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   この花に寄せて


 ルルーシュが家に戻ると、外出したときにはなかったモノが目についた。
 テーブルの上のミルク瓶。
 しかし中身はミルクではなく、一輪のヒマワリが活けられている。
 ヒマワリと云っても小振りな品種だ。ヒマワリの種は栄養価が高く、搾油もできるから育ててみるか、と大輪の花が咲く品種を購入したのだが、その中に別種がほんの少しだけ紛れ込んでいたの だろう。品種の名称など知らないが、明らかに観賞用のソレ。思惑から外れた存在をルルーシュは快く思わなかったが、C.C.は楽しそうに眺めていたと記憶している。
 が、それはあくまで庭に咲いている状態を愛でていただけで、今まで活けたことなどなかったというのに。
 基本的に煩わしいことを厭う女が生花を飾るとは、めずらしいこともあるものだ。
 興味を引かれ、ルルーシュは椅子に腰掛けてその花を眺めた。


         ヒマワリ。
 思い入れはないが、思い出すことは幾つかある。
 ニッポンの夏の匂い。ナナリーやスザクと一緒に、ヒマワリに埋もれながら食べたゼリーの味。アッシュフォードの温室でナナリーが育てたヒマワリの、鮮やかな黄色。      そして、生徒会室で交わした会話。
 あれは高等部1年のときだったか。例によってミレイの気紛れが発動し、あのときは確か生花を使ったイベントを企画しなければならなかった。
 何の花を使うか意見を出し合う。ルルーシュは興味もやる気もなく、決定事項に沿って恙なく手配するだけだと静観していたのだが、だからこそ頬を紅潮させて立ち上がったシャーリーが記憶に残るほど新鮮に映ったのだろう。

「わ、私はヒマワリが好き!」

 その直後にシャーリーがチラリとルルーシュの方を窺った理由はいまだに解らない。ただ、それを見たミレイがニヤニヤしながら 「誰かさんみたいよね~。好きな人のことをずっと見つめちゃってるあたりとかー」とシャーリーの頬を突いたから、彼女が揶揄されていることだけは解ったが。
 シャーリーとヒマワリ。
 なるほど確かに、明るく元気なイメージは両者に共通している。        そんなことを考えた覚えはあった。
 青春と云うには熱量が足りない、ルルーシュのささやかな思い出。
 しかし何故いまシャーリーのことを思い出したりしたのか。
 ざわ、と嫌な胸騒ぎがした。
 眉根を寄せた視線の先、ルルーシュの足元には色鮮やかな光彩が広がっている。C.C.に買ってやったステンドグラスのモザイク模様。A5程度の大きさしかない聖母を、しかしC.C.はいたく気に 入って、光が通るようにと窓枠に吊るしてあった。
 その、いつも見ているはずの光が、何故かルルーシュを追い詰めていく。
 記憶の中の光景がフラッシュバックする。

 巨大なステンドグラスの光。
 その先の薄暗い空間。
 噎せ返るような臭い。
 床に広がる赤。
 そして、      血溜まりに沈む身体。

「・・ッ!」

 次の瞬間、ルルーシュは家を飛び出していた。





 彼女に初めて会った日のことを、実はあまりよく覚えていない。
 印象深いことがなかったからだ。他の誰に対してもそうであったように、ナナリーやルルーシュ自身に害はあるか否かを判断して警戒網に掛からなかった、それだけのこと。
 ただのクラスメイト。
 しかしクラスや生徒会で同じ時間を過ごすうちに、彼女の屈託のない笑顔に惹かれていったのだと思う。
 明るく前向きで、誰にも壁を作らない、あたたかな人柄。曲がったことが大嫌いな一方で、反省する人を許せる寛容さもあった。
 彼女は大切な存在だった。
 ルルーシュの限られた友人の中でも、たぶん特別だった。
 ・・・・・なのに、何故忘れていたのだろう。

 1年前の今日、シャーリーは死んだのだ。





 走って5分、息も絶え絶えに辿り着いたのはギアス教会の近く。そこでC.C.は竈用の小枝を集めていた。
 オフホワイトのシャツ。膝丈の黒いフレアスカートに赤いウエストエプロンを着け、髪は緩い三つ編みでひとつに纏めている。その、華奢な後姿。暖かな陽射しを浴びて尚寂しそうに見えるのは、 ルルーシュの心が乱れているからなのか。足早に近づいた勢いそのままに腕を掴んで引っ張り上げると、不意を突かれたC.C.の手から籠が零れ落ちた。
 音を立ててバラバラと小枝が散らばる。
 しかしルルーシュにはそれに気を遣る余裕がなかった。弾かれたように振り返った女の、大きく瞠られた瞳を見つめることしかできない。

「ルルーシュ・・?」

 浅からぬ付き合いであるから、この呼び掛けが事情の説明を求めて発せられたものだということは解った。
 だが感情が先走って出た行動を言葉で説明するのはルルーシュといえど難しい。
 たっぷりと時間を掛けて出たのは、結局、問い掛けに似た呟きだった。

