シルヴィアの希求


 アッシュフォード学園のクラブ活動費は四半期に一度見直される。
 クラブによっては特定の季節のみ活動が活発になるものもあるし、活動の成績をすぐに部費へ反映させることができるという理由からだ。もちろん最低保障額は定められており、また、金額が 極端に乱高下することはまずないのだが、自分たちの努力の結果が直接自分たちに返ってくるシステムは生徒たちのやる気を促す要因にもなっていた。
 しかし当然のことながら、予算を組む生徒会役員は大忙しである。
 それもそのはず、この予算編成は2日で仕上げなければならないため、このときばかりは兼部しているメンバーも休まず生徒会室に出てきて、予算額のチェックやら嘆願書の確認やら何かと忙 しなく作業している。猫の手も借りたいとはまさにこのような状況のことで、中等部のナナリーやアーニャまで生徒会室に引っ張って来られ、雑用や来客の相手をしていた。
 活動費アップを直談判しに来る強者は毎回必ずと云っていいほど出る。それをいちいち聞いてはいられないから、「あとで要点だけまとめて教えてね」、というわけだ。
 ナナリーを危険な目に遭わせられないとルルーシュは猛反対したが、ナナリー自身は嫌がっていないし、ロロも一緒にいるし、何より場所がみんなの居る生徒会室の隅なのだ、危険なことなんて万に一つもないとミレイに一蹴された。
 そんな感じでにぎやかな予算編成の2日目が始まり、2時間ほど経ったころ。
 ちょっと休憩しようかと菓子類を広げたときだった。


「・・・・ミレイ。私もピザ同好会の部長として申請する。活動日を増やしてくれ」


 ピザ味のチップスを黙々と摘まんでいたC.C.がいきなりそんなことを云い出したものだから、一同揃って彼女の方を見遣ったのである。



 C.C.が夢見たピザ部は部員数が規定定員に満たないことからクラブ活動として認められなかった。
 しかし、生徒会の仕事を手伝うことを条件に生徒会内同好会という形で活動させてあげてもいいと提案したミレイにC.C.が乗ったことにより、週に一回、ピザの試食会が行われている。
 初めはルルーシュが調理室でピザを焼くのみだったが、最近はデリバリーを頼むことも稀にある。しかし、週一回という活動日は絶対だった。C.C.はこれが不満らしい。
 ・・・まぁ、ピザ好きのC.C.にしてみれば当然の主張かもしれないが。
 むしろ今までよくC.C.が黙っていたものだとルルーシュは感心した。
 突然の要望に、狐につままれたような貌を見せたミレイは、しかしニッコリと笑って「いいわよ」と云い放った。

「ただし、ゲームに勝ったらね〜」
「・・・ゲーム?」

 やはりミレイと云うべきか、何事も最大限に楽しんでからでないと許可できないらしい。
 ゲームと聞いて表情を曇らせたC.C.に「簡単なゲームだから大丈夫」とウィンクを投げて、ミレイは爆弾を落とした。


「はい、じゃあルルーシュとポッキーゲームよ!」


 ミレイはそう云って、机上に広げられていた某菓子をC.C.に突き出した。反射的に咥えてしまったC.C.と他数人を除いた一同の悲鳴が生徒会室に響いたのは云うまでもない。
 特に、勝手に舞台へ上げられたルルーシュの動揺は大きかった。

「ちょっと待ってください会長ッ! なに勝手なこと云って・・」
「あら、なぁに? じゃあルルちゃんはセラちゃんが他の人とポッキーゲームしてもいいって云うの?」
「なッ、・・・・・・・・いえ、それ以前の問題です。ゲームなら他にいくらでも・・」
「ダメよ。ただでさえ時間おしてるんだから。ここにあるもの使って、パッとできるゲームじゃないと」

 こんなときばかり、ミレイは至極真っ当なことを云う。しかしその貌が楽しくて仕方ないとでも云うように緩んでいるものだから、ルルーシュは怒りに震えながらC.C.を振り返った。
 当然、ミレイへの反対を期待してのことだ。
 ところがC.C.はルルーシュが何をそんなに慌てているのか理解していない表情でポリポリと菓子を食べていて。これはゲームの内容を知らない貌だと悟ったルルーシュはひどい虚脱感に襲われた。
 ギャラリーは完全に傍観状態だ。最後の希望に賭けて弟妹に視線を送ったが、C.C.同様ポッキーゲームが如何なるものか知らないらしいナナリーはニコニコと様子を見守り、ロロはオロオロしているだけで碌な助けは期待できそうになかった。
 こうなったら早々に菓子を折ってゲームを終了してしまえばいいとルルーシュは思った。こんなくだらない勝負に負けたところでプライドが傷付くこともないし、ピザ同好会の活動がどれだけ活発 化しても家計には響かないのだから、意地でも勝つ理由はない。勝手にこんなゲームを指定したミレイへの反抗心からルルーシュはそう考えていたのだが、しかしC.C.が「適当に負けろ、ルルーシュ」などと余計なことを云うものだから、当然のようにミレイのストップが掛かった。

