もしもその手を取ったのが 豪快だな、とスザクは思った。 ベッドの上の華奢な少女は儚ささえ感じさせる極上の美少女なのに、百年の恋も冷めるような大あくびを披露してくれたのである。 お手伝いさん、同級生、世話になった女性、同僚、学友、そして護りたかった大切なひと だからこそ、変わってるなぁ、と思う。 そんな子を傍に置きたがるルルーシュの趣味を。 当のルルーシュは現在外出中だ。 安息の地、バグダード。 いまや世界を割るブリタニアと超合集国のどちらにも属さないこの地は、両大国と馬が合わなかった者たちに残された最後の安住の地である。姿を変えた黄昏の間にてブリタニア皇帝シャルルを葬った後、身の置き場に困ったスザクたちもまた、ルルーシュの提案によりこの地に逃げ込んだ。 「・・・・・」 スザクは改めて少女を見つめた。 ルルーシュに呼ばれて部屋を訪ねれば、情報収集に出てくるからと留守番を頼まれた。この部屋にはルルーシュと同室のC.C.が居て、つまりは彼女のボディガードを任されたのだ。不老不死 だという少女に果たして警護役が必要なのか甚だ疑問ではあるけれど、今や絶対遵守のギアスを意のままに操れるルルーシュにだってボディガードは要らないのだろう。それに、親友でありなが ら仇敵でもある男に同行するよりも非力な少女と留守番している方が精神衛生上ずっと良い。 かくしてスザクはこの場に残った。 別に、C.C.と会話をしたいと思っていたわけではない。 ただ、ルルーシュとずっと行動を共にしていたという点においては気になる存在だった。 大あくびを隠しもしない無頓着な面がある一方、他人には軽々しく曝したくない話をするときは自然と席を外してくれるような、非常に思慮深い面もある少女なのだ。ルルーシュが邪険に扱う素振 りを見せながらも決して遠ざけたりしないのは、そんなところを気に入っているからなのかもしれない。 (出会ったのは一緒なのにな・・) それまでブリタニアに拘束されていたC.C.がカプセルから出現するところをルルーシュとふたりで目撃したのだから、初見は同時で間違いないはずだ。しかしその後スザクは撃たれて気を失 い、ルルーシュはC.C.を連れて逃げた。そこが運命の分岐点だったのだろうか。 (もしもあのとき、何かが違っていたら・・) ルルーシュがギアスを手に入れなければ。 ゼロが生まれなければ。 日本人が感化されなければ。 テロ活動が激化しなければ。 (ユフィ・・・僕はどうすればいい?) 前へ進むため、スザクはユーフェミアを過去にできなかった。だから神根島で対峙したときルルーシュの発言に怒りを抑えることができなかったのだが、ルルーシュもまたユーフェミアの死に ショックを受け、過ちを過去にしなければ前へ進めなかったのだと、今回話をして初めて知った。 知ったからといって、ルルーシュの犯した罪が消えてなくなるわけではない。ユーフェミアが生き返るわけでもない。しかし、知る前と後とではスザクの中で何かが確実に違っている。それだけは確かだった。 許せないのではなく、許したくないだけ。そう云ったシャーリーの気持ちが今なら少しだけ解る。 そもそも、スザクとて職業軍人という免罪符を掲げ、敵対する者の生命をどれだけ刈ってきたことか。所詮は人殺しであるスザクに、ルルーシュを糾弾する資格などないのかもしれない。 しかしルルーシュはそれを受けようとしている。 生きる理由であったナナリーを喪い、憎きシャルルを葬った彼は、己が始めた事すべての責任を取るべく次の行動に出るのだという。その具体案は今回の外出で収集した世界情勢を精査してから話すらしいが、ルルーシュのことだから大まかな筋道は確定済みに違いない。そんな、なんでも ひとりで決めて周囲を顧みない身勝手なところが昔から気に食わなくて、どれだけ修正を余儀なく されても諦めずに目的を達成してしまうところはとても羨ましかった。 「C.C.」 ルルーシュが提示する計画の内容にもよるが、スザクは今度こそルルーシュの真の協力者になるだろう。そのとき恐らく行動を共にするであろう少女に、スザクは訊いておきたかった。 「きみは、これからどうするんだい?」 似たようなことは黄昏の間でルルーシュも訊いていたが、それでもスザクは確認したかった。ルルーシュが居ないからこそ云える本音もあるだろう。 C.C.は大きな眼をパチパチと瞬かせてスザクを見つめた。そんな表情をすると存外幼く見える。 これは確かに可愛いなとスザクが感心していると、いつもの憂い顔に戻ったC.C.は、しかし口元にごく小さな笑みを浮かべてスザクから視線を外した。 「最後まで傍に居るよ。もう、私しか・・」 その視線の先に、今はいない男の姿が見えるようだった。 完全に熟したルルーシュのギアス。それに影響を受けることも、疑心暗鬼になることもなく傍に居られるのは、もはやコードを有するC.C.しかいない。実のところ、一度ギアスを掛けられたスザクでさえ怖ろしく思うのだ。