遅効性の毒


 それは、そろそろ休もうかとベッドに入った直後のことだった。
 ふと脳裏を掠めた顔。それは久しく見ていない顔で、なぜ今になって唐突に思い出したのかC.C.にも解らない。ただ、富士決戦時にナイトメアフレームで激突した、喧嘩別れのような最後がずっと心残りだったことは確かだ。


「カレンは今頃なにをしているんだろうな・・」


 C.C.にいつも怒った顔を向けていた赤毛の少女。
 ハングリー精神旺盛な彼女のことだから、元気にやっていることは判りきっているけれど。
 独り言には大きすぎた呟きは隣の男にも届いたらしい。別段慌てた様子もない、落ち着いた低音が返ってきた。

「気になるのか?」

 さら、と髪を梳かれる感覚が心地良い。「ン・・」と鼻に掛かった声が漏れて、それが肯定に聞こえたのだろう、「気になるなら会いに行けばいいだろう」と呆気なく云われてしまった。

「俺と違って、お前は死んだことになっていない」
「・・・・・、そうだな」

 ルルーシュの言に誤りはない。往き道の問題はともかく、ゼロ・レクイエムの真意に気付いているカレンにならば会いに行っても差障りはないだろう。現にナナリーのところには何度か出向いて いるし、ルルーシュも行っていいと肯定してくれている。
 しかしC.C.の気分は乗らなかった。
 ナナリーやスザクに感じる後ろめたさとは質の異なる罪悪感。       それはたぶん、カレンがルルーシュを想っていたことを知っているからこそ感じるのだ。
 状況的にカレンがルルーシュと生きる道を選択する余地はなく、ずっと共に在ったC.C.がルルーシュと結ばれてしまった。もちろんそんな単純な話ではないのだけれど、結果だけを見るとカレン からそう思われても致し方ないと思う。

「・・・・」

 もちろん、らしくない感傷だとC.C.は自覚している。
 何も知らされていないカレンはルルーシュがゼロ・レクイエムで死んだと信じているはずで、すべてはC.C.の杞憂に過ぎない。素知らぬ貌で押しかけて、適当に揶揄しながら息災を確認すればい いだけのことだ。それこそが正しく『C.C.』らしい行動だというのに。
 それでも気後れしてしまうのは、C.C.にとってカレンは意外と大きな存在だったということか。

「・・・・・いや、よしておくよ」

 C.C.は自嘲の笑みを浮かべた。
 ルルーシュの眼にはふてぶてしく映ればいい。


「向こうで過ごすのが楽しくなって、戻りたくなくなったら困るだろう?」


         それは、ルルーシュが? それともC.C.が?
 口にしてから失言だったことに気付いたC.C.は言葉を失った。
 カレンに会って、他に交流があった者たちにも会って、たとえそれがどれだけ楽しくても、C.C.は必ずルルーシュのもとに帰る。それはルルーシュの居るところがC.C.の居場所だからだ。しかし、 帰って来なくてもいいと、もしもルルーシュに云われたら。
 束縛したくないとか、自由を尊重したいとか、たとえC.C.を想ってのことだとしても、結局は必要とされていないのと同義ではないのか。

「・・・・・・」

 ルルーシュの無言が怖い。答えを聞きたくなくて、C.C.は寝返りを打った。
 逃げ方がわざとらしいことこの上ない。それでもこの場を凌げれば何でもいい。そんなことを考えていた最中に背後から重い溜息が届いたものだがら、C.C.は反射的に身を固くしてしまった。


「云って傷つくなら、初めから云うな」


 しかし突き放すような言葉とは裏腹に、腹に腕が回されて強引に引き寄せられる。
 背に感じるルルーシュの身体。
 腕の力強さに、体温に、眩暈がした。

「・・・執着は嫌だとか、云うなよ」

 そんな前置きが耳に吹き込まれて。


「俺から離れる可能性があるなら、行かせない」


 C.C.は耳を疑った。
 まさかルルーシュがこんなことを云うなんて。
 いや、確かにルルーシュという男は執着心が異常なまでに強い。しかしそれはナナリーやスザクといった特定の人物に対してのみで、その特別の中にC.C.は含まれていなかったはずだ。当初は マオの二の舞を恐れてC.C.の方から干渉を拒絶していた節もあったけれど、時間の経過とともに関係が変わり、最終的には想いを通わせ、そして肌を重ねるようになってからもルルーシュから束 縛の言葉を聞いたことはなかったし、気にも留めていなかった。
 それなのに、どうしてだろう。
 向けられることを肯定できなかった、嫉妬や独占欲よりもさらに強い執着心が、こんなに心地良いなんて。

「C.C.?」
      ッ・・」

 腹に回された腕に手を添え、無言で頷く。
 うなじに押し当てられた唇に、甘えたような声が漏れた。それでどうやら本格的にスイッチが入ってしまったらしい男の妖しい手の動きに呆れもしたけれど、はぐらかしたいが為の行為ではないと信じることができるから。
 後ろめたい気持ちはもうどこにもない。
 C.C.は安堵して、ルルーシュに身を委ねることにした。






『遅効性の毒』


2014/ 5/30 up