フルールの知略 陶器のように白く滑らかで、しかしあたたかく柔らかい肌。指の背で頬を撫ぜて手を添えると、女の手がその上から重なった。 ゆっくりと閉じられていく瞼。 もう片方の手で女の腰を抱き寄せながら、薄く開かれた唇に自身のそれを触れ合わせた。 ピザ同好会を巡るゲームに負けたルルーシュは、絶賛C.C.断ち中なのだ。 経過した日数は2日。夜が明けて授業を受けて放課後になればC.C.はクラブハウスに戻ってくる。3日目は授業があるだけ気が紛れるものの、丸一日C.C.と顔を合わせないことなど最近はなかったものだから、土日は本当に調子が狂った。 しかし夢に見るほど堪えていたのかと、ルルーシュは複雑な気分になる。 それらすべての鬱憤を晴らすように、上背を生かして覆い被さってくちづけて、強引に舌を絡めた。 苦しそうに顰められた眉がまた劣情を煽る。 夢と解っていても愛しいものは愛しく、ルルーシュは自らの欲と記憶が生み出した虚像の耳元で囁いた。 『C.C.・・』 その瞬間、ざわりと空気が揺れる。 夢と認識していたにも関わらず覚醒する気配が微塵もなかった意識。それが何かに反応して、唐突に浮上し始めた。惜しいと思う反面、本人の与り知らぬところでC.C.を穢している罪悪感から 解放されてルルーシュは安堵する。 もう朝だろうか。 しかし瞼越しに朝日を感じない。 それでも確認のために目を開けると、ベッドの隅に人の顔があった。目を瞠って、それから気まずそうに視線を逸らす。それは見間違いや妄想や幻覚などではなく 「・・・C.C.?」 いつから居るのか。 何をしているのか。 床に座って、ベッドに乗せた手の上に顎を乗せた状態で・・・いや、ルルーシュを眺めていたのは明らかだが、そんなことのためだけにミレイの部屋を抜け出してきたとは到底考えられないのだ。 ルルーシュが上体を起こすとC.C.はベッドから顔を離した。 「どうした」 常らしくない様子を訝しく思い、口調が強くなる。 そんなことで怯む女ではないだろうに、しかしC.C.は拗ねたように白状した。 曰く、 つまり、寂しくなってこっそり会いに来たということだろうか。 「・・・・・・・・」 思いがけない告白に、頬へ熱が溜まる。 照明を落としているため解りづらいが、もしかしてC.C.の頬も赤いだろうか。 会いに来たのなら起こせばいいものを、と思いつつ頬に手を伸ばす。しかしC.C.が身を引いて躱したものだからイラッとした。それを見越したのか、C.C.は云うのだ。 「ミレイと約束したからな」 触れ合うことはできないが、顔を合わせないという約束はしていない。 だから、見ているだけだと。 ・・・まったく、部屋を抜け出してきたことさえミレイは知らないというのに、妙なところで律儀な女である。そういうところが好きか嫌いかと訊かれれば、まぁ好ましいとは思うけれど、結果的にオア ズケを食らった気分を味わうのもルルーシュなのだ。 そろそろ戻ると立ち上がったC.C.に重々気を付けるよう念を押して、結局女子寮の前まで送る。 手を繋ぐことすら叶わない道行は今となっては新鮮そのもので、想いが通い合う前の焦れた日々を思い出させた。 「おやすみ、ルルーシュ」 「C.C.」 寮の正面扉に手を掛けたC.C.を呼び止める。 囲うように扉へ両手をついて、耳元に唇を寄せた。 決して触れないように。 しかし、吐息が掠めるように。 「夜、覚悟しておけ」 ビクッと背を撓らせて、C.C.は慌てたように振り返った。 目尻が赤い。 まるで逃げるようにC.C.は寮の中へ戻っていったが、云い残した「・・・バカ」という言葉の響きが恥じらいを含んでいたから、今夜はそれで満足することにして、夜明けまでの僅かな時間を再び 休息に充てることにした。 職員会議を経て多少の修正を余儀なくされたクラブ活動費予算原案を前に、生徒会メンバーは再び生徒会室のテーブルを囲んでいた。 前日のような緊迫感はない。・・・が、みんなどこかソワソワしている。 まさかこの前のような派手なパフォーマンスはしないだろうが、時間になった瞬間にルルーシュがどんな動きを見せるのか気にしているのだ。そんな周囲の心中などお見通しの当人は、いつも 通りの澄まし貌で過ごしていた。逆に浮いて見えることなどお構いなしである。 時間は静かに過ぎていく。 言葉を交わすことも視線を合わせることも禁じられているわけではないのに、自分の席で淡々と役割を果たしていくだけ。ついに約束の時間になってもそのままだった。 一同がガッカリする気配が空気越しに伝わる。 しかし基本的に自分のやりたいことをやる性格であるから、周囲がどう思おうが関係ない。むしろこの場から一刻も早く消えたかった。 ただの好奇なら無視できるが、C.C.が絡むと途端に羞恥を感じる。そのことにまた気恥ずかしさを覚えて、ルルーシュは胸ポケットから携帯電話を取り出した。 「なんかさあ、ルルちゃんって相変わらずルルちゃんよね〜」 「意味不明なことを云ってないで手を動かしてください、会長」 「なによー自分だってケータイいじってるくせにー」 「ハイハイ・・」 つまらなくなって絡んできたミレイに適当な返事をする傍ら、打ち終わったメールを送信する。それを受信したC.C.がファイリング途中の意見書をごっそりとリヴァルに押し付けたところまで確認 して、ルルーシュは持参したパソコンからディスクを取り出した。 