ギアス教会下にある嚮団施設の通路は狭い。当時では考えられない科学力をもって建造されたであろう施設だが、鉄骨もコンクリートもない時代だ、壁面の補強程度で上に立つ聖堂を支えなけ ればならないことを考えれば、むしろ通路の狭さは当然のことである。
 その狭い通路を、C.C.はルルーシュの後ろ手に導かれながら進んでいた。
 頼りになるのはルルーシュが持つランプのみ。地上へ出るだけだからと、動力炉には寄らなかった結果がこれだった。
 左手はルルーシュと繋ぎ、右手は壁に這わせて薄暗い通路を進む。その、日常にはない状況と思考がリンクしたのか、くだらないことが脳裏を過ぎった。


「ルルーシュ」

 呼びかけて、そっと指を解く。
 ルルーシュにしてみれば唐突で不可解なだけの行動だったのだろう。当然のごとく振り返りかけた男を、しかしC.C.はやんわりと制止した。

「そのままだ、ルルーシュ」


 意図は別段ない。
 あるとすれば、興味くらいか。


「付いて行くから、先に行け。絶対に振り返るな」

 云って、背を押す。思うことはあっただろうが、それでも何も聞かずに歩き出した男のうしろを、C.C.は宣言通り追い始めた。



 ふるい      C.C.が人として生まれるずっと以前から語り継がれてきた、それは物語だ。
 むかし、一組の夫婦がいた。とても仲睦まじいふたりであったが、妻は夫を残して死んでしまった。愛する人を失った男は耐え切れなくなり、彼女を取り戻すために死後の世界へ赴く。しかし彼はそこで見てしまうのだ。決して見てはいけないと云われた、妻の姿を。
 結果として男は妻を取り戻すことはできなかった。



 見るなのタブー。
 してはいけないと云われると却ってやりたくなる、という心理的欲求の一例だ。例の物語を読み解くときに必ず出でくるキーワードでもある。
 しかし、そればかりではないだろうに、とC.C.は思う。
 制止されたことで好奇心が刺激されたから振り返ったのではなく、愛していればこそ、本当にそこにいるのか確かめたいという衝動に駆られた結果ではないのか、と。

 しかしC.C.には、同じ状況を作り出してどうこうしたい、という意図はなかった。
 もしルルーシュが振り返ったからといって離縁するつもりはないし、振り返らなかったからといって愛されていないなどと悲観するつもりもない。理性を優先できる男であってほしいと思うと同時 に、そればかりではつまらないとも思う。
 だからこれはC.C.なりの遊びなのだ。ルルーシュの反応を楽しむ遊び。喧嘩の趣向返し的要素も多少含まれていたりする。
 さあ、どうする。どうする。
 C.C.はなかばワクワクしながらルルーシュを眼で追う。
 間違って踏み外したりしないよう、急な階段を一段一段慎重に上って。

 そして、ルルーシュが振り返る姿を見ることはなかった。



 礼拝堂の中は暗かった。
 天井が半分抜け落ちた空間から覗く空は闇色で、夜であること以外はいまいち把握しきれない。そのことに戸惑いつつもC.C.がスカートの汚れを掃っていると名前を呼ばれた。

「もう、いいか」

 見ればルルーシュはいまだ律儀に背を向けたままである。楽しくもない神話ごっこを続ける理由は微塵もないので「いいぞ」と答えると、ようやくルルーシュは振り返った。
 その、表情。
 怒っているような、安堵しているような、呆れているような、苦虫を噛み潰したような、複雑に複雑を重ねた、それ。あまり見ない貌を前にC.C.がただ目を瞬いていると、ルルーシュが再び唇を開いた。

「気は済んだか」
「・・え?」
「ニッポンの神話かギリシア神話か判らないが、お前が望んだ結果は得られたのかと訊いている」
「っ、知って、・・・」

 そう云いはしたものの、ルルーシュの方が教育・教養ともに高いことは疑いようもない。そうか、知っていたのか、とC.C.は納得した。
 疑り深いルルーシュのことだ、元ネタを知っていたなら轍を踏むような真似をするはずがない。ならば振り返らなくて当然である。
 けれど、得心と同時に残念にも思った。予備知識ありきの判断ではなく、できれば素のルルーシュに触れたかったと思うのだ。こればかりは今更どうすることもできないけれど。
 意味はなかった。その一言が云えずに曖昧な態度で濁していると、不意にルルーシュの手が伸びてきた。目的地は頬だったらしく、冷えた指先の感触が左頬を滑っていく。耳のうしろを撫でら れ、擽ったさに身を震わせたところでルルーシュが一歩分だけ距離を縮めた。


「選べなかった」


 それは懺悔か、それとも感情の吐露か。そんな声色だった。

「神話をなぞってお前がいなくなると考えたら、俺にはできなかった」

 火が灯ったようだった。まるで蝋燭を点けたように、胸がじわりとあたたかくなる。代わりに息が苦しくなった。ゆっくり吐き出すそれが細かく震える。
 C.C.からも距離を詰め、両手を伸ばした。

「正解なんて、ない」

 触れた頬の表面は外気に晒されて冷たかったが、包み込むとC.C.の手をあたためてくれる。


「お前が選んでくれたんだろう?」


 正しいと信じる方を。
        これからもC.C.と共に在れると思う道を。
 ならばC.C.にとってこれ以上の幸福はない。蔑ろにしたかったわけではないと、つい先刻云われた言葉も今ならもっと素直に受け入れられる。
 はやり感極まった小娘のように振舞うことはできず、ルルーシュの胸に飛び込むことはなかったけれど、じわじわと頬が緩んでいくのを止めることができない。
 いま掌に感じるあたたかさが嬉しいと、C.C.は心からそう思った。






2014/11/16 up