静かな祝福




 薄暗い中でどれだけ目を酷使しても視力が落ちない         この点に関してだけは、不変を貫く身体でよかったと ルルーシュは心の底から思っていた。
 夜の供は細いロウソク一本だけである。近辺に民家すらない山奥では電気が通っていないどころか灯油も入手・運搬が困難で、ランタンは使い物にならずに すっかりインテリアと化しているのだ。
 だから、ロウソクを燈している。
 人生の大半を蛍光灯の下で過ごしていたルルーシュにとって当初は薄暗く感じられたそれも、今では絶対に欠かせないものとなっていた。
 人質として日本に送られた直後ですら想像だに出来なかったハイレベルな自給自足生活に対する不満はない。それでもさすがに原始時代のような完全なる自給自足が 不可能であるのと同様に、ルルーシュにも捨て切れなかったものがあるのだ。そのひとつが夜を有意義に過ごすための灯りであり、書物であり、 その時間を管理するための時計であった。




 規則正しく振子が揺れる機械式の手巻き時計は黙々と時を刻んでいる。
 時刻はあと少しで午前零時を回ろうとしているが、ルルーシュの眼は熱心に文字を追っていた。
 まだ一年と経っていないというのに、気の早い政治研究家たちは挙ってゼロレクイエムについて議論を交わしている。ただ、ゼロレクイエムの良し悪しではなく 世界へ与えた影響について論じているものが多いその雑誌は、ルルーシュが造った世界で今も生きる人間が書いたものであるがゆえに有意だった。
 自らの行動を、そしてその結果を、客観的かつ多面的に捉えることができる。         つまるところ、ルルーシュにとってそれが一番重要なのだ。 だから比較的大きな町に買い出しに出たついでに、思わず雑誌を購入してしまった。その際、C.C.は「ピザ代にした方が有意義だ」 などと呟いていたのだが。
 そのC.C.は今、ルルーシュの隣で眠りについている。
 ルルーシュがいるのはベッドの上で、枕を背もたれ代わりに、布団を膝掛け代わりにしているのだ。冬は寒いし、特に夜は冷える。だからそれは暖かさを求めた自衛策であり、 最近はもっぱらベッドで読書に勤しむことが多かった。
 ぱらり、とページを捲る音が室内に大きく響く。それくらい静かな、夜。
 しかし・・・・・


      ん・・ぅ」


 それまでずっと凪いでいたロウソクの焔が前触れもなく揺らめいたのと同時に、眠っているとばかり思っていたC.C.がむくりと身を起こしたので、ルルーシュは驚いた。
 次いで、バツが悪い思いをする。
 起こしてしまったかもしれないことと、ロウソクを浪費している場面を押さえられたこと。ロウソクは外部で調達しているため、特に後者については気まずさを覚えた。
 しかし、当のC.C.はそんなことを気にした様子もなく、眠たそうに目を擦っている。その幼いしぐさの意外性に興味をひかれるものの、夜中にいきなり起きだして、しかも すぐに寝る気配がないC.C.を訝しく思ったルルーシュは「どうした?」 と声を掛けた。
 C.C.は相変わらず薄いシャツ一枚で寝ていて、布団から抜け出たままの状態では寒そうに見える。「ん・・」 と、返事にならない返事を返すだけのC.C.に軽く溜息を吐きながらも、 ルルーシュは肩に掛けていたブランケットをC.C.に掛けてやろうと腕を伸ばしかけて、しかしC.C.自身に遮られた。
 きゅっと眉根を寄せるルルーシュ。
 まだ眠たそうなC.C.。
 しばしの空白のあと、先に言葉を発したのはC.C.の方だった。


