ウンディーネの懊悩


 最近エコに嵌まっているという生徒会長の提案で、生徒会室の冷房は完全に切られていた。
 その代わりに全開放された窓からは風が吹き込み、生ぬるい空気の中でも生き生きとしたミレイの声が響いている。
 穏やかな放課後。
 新しいイベントについて積極的な意見を求められる、この場。
 ピザが絡まない企画には普段からあまり関心を寄せないC.C.ではあるけれど、しかしこの日ばかりは本気で上の空だった。

         賭けに負けた、と。

 ピザ部を賭けた運命の大勝負の、見事なまでの惨敗っぷりについて悶々と悩んでいたのである。
 ・・・・・、・・・いや、ピザ部ももちろん大切だが、そこまで重要ではない。
 というのも、C.C.の構想した『ピザ部』は生徒会御預・ピザ同好会として一応のところ活動を認められており、普段は生徒会役員の一員として雑用を引き受けなければいけないが、一週間に一日 という約束で調理室を占領し、副部長にピザを焼かせているのである。だから非常に惜しくはあるものの、部への昇格は諦めがつくのだ、まだ。
 それよりも問題なのが、勝負の行方をどうミレイに報告するか、ということだった。
 負けを認めることに抵抗はない。負けは負けなのだし、C.C.が負けたからといって罰ゲームが待っているわけでもない。

 ただ、C.C.が負けたということは、つまりルルーシュに抱かれたということなのだ。
 しかも、C.C.から誘った格好で。

 その事実を自ら堂々と宣言したがる趣味は持ち合わせていないわけで、だからこそC.C.は困り果てていた。
 ルルーシュはC.C.の好きに報告すればいいと云ってくれた。
 ルルーシュにも色々と悩むところがあるのだろう。好きな女に指一本触れられないヘタレだと思われるのも癪だが、待ってましたとばかりにあっさりと誘惑に乗って女を抱いてしまう軽い男だと 思われるのも嫌、とか・・・そんな感じの悩みが。
 だからこそ賭けをしたC.C.本人にすべてを丸投げしてくれやがったわけだが、それこそC.C.が頭を悩ます破目になって。
 たっぷりと怨みを込めながら、C.C.は隣の男を横目でチラリと盗み見た。
 涼しいというか冷めた貌で手元のプリントを眺めているルルーシュ。その、いかにも気だるそうな気配などただのポーズではないかと思ってしまうくらい、あのときのルルーシュは情熱的だった。
 ・・・いや、むしろそちらがルルーシュの本質だろうか。そうでなければ強大な祖国を壊し、世界を変えられるはずがないのだから。

 ときどき妙に子どもっぽくて、それなのに大人びた貌をするようになった男。
 今までは目を逸らすことでやり過ごしてきたけれど、ギアスという抗いようのない摩訶不思議な力によって強制的に植えつけられた偽りの想いでも、飢えを凌ぐための下卑た衝動でもなく、本気 で求められていることを思い知ったから、もう逃げることができなくなってしまった。
 C.C.の方こそ愛しさを自覚していたから、余計に。

 ・・・・・・・・・・・正直なところ、気持ちいいばかりの行為ではなかったけれど。
 それでも肌をなぞる手に、唇に、悦び以外のものを感じなくて。
 頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、薄い唇から獣のような呻き声を零して、『最高に気持ちいい』と無防備に訴えているルルーシュの貌が       ・・・




「こ〜〜ら〜〜ッ、ボーッとしてる子にミレイさんのお仕置きターイムッ!」
「ッッッ、・・!!?」



 最悪なことに、意識が完全に空白状態だった。
 普段なら驚きもしない大声に心臓を跳ね上げたC.C.は、あろうことか、背後から胸を鷲掴みにしてきたミレイの手にまで反応してしまったのである。ビクンッと背を撓らせ、「ゃ・・、あッ」と悩ましい声まで上げて。
 ハッと気付いたときには遅かった。
 瞠目した全員の瞳がC.C.を凝視していて、ロロやリヴァル、シャーリー、カレンに至っては顔を真っ赤に染めている。中にはアーニャのように携帯電話のカメラでミレイのセクハラ現場を撮影し 始める豪胆な者もいるが、年頃の少年少女たちは基本的に気まずそうな雰囲気で顔を逸らし始めた。
 なのに・・・・・