「そうね、ルルーシュが負けたら3日間セラに触るの禁止にしましょうか。キスもハグもダメで〜・・」


            もちろん、エッチも。


 パキッ。
 C.C.が口に運んでいた何本目かの某菓子が折れ、彼女の膝を経由して床に落ちる。しかしそれを指摘する者も、拾おうとする者もいなかった。
 どちらからも出ない否定の言葉。それが示すふたりの関係は明らかで。
 それまでの喧騒と打って変わって、生徒会室内は奇妙な沈黙に包まれる。
 ルルーシュも今度こそカウンターパンチを食らったような心境だった。確かにルルーシュにとってC.C.は絶対唯一の女であり、すでに幾度となく・・・というかかなり頻繁に身体を重ねているわけだ が、その関係を妹以下、生徒会メンバー+αの前で吹聴されて平気でいられるわけがない。
 ミレイの恨みを買うような覚えはなかったはずだが、とルルーシュは思わず記憶を探ってしまった。
 明らかな現実逃避である。
 一方、フリーズから立ち直ったC.C.は冷静にもポッキーゲームのルールを隣にいたシャーリーに確認していた。しどろもどろで説明したシャーリーに、ミレイが補足を付け加える。

「そうそう、引き分けのときはふたりとも負けにするから」
「解った」
「明日は土曜日だし、勝ったらセラは私の部屋でお泊りね」
「いいだろう。・・・おいルルーシュ、ピザ同好会のためだ、ひとり負けしろ」
「ハァ!? まさかお前、こんなふざけた遊びに付き合うつもりか!?」
「当然だ。お前も副部長ならピザ同好会に貢献しろ」
「お前ッ・・・いつも誰がピザを焼いてると・・・・、そもそも何で俺がッ」
         たかが3日だ」

 そう云ったC.C.の目元こそ、ほんのりと染まっていて。
 そんな状態のC.C.に某菓子を咥えた状態で待機されてしまえば、もうルルーシュが折れるしかなかった。
 C.C.の隣に席を移す。全員が固唾を呑んで見守る中でもう片方を咥えるのは、待っている役よりもよほど恥ずかしいんじゃないかとさえルルーシュは思った。

「よ〜い、スタート!」

 ミレイが華々しく開始を告げたが、ルルーシュは動かなかった。
 遠慮なく突き刺さる周囲からの視線。しかし、それ以上にC.C.の視線が痛い。こちらもじっと動かないC.C.は、眼でルルーシュを威嚇していた。
 両者ともに一歩も退かないが、まったく押しもしない奇妙な攻防戦。
 10秒と経たないうちにふたりへ制裁が下された。

「もぉ〜それじゃゲームにならないでしょッ」

 紙束を丸めた、ミレイお得意の即席メガホン。それが一喝とともにポコポコッと頭へ落ちてきたのだ。
 痛くはないが、続きを促すには充分な衝撃があったものだから、ふたりは渋々ながら菓子を食べ進めることにする。
 ポリポリポリポリポリポリポリポリ・・・
 静まり返った生徒会室に、この音はやけに響いた。


(・・・・俺は何をやっているんだ・・?)


 この菓子を食べるのにこれだけ時間を掛けるのも初めてなら、ここまで味が解らないのも初めてだった。
 勝たなければならない理由が次第に解らなくなる。
 C.C.に触れられないのは確かに嫌だが、それを嫌だと公言できるほどルルーシュも精神的に大人ではない。これまでそういうキャラではなかったし、まだまだ恰好をつけたい年頃なのだ。
 それに、例えばこれがC.C.との永遠の別れに      しかもシャルルに奪われそうな状況だとしたら、蜃気楼で単身乗り込んでいって拡散構造相転移砲のひとつでも撃ち込んで、「コイツは俺 のだッ!」くらい叫んだかもしれないが、今回の相手はミレイで、しかも3日後にはC.C.を取り戻せるのである。そう考えれば急に馬鹿馬鹿しくなったルルーシュは、多少の未練を覚えながらも身を引いた。

「ん」
「あ」
「えっ」
「まぁ・・」
「ウソッ」
「あらやだ、このゲーム、セラの勝ちねぇ」

 よほど結果が意外だったのか、上がったのは驚きを含んだ声ばかり。
 「さすがにみんなの前じゃ気まずいよなー」というリヴァルのフォローによって、『意外とチキンなやつ』評価を受けていたことにルルーシュは初めて気付いたが、別段そういう理由ではなかったため、「そうじゃない」と淡々と否定した。
 傍目には解らない程度に口元を緩ませて勝利の余韻を楽しんでいるC.C.の貌。
 そうだ、ルルーシュはとりあえずこの貌が見られれば満足なのだ。
 ミレイと活動日の具体的な交渉を始めたC.C.の顎をすくい上げて、くちづける。

 瞬間、生徒会室に本日2度目の悲鳴が木霊した。


「では会長、3日後の18時27分15秒にコイツは返してもらいます」


 ルルーシュはそう告げて、自分の席に戻った。
 キリキリ働かないと、もう本当に時間がないのだ。
 3日後、手元に戻ってきたC.C.にどんな報復をしてやろうかと頭の片隅で考えながら、ルルーシュは再びパソコンのファイルを開いた。






『シルヴィアの希求』

あぁ、3日後が楽しみだ


2011/11/16 up
2017/12/ 7 表公開