力を増した絶対遵守のギアスが1回きりの力だと、断言できる根拠がないのだから。 唇を固く結んだスザクに気付いたのか、琥珀色の瞳が再びスザクを捉える。 感情が読めない瞳。口元の笑みもすでになく、一見すると無表情の人形のように見える少女。 「私はアイツの共犯者だからな」 ふたりが云う『共犯者』が一体どんな関係なのか、正確なところはスザクにも解らない。ただ、浅くて脆いような印象を受ける『共犯者』という言葉が、しかしルルーシュとC.C.に限り特別な意味を持っていることだけは解る。 C.C.の言葉通り、ルルーシュがこれからどんな計画を立ててもC.C.は最後まで傍に居るのだろう。最後までルルーシュの傍に居て、ルルーシュを支え、見守り続けるのだろう。 (・・・だったら、僕は・・) C.C.と同じことはできないし、しても意味がないし、そもそもしたいとは思わない。 相手は大切な親友だが、禍根が払拭しきれていない仇であり、そして同じ男だ。そんな献身的な妻のような存在にはなりたくないし、ルルーシュだってスザクにそんな役割を望まないだろう。 ならば、道はひとつである。 「それがきみの役割なら、僕は ルルーシュの障害となるモノを薙ぎ払う剣として。そして、ルルーシュが往く先を違えたときに容赦なく糾弾する剣として。 スザクは、常人を超えた能力のすべてを出し切ろうと、今このとき決意した。 「 「スザクでいいよ。よろしく、C.C.」 云って、手を差し出す。 握手を求められると思っていなかったらしいC.C.はスザクの手をじっと見つめ、それでも少し軟化した表情で手を握り返してくれた。 見た目通りのやわらかい手。やさしい握力。それはどうしようもなく女の子の手で、『共犯者』と謳いながら今までこの手に癒されてきたであろうルルーシュを、スザクは少しだけ恨めしく思った。 「スザク」 ユーフェミアとはまた違った響きで名前を呼ぶソプラノに顔を上げると、分厚い本を抱えたC.C.が向かってくるところだった。C.C.と本の組み合わせがめずらしくて率直に尋ねれば、調整を進め ているC.C.専用機の取扱説明書だという。ナイトメアフレームの操縦経験はあるものの、やはり黒の騎士団時代に使用していたガウェインや暁とは仕様が大幅に異なるためか、シミュレーターであまり結果が出ないらしい。 それでも取扱説明書を読み込むところまで戻って結果を出そうとするのは、少しでもルルーシュの力になるためなのだろう。C.C.のこういうところは健気で可愛いなあとスザクが感心していると、背後から一発で不機嫌と解る声が届いた。 「 今度は何だろう、と顔を向ければ、C.C.が来るまで普通に会話をしていたはずのルルーシュが厳しい顔つきでC.C.を見ていた。 あれ、と思ってスザクは記憶を探る。バグダードでC.C.と握手を交わしてから今に至るまで、そういえばC.C.から名前で呼ばれたことはなかったのだったか。 初の快挙に嬉しくなり、「特訓するなら付き合うよ」と伝えようとC.C.の方へ一歩踏み出したスザクの肩を、しかしルルーシュが掴んで引き戻した。 「C.C. 「はあ? ・・・覚えてないな、そんなこと」 「呼称を変える程の何かがあったはずだろうが」 「だから 「・・・・」 これは確実に長くなるパターンである。しかも、周りが全然見えていない。 ふたりだけの世界を見せつけられるのも癪だけれど、そのうちスザクにも飛び火してきそうな話題であったから、面倒なことになる前にいっそのこと切り込むことにする。ランスロットでいつも戦況をひっくり返してきたように、場の流れを断ち切る一方的な介入は得意だ。 「あのさ! 痴話喧嘩はふたりだけのときにしてくれるかな」 「「!!」」 あまりに驚いた貌でふたりが振り返るものだから、多少は胸がすく心地を味わったスザクは、すかさず話題を変える。 「それで、C.C.は何の用だったんだい?」 「・・ロイドが呼んでいる。新型ユニットのテストをしたいそうだ」 「わかった。ルルーシュ、さっきの件はまた後で」 強い語調で云い切ってしまえばルルーシュも強くは出ない。絶対遵守のギアスを使えばブリタニア皇宮を押さえることはできるだろうが、新規開発中のランスロットがそれ以降の戦局を左右する重要なファクターのひとつであることを、ルルーシュは重々承知しているからだ。 何か云われる前にさっさとその場を後にする。 距離をとってからスザクが振り返ると、『共犯者』だというふたりはまだ何やら云い合っていて、その仲の良さが伺えた。 男女の好意があるクセに、なまじそれだけではないからこそあと一歩が踏み出せない『共犯者』たち。もしも最初の邂逅でC.C.の手を取ったのが自分だったなら、と詮無いことを考えたりもした けれど、妹しか見えていなかった重度のシスコン馬鹿ルルーシュが一丁前に悋気を見せるようになったのだから、やはりあのときC.C.の手を取ったのがルルーシュでよかったと、スザクは心の底からそう思った。
2017/11/16 up |