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リーズの断言 お気に入りの詩集を黙読しているようなテンポで、数式は澱みなく完成していく。 流麗な調べを奏でているのは、黒髪の少年。 もちろん解答集なんて開いてはおらず、正面の卓上には問題集とノート、右手のペンはせっせと働き、手持無沙汰な左手は隣の椅子の背もたれに置かれている。 よく通る低音は、しんと静まり返った生徒会室を満たしていた。 「・・・よって、曲線と直線は(0,0)と(4,4)で交わる。だから、この斜線部分の面積を求めるには・・・」 少年の左隣に掛けた若草色の髪の少女はぴったりと彼に寄り添って、しかし眼は一途に数式を追っている。 人形顔負けのうつくしい少女。 眼以外のパーツがピクリとも動かないところがまた人形っぽさを加速させているのだが、人形ではちょっと考えられない無愛想な表情が、彼女が人であることを主張していた。 「・・・=32/3 。つまりこの問題は接点を求めて、ここで教えた公式を使えば解ける。分かるか?」 「・・・・・、・・なんとなく・・・」 「よし。じゃあ次のは自分で考えてやってみろ」 トントンッと指先で突かれた問題集を少女は唸りながら見つめ、やがてノートにグラフを描き始める。それを無言で見つめていた少年 C.C.が学生として生活する上で必要となる学力は、実は集合無意識から補っているところが多い。 コードを介して集合無意識にアクセスするのだ。それは完全なる不正行為だが、まさか初等部に転入するわけにもいかなかったC.C.のためにルルーシュが考えた最終手段で、特にはじめの二ヶ月は全力で活用せざるを得なかった。 しかし、コードにあまり好意的でないC.C.は、この方法がお気に召さなかったらしい。 不本意全開の貌をしながら彼女がルルーシュに先生役を頼んできたのはいよいよ転入を三日後に控えた夕方のことで、ぬいぐるみをギュッと抱きしめながら消え入りそうな声で頼んでくる姿は 普段のふてぶてしいイメージとは程遠く、思わず抱きしめたくなるくらい可愛かった。 だから不覚にもときめいてしまったわけだが、しかし初めから断る理由などなかったルルーシュは二つ返事で引き受け、暇を作ってはC.C.に勉強を教えているのである。 いつどこで身に付けたのかは不明だが、基礎学力は多少の修正を加えるだけでよかった。 語学と歴史は得意であるようだし、老いを知らない脳は知識の吸収も早く、元来の賢さも相俟って、C.C.の学力はどんどん外見年齢に追いついてきている。ルルーシュと同じ学年にすると云い 張ったC.C.が後々後悔するのではないかとルルーシュは心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。 「・・・・・・ルルーシュ・・」 「 「聞いていたさ。だが分からないものは分からない。接点を求めろなんて簡単に云われても困る」 しかし、短時間での徹底集中補習にC.C.がついていけなくなるのも日常茶飯事で、そのたびにC.C.は不機嫌そうな貌を見せる。 初めのころは単に問題が解けないことへの不安の表れだけかと思っていたのだが、軽くあしらうと本気で拗ねてしまうものだから、これがC.C.の甘え方なのだと、あの保健室の一件のあとにようやくルルーシュは思い至ったのだ。 だから、じっと見つめてくる琥珀の瞳を見つめ返した。 口では突き放したようなことを云いながら、紫紺の瞳は慈しみをもってC.C.を宥める。 程なくして凪いだ彼女が強請るような眼差しを送ってきたのを合図に、ルルーシュは軽く頬を傾けて顔を近づけた。 C.C.も瞼を伏せ、顎を少し上げて、応える。 しっとりと交わした口づけは、極上の甘露にも勝る魅惑に満ちていた。 「・・・・・・ん・・・」 唇を啄みあうだけのキス。 だけど、唇の感触と弾力を一番味わえるキス。 時折瞼を持ち上げて相手の表情を観察して、たまに視線も絡ませて。 そして満足して再び瞼を閉じて、またキスに没頭する。 スザクとニーナは日本を離れた。ミレイはブリタニアへ一時帰国中、シャーリーは水泳部の新人大会の応援、カレンは母親の定期問診の付添いで、今日はもう生徒会室に戻らない。ジノはバス ケ部の助っ人中だ。ナナリーとアーニャは温室で花の世話をしており、ロロはその雑用係として連行されている。 こうなれば生徒会室でもキスくらいならゆっくりと楽しめるわけで、まだ深くも激しくもないうちからうっとりとした貌を見せるC.C.をもっと味わうためにルルーシュが舌を入れようとした、そのとき。 「お~い、おふたりさん。俺のこと忘れてない?」 呆れを含んだ間延び声が聞こえてきて、ルルーシュとC.C.は思わず唇を離してしまった。 