「・・・・・・何故お前が知っている」

 何を、とは云わなかった。それでもC.C.には伝わったらしい。・・・もっとも、あのヒマワリを活けた本人だから、すぐに理解したのかもしれないが。驚きと不審を綯交ぜにした貌から一変して表情が 凪いだC.C.は、「咲世子に連絡を取って、詳しい事情を聞いたからな」と淡々と云った。
 今さら知らされた事実に、ルルーシュは貌を歪める。
 あのときC.C.には連絡を入れたはずだ。嚮団殲滅への方向転換。同時にシャーリーが殺されたことを伝えたのに、その後わざわざ咲世子へ連絡をとって詳細の把握に努めたということは、それ だけルルーシュが只ならぬ様子だったということか。
 いや、そればかりか今日まであの出来事を覚えていたのだ、C.C.は。
 女が内に秘めた想いを推量することができず、ルルーシュは押し黙る。すると何を思ったのか、 C.C.は身体を反転させてルルーシュと向かい合った。強く掴まれたままの腕を無理に振り解こうとはせずに、もう一方の手をルルーシュの腕に添える。

「ただの自己満足だ」

 そう云ったC.C.の瞳は、ほんの少し揺れていた。


「もう、お前と逢わせてやることもできないから」


 ルルーシュは瞠目する。
 確かに、ルルーシュは不老不死になった。それはつまり集合無意識へ半永久的に還れなくなったということで、この先世間に出ることもないルルーシュは、シャーリーと集合無意識で再会するこ とも生まれ変わって出逢うことも半永久的になくなったのである。
 そのことをC.C.が気にしていたとは。
 この女は、一体何をどこまで知っているのだろう。
 確かにシャーリーは特別だった。
 もしもルルーシュがただのルルーシュで、何のしがらみも過去もない一般人だったなら、あるいはルルーシュが過去から目を逸らして生きていけるほど器用だったなら、ゆくゆくは誰かと恋に落 ち、限りある人生をその女性とともに全うしていたかもしれない。その『誰か』がシャーリーだった可能性は充分にあっただろう。それくらいは特別な異性だった。
 しかし、ルルーシュはどこまでもルルーシュであり続けた。
 ルルーシュにとって一番重要だったのはナナリーの未来とブリタニアへの復讐だ。文字通り命懸けの闘いの日々に余計な感情を挟む余地はなく、恋愛はまったく別世界の出来事だった。
 悔いはない。
 もう一度人生をやり直せるとしても、ルルーシュはかならず同じ道を、反逆の日々を選ぶ。たとえゼロ・レクイエムが待っていようと、何度でも。それだけの覚悟と矜持を持って臨んできたことだ。
 だから、シャーリーのことは選べない。
 巻き込んではいけないと思うし、いつまでも元気に笑っていてほしい。生まれ変わったら今度こそ彼女に相応しい素敵な男性と恋をして、しあわせになってほしいと願う。

「・・・・・どのみち、俺にはシャーリーに合わせる顔がない」

 自嘲を浮かべたルルーシュは、女の細い腕を解放した。
 僅かにC.C.の表情が曇る。おそらく不安を抱いたのだろう。それでもその不安を言葉にしようとしないC.C.の手を取り、握り締めた。


「お前が居れば、それでいい」


 それともこういう執着は嫌いか、と訊けば、C.C.は眉尻を下げて困ったように微笑んだ。

「魔王のクセに欲がないヤツだな」

        どこが、だ。
 好意を寄せられても心なく無下にして、いつだって自分のことばかり。世界を巻き込み、数多の 生命と想いを犠牲にしておきながら生き永らえ、後始末は他人に押し付けて。そして今では惚れた女とふたりきりのスローライフを楽しんでいる。これで欲深いと云わずして、何と云うのか。
 C.C.はときどき、盲目的にルルーシュに甘い。
 それが時にはルルーシュを苦しめ、そして同時にやさしく癒す。
 だから魔王の隣には魔女が必要なのだ。





 その後、他愛のない話をしながらふたりで小枝を集めた。
 籠から散らばった小枝を回収するC.C.が「まったく、お前はどうしてこういつも強引なんだ?」とブツブツ文句を零していたのは聞かないフリをしたが。
 おそらく、C.C.なりの照れ隠しなのだろう。
 シャーリーとルルーシュを逢わせてやれない、とC.C.は云った。それはルルーシュが今後も人目を避けた生活を続けていくと確信しているからこそ出た発言で、深読みすれば『ルルーシュは渡さ ない』という宣言にも聞こえる。それがC.C.の羞恥心を刺激するらしい。良くも悪くも穏やかな日々の中では独占欲とか嫉妬とか、そういった類の感情を見つける機会に恵まれなかったから、今回 その一端を垣間見ることができて、ルルーシュとしては悪い気分ではなかった。
 気分が上向いたついでに、久しぶりに手を繋いで帰ってみたりして。
 森を抜け、庭に設けた小さな家庭菜園の片隅にヒマワリを見止めて、ルルーシュは唐突に理解した。
 シャーリーの最期の姿がフラッシュバックして、居ても立ってもいられずに家を飛び出した、あの衝動の正体。
 あれは、不安だったのだ。
 マオの脅しに従って遊園地に向かったときといい、シャルルにコードを渡そうとしたときといい、C.C.にはルルーシュのために進んで犠牲になろうとする悪癖があった。だから今回もシャーリー の代わりのヒマワリを遺し、姿を消してしまったのではないかと無意識のうちに危惧したのだ。
 実際は杞憂どころか、まったく逆の意味だったわけだが。
 ルルーシュは目を細める。
 視界に入る、色鮮やかなヒマワリの花。
 思い入れはなくても、思い出すことは幾つかある。その『思い出すこと』に今日の出来事も加わった。それどころかこれから増え続ける可能性さえある。
 それもこれも、生きていればこそ、だ。
 女のやわらかい手を握る手にほんの少し力を上乗せして、ルルーシュは云った。


「C.C.。また来年も、ヒマワリを     






『この花に寄せて』


2014/ 3/ 6 up