・・日本じゃイヌも食べないわ」


 今度巻き込まれそうになったら何が何でも無視しよう        カレンはそう固く心に誓った。






『ハーミアの児戯』

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2014/ 3/28 up
2017/12/ 9 表公開