テーブルの向かい側で問題集を広げているのは、リヴァルだ。存在をすっかり失念していたのはルルーシュたちの方に非があるし、リヴァルも行動選択に迷ったのだろうが、こういうときはもっと 気を利かせてほしいものである。 ・・・・・さりげなくC.C.の腰を抱き寄せるルルーシュの左腕は、リヴァルの視線を無視して現状を維持しているけれど。 「 「ハイハイ、解ってるって。会長たちには云わないから、んな貌するなよルルーシュくん」 リヴァルはそう云って、降参するかのように両手を軽く上げた。 ルルーシュとC.C.の恋人関係は、最早学園中に知れ渡っている。それだけでも充分ミレイの揶揄のネタになっているというのに、生徒会室でキスしていたことまで知られたらどれだけ弄って遊 ばれるか判ったものではない、と危惧したルルーシュが送った強めの視線を正確に理解したのだ。 時には頼りになる悪友。そんな彼はやがて頬杖をつくと、しみじみとふたりを見遣った。 「というかさぁ、なんでココで勉強してんの? 自分の部屋でもいいじゃん」 なにやっても余計な邪魔入んないしさ、とリヴァルは心の中で付け加える。 すると、なにを思ったのかルルーシュは意味あり気な視線をC.C.へ投げて、「部屋だと誘惑に負けるからな」と肩を竦めた。一方のC.C.は少しムッとしたような表情を浮かべたけれど、目元は微 かに染まっている。あ、ヤバイ展開? などとリヴァルが思っているうちに、ベストカップルとして学園でも有名なふたりは、辛辣なのに甘ったるい言葉の応酬を始めてしまった。 「まったく・・・・大体、なんで毎回俺の部屋なんだ」 「それは・・お前の部屋の方が落ち着くからな」 「・・・だれがベタベタに汚れたシーツを洗濯すると思っている」 「咲世子?」 「・・っ、あんなモノ他人に見せられるかっ!」 「ふふっ。だからお前の部屋なんだろう?」 「・・・・・、・・・だったら少しは時間を考えろ。あれで結構響くからな、ナナリーにも迷惑が・・」 「と云いながら、お前だって最終的には手を出すじゃないか」 「当たり前だ! 夜中にひとりでLサイズは食べ過ぎだろ!」 ここでリヴァルはひどい違和感を覚えた。 もっと艶めいたことを想像していたお年頃の少年は、秘かに首を捻る。 しかしリヴァルの長所は、某天然直球男児のようになんでもすぐに尋ねたりしないところだ。ルルーシュとC.C.を構成する特徴的なものをざっと思い返してみて、答えを見つけた。 なんだピザの話か・・とは、リヴァルの率直な感想である。 他にも、ベッドでピザ食うの許してんのかルルーシュ、とか、響くって洗濯機?あ、配達のバイクか?とか、どうでもいい感想が続く。ついでに、ルルーシュにそういうこと期待する俺が間違ってた んだよな、と納得したリヴァルがひとり頷いている間も、痴話喧嘩は小気味好いテンポで続いていた。 「全額お前のピザ代で消すわけにもいかないだろ。ナナリーとロロは成長期だから、いろいろと出費が・・」 「私だって成長している」 「縦にも横にも変化しないヤツが、よく云う」 「なっ・・、お前の眼は節穴かっ、ルルーシュ!」 いきなり激昂したかと思いきや、C.C.は突如として立ち上がった。 呆気に取られるリヴァルには眼もくれず、鬼気迫るオーラを纏ってルルーシュを見下ろす。 「お前がしつこくするから、少し大きくなったんだぞ!?」 そんな言葉とともに胸を張る動作をされれば、だれだって思わず注目してしまうわけで。 しかし、制服に隠れたままの胸とC.C.の顔とを交互に見遣ったルルーシュは、どういうわけだかフッと含み笑いを零す。その表情がどことなく相手をバカにしたようなものだったものだから、すっ かり気分を害してしまったらしいC.C.は、しかし一変して驚くほど妖艶な笑みを浮かべ、そして云い放った。 「部屋に来い、ルルーシュ。二度とそんな貌ができなくなるくらい拝ませてやる」 途端にツンと顔を背けてスタスタと歩きだしたC.C.は、そのまま顧みることなく生徒会室を出ていく。思わずポカンと口を開けて見送ってしまったリヴァルは、テーブルの向こう側から聞こえてきた笑い声を聞いてハッと我に返った。 見れば、ルルーシュは喉の奥で押し殺したように笑いながら勉強道具を鞄に片付けている。その貌はどこか楽しそうで、あまりリヴァルも見たことがない、優しい貌だった。 「 悪友へチラリと視線を寄越したルルーシュは二人分の鞄を手に、あっさりと生徒会室を後にする。 ひとり残されたリヴァルはいつも通り静かに閉まった扉を呆然と見つめることしかできなくて。 ポロリと零れた言葉は、彼の心境をよく表していると云えた。 「・・・・・・・・・・・・・・マジで?」
『リーズの断言』 仲、良すぎだろう! 2009/ 8/29 up 2017/12/ 6 表公開 |