理事長に提出する修正版予算案。きちんとケースに収めたそれをミレイに手渡す。 「では、俺はこれで。・・・・セラ」 帰るぞ、と皆まで云わなくてもC.C.は無言で席を立った。 余計な仕事が増えて慌てふためくリヴァルのことなど一切顧みることなく生徒会室を出ていく。そんな仕打ちに慣れているカレンは「明日本人にさせればいいのよ」とフォローを入れているが、 人のいいリヴァルは恐らく終わらせてくれるだろう。 「ロロ」 「ッ、何?」 他のメンバーと成り行きを見守っているしかなかった弟は、驚いたように顔を上げた。まさかここで呼ばれるとは思っていなかった顔だ。 しかしロロは家族で、だからこそ云っておかなければならないことがある。 「夕食はナナリーとふたりで済ませてくれ。呼びに来なくていいから」 「あ、うん」 ロロは普通に頷いた。が、一部のメンバーは言葉の裏を読んだらしい。 初めから人払いしておく理由とか。 そうまでしてC.C.とふたりきりになって何をするつもりだとか。 だが、さすがに誰も尋ねる人間はいなかった。ネタとなれば揶揄えるミレイも先手で攻められると弱いらしい。ほんのりと頬を染めて、「お疲れさま」とルルーシュを送り出す。 他のメンバーにも別れを告げて生徒会室を出ると、廊下にはC.C.の影も形もなかった。 思わず苦笑する。 メールで『先に出ろ』と指示したが、『先に行け』とは云っていない。 相も変わらずつれない女。しかしその実、ひどく恥ずかしがっているだけだということをルルーシュは知っている。だからこそ愛しくて、イジメて泣かせて反応を楽しんで、それから思いきり甘やかしてやりたくなるのだ。 褒められた趣味ではないことは自覚はしている。 もちろん精神を蝕むような日常的なイジメなどではなくベッドでのちょっとした戯れの一環であって、涙に濡れた後でほわりと緩む、あのあどけない本当の笑顔が一番かわいいと知っているから こそ、そういう欲求が尽きないのだが。 大股でクラブハウス内を横切って、自室に向かう。 C.C.が彼女の部屋ではなくルルーシュの部屋に居ることは確信していた。扉が開くと、案の定そこには見慣れた姿がある。ベッドに腰掛けて、少し俯いて・・・どうせ何やらグルグルと考えているのだろう。 正面に回って見下ろすと、C.C.の手には例の菓子の箱が握られていた。 「・・・C.C.?」 長細いプレッツェルにチョコレートがコーティングされた菓子。記憶にも新しいその菓子に罪がないことは解っていても、自然と声が不機嫌なものになる。 ここにきて和やかに菓子でも食べるつもりか。 それとも新しいプレイに挑みたいのかとルルーシュが疑いかけたそのとき、C.C.が袋から1本取り出してルルーシュの口元に差し出してきた。 「再勝負だ、ルルーシュ」 「再勝負・・?」 「負けず嫌いのお前のことだ、どうせ根に持っているんだろう?」 だから改めて勝負をするのだとC.Cは云う。 彼女なりにルルーシュの機嫌を取ろうとしているのかもしれない。ゲームに敗けたことに関して別段何とも思っていなかったが、C.C.が目元をピンク色に染めてさらに菓子を突き出してくるから、その勝負に乗ってやることにした。 片側を咥えたまま待つ。 ルルーシュの腰に腕を回してベッドから立ち上がったC.C.は、すり寄るように身体を密着させた。気持ち傾けられた首と伏し目がちの瞳、そして薄く開いた唇がキスを強請られているようで、鼓動が早まる。 C.C.が菓子の端を咥えたのを見計らってゲームを開始した。 カリカリカリ、と小さな音だけが響く。 機嫌取りかと思いきや、C.C.はまったく退かない。だが、それでこそルルーシュが認めた女だ。視線を絡ませたままついには菓子がなくなって、唇が触れ合った。ほんの一瞬だけ吸って離すと、チュッ・・と控えめなリップ音が鳴る。その幼い響きとは裏腹に、互いに漏らした吐息は熱く湿っていた。 潤みを増した琥珀色の瞳に誘われ、まあるい頬に手を添えて戯れるように唇を触れ合わせる。 ふと、C.C.が笑った。 「引き分けだな」 「どちらも負け、か?」 「あれはミレイが決めたルールなのだろう? 引き分けの方が私たちらしいじゃないか」 挑発的な、それでいてすべてをルルーシュに委ねているような瞳がルルーシュを見上げる。 つい先ほど同じことを考えたばかりのルルーシュも目を細めた。 意外と嬉しいものだ、思考の同調も。 ルルーシュの機嫌を窺うC.C.などC.C.らしくない。妥協など一切なく張り合って、そして等しい力関係の下でこれからも共に歩んでいくのだ、と。C.C.もそう考えていたとは。 「それで? 引き分けの場合、お前は手に入るんだろうな?」 頬を撫でながら尋ねれば、淡く微笑んだC.C.はルルーシュの手に手を重ねて愛おしそうに頬擦りした。 まるで夢の再現だと余計なことを考える。が、しかし所詮夢は夢だ。現実に腕の中にいる女の、夢よりも遥かに艶やかな反応に煽られて自然とくちづけは熱を帯びていく。それだけで息も絶え絶 えのC.C.が「少しは手加減しろ」と注文をつけたが、叶えられることはないだろう。 甘美な戯れは、まだ始まったばかりである。
『フルールの知略』 思う存分召し上がれ 2012/11/13 up 2017/12/ 8 表公開 |