透明な夏


 子どもたちの笑い声が響いている。


 ユーロピアの山間部とはいえ、夏ともなれば日中は暑いものだ。
 避暑に、もしくはさらなる太陽を求めて人々はバカンスを楽しむわけだが、人目を避ける生活を選んだルルーシュにはそれができない。ゼロ・レクイエムの時にメディアに露出しなかったC.C.は 1ヶ月程度であれば特に問題なく旅先に滞在できるものの、ここでのスローライフが性に合っているらしく、どこかへ出掛けたいとは別段思っていないようである。
 それぞれが選択した結果、ここに留まっているのだから、それはいい。
 ただ、かわいそうなのは両親の事情に付き合わされる子どもたちだ。
 去年こそ海を見に行ったものの、ほんの2日のお出掛けだった。今年はどこかに行く予定すらない。それに文句を云うほど年齢的に大きくもなければ、欲深くもない子どもたち。それでも暑さに負 け、お世辞にもご機嫌とは云えない状態のふたりを眺めていると、どうにかしてやりたくなる。
 では、幼い頃、暑い暑い夏の日を自分はどう過ごしていたか。
 そう思い返してみれば、インドア派のルルーシュは冷房の効いた室内に籠っていたという結論に至った。いまさら過去を変えることはできないが、中々にショックな結末である。
 いやいや、しかし足に怪我を負う以前のナナリーはひどくお転婆であったから、アリエスの庭に引っ張り出されたこともあったし、マリアンヌやユーフェミアを巻き込んで湖畔まで出掛けた記憶も ある。アッシュフォードへ移ってからはクラブ活動時間外にナナリーを室内プールに連れて行ったことや、テーマパークの屋外プールへ連れて行ったことだってある。

(そうか・・・プールか)

 突如として光明を見出したような気分だった。
 そのときからルルーシュの中で壮大な計画が始まったのである。





「ほら、入れるぞ」

 ザアアッ、と、ある程度纏まった質量が水の塊に落ちる。衝撃で跳ねた水飛沫が光を返してキラキラと輝く。それにも増して賑やかな、子どもたちの歓声。
 木桶いっぱいに張られた井戸水に手を突っ込み、涼をすくい上げるふたりを見て、ルルーシュは息をひとつ吐き出した。


 当初、ルルーシュは畑の隣にプールを造ろうとした。
 地面を掘り、中をビニルシートで覆い、そこに水を満たす。        完璧である。
 派手なアトラクションは無理だが、プールすら知らない子どもたちは水を溜めるだけでも喜ぶだろう。近くの泉へ行っても中で遊ばせたことはないから、殊更に。
 大きなビニルシートはないから、街まで下りて調達してこなければならない。その旨をC.C.に伝え、しばし家を空けると伝えたところで一刀両断された。
 曰く、「お前、相変わらず頭でっかちだな」と。

「水遊びなら桶で充分だ」

 C.C.がギアスを手に入れたばかりの頃というのは、庶民の家に風呂などなく、公衆浴場を利用していた時代である。しかも貴族の館ですら風呂場というものは存在せず、居間や台所の隅に置い た木桶で湯浴みしていたのだ。
 泥と垢に塗れた少女の身体を清めてくれた裕福な家の女性もまた貴族の館と同様、木桶を使っていた。そういった実体験があるからだろう。C.C.が思い付いたプールの代替は、洗濯に使う桶だったのである。


 斯くして、ルルーシュの壮大な計画は頓挫した。
 ・・・が、冷たい井戸水を湛えた即席洗濯桶プールは子どもたちに大ウケした。
 さすがにふたりで浸かる大きさはないから、桶を挟んで両側に屈み、水を掛け合うのみ。しかも赤子は両手で水を掬ってもすぐに手が離れてしまい、水がほとんど幼子まで届かないのである。 それでも当人たちは楽しそうに戯れていて、バケツを片手にその場で眺めていたルルーシュは、おもむろに踵を返して木陰へ向かった。
 茂る枝葉に守られるその場所には、C.C.が優雅に座っている。バケツを置き、隣に腰を下ろしても声は掛からない。小気味良い言葉の応酬も慣れたものだが、沈黙すら心地良く感じる程には時 間を共有しているし、心を寄せている。ふたり並んで子どもたちが遊ぶ様子をしみじみと眺めるのもいいものだ。
 子どもたちの笑い声が少し遠い。
 首筋に浮く汗を拭うと、乾いた風がそよりと駆けた。



        たとえば。
 子どもたちふたりに王の力を与えたとして、ギアスは発動するのだろうか、と。ルルーシュは考えることがある。
 ヒトというものは欲深い生き物だ。より上にいる他者と比較しては不満を抱き、場合によっては感情を荒げる。今は幼いが故に素直な子どもたちも、成長するにつれて自我が確立し、ままならな い現実に苛立ちを覚える日が来るかもしれない。
 かつてのルルーシュがそうであったように。
 もちろんふたりに王の力を与えるつもりは一切ない。それはC.C.も同じか、もしくは腹を痛めて産んだ分だけ想いは強いだろう。
 それでも、この世界にはさまざまな思惑が渦巻いていて、いつ何が起こるかわからないのだ。今は制御できているコードだって、ギアスのように暴走する可能性がないわけではない。行政特区 ニッポンの記念式典会場でスザクと接触したC.C.がコードの過剰反応に一瞬意識が飛んだ、という話をずいぶんと後になってから聞いた。ヒトの軛を外れたコード保有者も所詮はこの惑星を上手 く成り立たせるための一因子に過ぎず、巨大な生命体であるこの惑星から逸脱した行動をとれば修正の圧力が掛かることは必須なのだ。
 だから       ・・・



「楽しそうだな・・」


 ふと零れた呟きに隣を見遣ると、眼をやさしく細めた女が子どもたちを見守っていた。
 ルルーシュが求めた、やさしい世界の体現者。やすらぎを与えてくれる存在。隔離された生活に寄り添う運命共同体。そのC.C.の眼差しに誘われて陽向に眼を向けると、何も知らない無垢な子どもたちが笑っている。

        ッ、・・」


 ギアスとは願いの力だと、過去のルルーシュは云った。心の奥底に眠る、しかし強い想いを叶えるための力なのだと。
 今もその考えは変わっていない。
         だから。
 穏やかな生活に育まれた子どもたちがやさしい世界を望んでくれるのなら、たとえ王の力を植え付けられたとしてもギアスが発動しない、なんて未来があるかもしれないとルルーシュは信じたくなった。






『透明な夏』


2015/ 9/14 up