5月6日 月が綺麗な夜だった。 照明を落とした部屋の窓から月を眺めていたスザクは、重く息を吐きながら瞑目した。 今日も一日が終わった。非常事態も特になく、すべてが予定通りなのは大変喜ばしいことだ。しかし裏を返せば親友を殺す日がまた一日近づいたということで、動かしようもない現実がスザクを追い詰める。 プレッシャーには強いはずだったが、自らが死ぬのと、すべてを背負って生きることを前提として友を屠るのとではまったく異なるということなのだろう。 少しでもルルーシュが苦しまなくて済むよう、せめて一思いに心の臓を貫こうと決めているスザクは、今夜もイメージを反復した。 そして、そろそろ寝ようかと考えた、そのとき。 「スザク、居るか?」 軽いノックとともに聞こえた声に、スザクは首を傾げた。 ルルーシュがスザクの部屋に来ることはあまりない。それに最後に顔を合わせたのが数時間前だから、何かあればすぐに来そうなものだけれど。などと疑問を抱きはしたものの、会わないとい う選択肢は元よりないため、スザクは「居るよ、ルルーシュ」と返した。 扉を開けた親友は室内の闇に怯んだらしい。薄暗い中でそんな気配を察したスザクは照明を点けた。 闇に慣れた目にはいささか眩しい。 「なに? ルルーシュ」 こんな時間の来訪である。よほど重要な用件なのだろう。 ルルーシュは几帳面な彼らしく扉を完全に閉め、しかしその場から動かなかった。そればかりか苦悩を抱えた貌をして、スザクと視線を合わせようともしない。 スザクはハッとした。 あのルルーシュが云い淀むほどのこととは、一体。 自然と厳しい顔つきになるスザクがルルーシュを見つめていると、視線の先の友はようやく口を開いた。 「その、・・・持ってないか?」 かと思いきや、出たのは歯切れの悪い言葉で。 ルルーシュらしくない態度と物言いに再び首を傾げたスザクは「何をだい?」と、実にスザクらしく空気を読まずに直球で訊き返した。その瞬間、返答に窮したルルーシュの喉元に力が込められ たことなど気にも留めない。 一方のルルーシュは腕に触れたり首のうしろに触れたりと忙しなかった。そればかりか恨めしそうな視線まで投げてくる。 スザクがもう一度名前を呼んで促すと、消え入るような声でようやく白状した。 「だから、その・・アレだ、 スザクは目を丸くした。 まさかルルーシュがそんなものを必要とするなんて。 「C.C.は持ってないの?」 「っ、・・・あればここに来る必要はないだろ」 「それもそうだね」 云って、スザクはチェストの中を探し始めた。 与えられた部屋とはいえ一時的なものであるから、私物はそう多くない。 しかし、確かこのあたりに・・・ 「あったよ、これで結べるかな?」 「はあ?」 それを見せると同時に、ルルーシュは間の抜けた声を上げた。あるいは奇声に近かったかもしれない。 スザクの手にあるもの 「結びたいくらい髪が伸びてたなんて、気付かなかったよ」 部屋を横断してルルーシュに手渡す。何故か受け取るのを躊躇した親友は何か云いたそうな貌をしていたが、結局何も云わなかった。 彼が去った部屋に再び静寂が戻る。それでも善い行いをしたからか、スザクは寂寞の念に駆られることはなかった。 心穏やかにベッドに入る。 今夜はきっと、いい夢が見られるだろう。 一方、ルルーシュは途方に暮れていた。 まさかスザクが輪ゴムを渡してくるとは考えなかったのだ。想定外もいいところである。 というか、『ゴム』と云われてヘアゴムを思い浮かべておきながら輪ゴムを差し出してくる思考回路が理解できない。これでは髪すら結べないではないか。だったら初めから「ない」と云え。などと 思うところは多々あったけれど、しかしこれ以上アレの説明をするのも嫌だったものだから、敢えて藪は突かずに出てきたのだ。 恥を忍んでスザクを訪ねたのがまったくの無駄足に終わってしまい、ルルーシュはキリキリと眉根を寄せた。そうこうしているうちに自室に着いてしまい、仕方なく中に入る。 照明を落とした応接間。その奥の寝室に繋がる扉の前でしばし逡巡したルルーシュは、意を決して扉を開けた。 テーブルランプだけが灯る室内はぼんやりと明るく、光源の傍にいる人物を浮かび上がらせている。 ベッドの上で座り込んでいる女。 すぐに戻る、待っていろ、と云い置いたからなのだろう。ルルーシュが部屋を出て行ったときと寸分の違いも見当たらない、そのいじらしい姿に不覚にも鼓動が跳ねた。 「・・・・・」 だからこそ口惜しい。なぜ手の中にあるのが輪ゴムなのか。 腹立たしいやら虚しいやらですっかり気分が落ち込んだルルーシュは重い足取りでベッドに寄り、端に腰を下ろした。 「・・・C.C.、重大な問題が 「ルルーシュ」 静かに呼ばれた名前。次の瞬間には背を押される感覚があった。 覚えがある感覚だ。 ナナリーが生きていると知って取り乱した後の、アヴァロンの一室での出来事が鮮やかに甦る。あのときもこの女はこうやってルルーシュを慰めてくれたのだ。 素っ気ない態度の裏に滲む、あたたかな思いやり。 身体の横に投げ出された小さな手に手を重ねると、C.C.はグイと体重を掛けてきた。 「お前のことだから何か小難しく考えているのかもしれないが・・・余計な気遣いは無用だ」 肩越しに背後を見遣れば、同じように振り返った女の横顔が見える。 ルルーシュに向けられた琥珀色の瞳。 「私を、お前のものにしてくれるのだろう?」 熱を帯びた瞳とは、このことを云うのだとルルーシュは初めて知った。 琥珀色の瞳に吸い寄せられるように身体は自然と動く。華奢な身体を一度腕の中に収めて、それからシーツの海に沈めた。 今夜はきっと、眠れそうもない。
『5月6日』 ゴムの日と聞いて 2014/ 5/18 up |