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   妃春


 雪が降り積もる夜は殊更静かである。
 人里離れた山小屋からは新年を祝う花火など見えなければ教会の鐘の音も聞こえず、騒いだり、逆に耳を澄ませる隣人もいない。
 幾度目かの、ふたりきりの年越し。
 常であればすでに就寝している時間であるが、今日ばかりは特別である。
 蝋燭の火を絶やさず、炉に薪を焼べ続けて暖を取る。C.C.はルルーシュの肩を借りて転寝し、覚醒しては他愛のない会話に興じ、を繰り返してそのときを待った。年が明ける瞬間に起きている 必要はない。用事もない。ただ、例年に倣っているだけだ。
 夢と現のちょうど狭間の、ふわふわと心地いい感覚にC.C.が身を委ねていると、声が掛かった。

「起きろ、C.C.」

 眼を開けると隣にルルーシュの姿はなく、キッチンからティーセット一式を運んでいるところだった。
 茶器を扱う音。白磁に映える紅。ふわりと立ち昇る上品な香りと暖かな湯気。ソーサーもなければティーカップですらないけれど、手渡されたカップを両手で包み込めば掌に伝わる熱が嬉しい。 一口含むといつもの味がして、ほぅ、と溜息が零れた。

「少しは目が覚めたか?」
「ん・・」

 もう一口、二口、と紅茶が胃に落ちていくたびに身体が内側から温まり、次第に目が冴えてくる。カップを両手に収めたまま時計を確認すると、日を跨ぐまで残すところ2分を切っていた。
 昨年も同じタイミングでルルーシュが紅茶を淹れ、温まったところで年を越した。あのときの幸福は変わらず手の中にある。

「早いものだな」

 空になったカップを取り上げられたC.C.は、手持ち無沙汰になった両手を身体ごと傍らの男に密着させた。
 抱き返してくれる腕が力強い。
 コチコチと音を立てて時を刻む時計は、しかしそれ以上の機能はない。どちらともなく身体を離して時計を見遣れば、すでに日付は変わっていた。
 顔を見合わせ、苦笑いをひとつ。


「今年もよろしく」
「ああ、よろしく頼む」


 どうか、穏やかな年であるように。そんな願いを込めて交わす挨拶は最早験担ぎだ。今年も無事に迎えることができた安堵に苦笑いが緩んで笑みに変わった。



 恒例行事が終われば後は就寝するだけである。ティーセットを片付けるルルーシュを待たずにベッドに潜り込んだC.C.はその身を震わせた。
 火の気のない寝室は寒い。そこに置かれたベッドも当然冷たい。普段はルルーシュで暖を取るのだが、まだルルーシュは来ない。早く来い早く来い、などと獲物を待つ狩人よろしく念じながら、 身体は次第に縮こまっていく。足を曲げ、背を丸め、頭まですっぽりと布団に潜り込む、その姿はまるで      ・・

「ネコか、お前は」

 掛け布団を捲る気配とともに呆れたような声がして、C,C,はいそいそと熱源に擦り寄った。
 皮肉に反論はしない。「もっと奥に詰めろ」と注文されても聞かない。必要ない。

「ルルーシュ、新年最初のお願いだ」

 寝巻のシャツに縋り、さらに脚を絡めながら、おねだり。


「寒い。        なんとかしてくれ」


 深夜のべッドでそんなことを云われた男が女に熱を与える方法など、ひとつしかないのだろう。
 案の定圧し掛かってきた男が這わせる熱い手に、呼吸を奪う唇に、次第に高められ乱されていく。それでもいつもより性急で荒々しい進め方からルルーシュも興奮して余裕がないことを察した C.C.は、くふ、と鼻に掛かった甘い声を漏らした。

 こんな年明けも、悪くはないものだ。






『妃春』


2015/ 1/13 up