         会長。こいつは俺の彼女ですから、そういうことは今後一切やめて下さい」
「「「「「「「「・・えっ!?」」」」」」」」



 ルルーシュが余計な爆弾を落とした所為で、グサグサ刺さる全員分の視線がUターンしてきた。
 C.C.はその二度目の視線にこそ逃げ出したい衝動に駆られたというのに、一方のルルーシュは気にした様子もなく、C.C.の胸に吸い付いたままのミレイの手をやんわりと外しに掛かっている。
 信じられないくらい満面の笑みを浮かべているが、あれは腹の底で怒りがフツフツと湧き立っているときの笑顔だ。
 ミレイ相手にかなり本気で敵意を漂わせているルルーシュを直視できなくなったC.C.は、そろりと周囲にも視線を配った。

 リヴァルは「やれやれ」とでも云いたげに苦笑し、カレンは不貞腐れたような貌をしていて。
 シャーリーは心なしか顔色が優れない。
 ナナリーはロロの手を取り、 「聞きました? これでC.C.さんは私たちのお義姉さま決定です!」と興奮ぎみにはしゃいでいて、ロロは困惑しつつも否定の言葉を出せずにいるようだ。
 ジノはにこやかに「おめでとう」と祝福の言葉を。
 アーニャは相変わらず記録を残すのに精を出している。

 だが、そんな周囲の反応よりもよほど気になるのがミレイの反応だった。
 賭けの相手に「セラ、・・・まさか・・」と呟かれれば、ルルーシュと身体の関係をもってしまったことがバレたと感じるのは当然のことで。
 しかし急展開すぎるというか順番がアベコベというか、とにかくそのあたりの、当事者のふたりでなければ通じない事情やら水面下の葛藤などミレイは知る由もないわけだから、コトに及んでしまった事実だけをこの場でズバッと公表されそうで、C.C.は本気でうろたえた。
 諸事情など今後も一切話せたものではないから、余計に。
 ミレイの出方によってはしばらくCの世界に引きこもろうかとまで考える。
 ・・・が、C.C.の危惧をよそに、ミレイは「なんだ、そっか・・」と呟いただけで、ルルーシュの抗議に抵抗することなく離れていった。

「・・・、・・ミレイ?」

 ルルーシュという男は方々から恋心を寄せられ過ぎている。
 かくいうミレイもその中のひとりであることはC.C.も察していることなのだが、しかしC.C.が思わずミレイの名を呼んでしまったのは、ミレイの表情と声色に陰りが見えたからではなく、こういう沈黙のあとには必ず嵐がくると、経験上知ってしまったからだ。
 案の定、パッと顔を上げたミレイは、「次のイベントは『キューピットの日』に決めたわ」と高らかに云い放った。
 一同、唖然である。

「ちょっ、・・・なんですかソレ」
「・・・・・キューピットって・・」
「いきなり決めないでくださいよ」
「反対意見は認めませ〜ん!       もうっ、と、に、か、く、詳細は明日まとめ発表するから、すぐに準備始められるようにしておくこと!」

 パンッと小気味よい音を立てて手を叩いたミレイは解散宣言をするが早いか、シャーリーとカレンを指名すると、さっさと生徒会室を出ていった。そして、相変わらずワンマンな生徒会長の後を追って女子二人が退室したところで、生徒会室は奇妙な緊張感から解放される。

 その理由も意味も正しく理解していなかったのは、女心に疎いルルーシュだけだろうか。

 ナナリーとロロに帰るぞと促して、逆にナナリーから質問攻めにあっているルルーシュを眺めながら、C.C.は派手に荒れるであろうイベントに思いを馳せて、かつてないほど大きな溜息を零した。






『ウンディーネの懊悩』

衝撃のカレカノ宣言編(笑)


2010/ 7/ 8 up
2017/12/ 5 表公開