           誕生日おめでとう、と。


 感情を読ませない、透明な貌で告げる。
 それに対し、ルルーシュはめずらしくポカンと呆けた表情を晒した。脳内ではカレンダーを思い起こし、眼では時計の針を追う。そして漸く気が付いた。 今日は“己が生まれた日”であることに。
 だが、正直なところルルーシュは反応に困った。送ってきた人生が人生なだけに手放しで肯定できるほど生に歓びを感じているわけでもないし、 不老不死の身体になった時点で『歳を重ねる』 という概念が薄れてしまったからだ。そもそも、C.C.がルルーシュの誕生日を知っていて、さらに祝いの言葉を述べた こと自体が意外だった。
 だからルルーシュは無言のまま、C.C.を見つめ返すことしかできない。
 そんな彼の鈍い反応を楽しんだのだろう。C.C.は唇に緩く弧を描きながら、もう一度「おめでとう」 と繰り返した。ルルーシュの肩に白い手を置いて、 頬に口づけを贈る。


「っ、・・・おい・・」
「今のはナナリーからだ」


 これはスザクから・・と断りを入れて、C.C.はもう一方の頬に唇を押し付けた。カレンや神楽耶、個々の名は挙がらなかったが生徒会メンバーからの祝福も頬に落ちる。
 ロロは瞼、ジェレミアや咲世子は手の甲だ。
 順を追ってキスをされるたびにルルーシュは擽ったそうな貌をしていたのだが、シャルルとマリアンヌから・・とC.C.が額にキスをしたときには盛大に顔を歪めた。


「・・・ありえないだろ・・」
「ふふ、愛されていたと知っているくせに」
「・・・・・」


 それはルルーシュが求めた愛のかたちを成していなかったけれど。
 それでも確かに愛はあったのだと、時間が経てば経つほどそうC.C.は感じるようになった。憮然とした表情ながらも、C.C.が言外に含めた釈明の余地ごと無言で肯定する ルルーシュも同じように感じているのだろう。


「お前はたくさんの者から愛されているんだよ」


 そう言って、C.C.は笑みを強めた。
 悪逆皇帝として死んだルルーシュの生存を知るのは彼女だけである。だが、ルルーシュを愛し、生を望んだのは彼女だけではない。 きっとブリタニアの新都ではナナリーとスザクが心の中でルルーシュに「おめでとう」 を言っているし、世界でほんの一握りかもしれないが、 ルルーシュの誕生日を祝っている者はいるはずなのだ。そのことをルルーシュ自身に覚えていてほしいと思うことは、きっと我儘ではない。


「・・・だといいんだがな」


 だから、苦味が混じっているものだったけれど、ルルーシュが返した笑みにC.C.は安堵した。
 使命を無事果たして満足したC.C.は、都合がよいからと乗り上げていたルルーシュの腿の上から退こうとする。しかし、ルルーシュがそれを許さなかった。
 C.C.の腰に回した手を組んで、一定以上離れられないようにしたのだ。


      で、お前からは?」
「は?」
「お前は祝ってくれないのか、と訊いている」


 先ほどまでの笑みは何処へ行ってしまったのか、再び憮然とした表情に戻ってしまったルルーシュを目の前にして、C.C.はぱちくりと瞬きを繰り返す。だがすぐに ルルーシュの遠まわしな自己主張に気が付いて、呆れたように溜息をひとつだけ吐いた。


「まったく・・・・・おめでとうと言ったぞ、私は」


       キスの始まりはナナリーからだったので、C.C.からはまだもらっていない。
       つまり、キスをよこせ、と。


 C.C.の呟きに反応を返さず、ルルーシュはただじっと彼女を見つめている。
 揶揄っているのとも、C.C.の反応を探って楽しんでいるのとも違う、真摯な瞳。それを正面から受けたC.C.は、逡巡のあとにゆっくりとルルーシュの頬を 両手で包み込んだ。
 やわらかく触れ合う、唇と唇。
 そこから伝えるのは祝福と、心の底から湧いてくる歓びで。




「・・・お前が今、ここにいてくれて嬉しいよ、ルルーシュ」




 C.C.が言葉にして伝えた歓びの在り処に、ルルーシュは今度こそ満足そうな笑みを返した。












『静かな祝福』


たぶん『永劫〜』設定。
一日遅れですが・・・お誕生日おめでとう、ルルーシュ!




2008/12/ 6 up