眠れる森




 C.C.が右手側の道を選択したのは、少し面白みを求めたからだった。
 このあたりの地形は激しく起伏に富んでいるわけではない。だから歩きやすいといえば歩きやすいのだが、見える景色も自ずと単調になるのだ。それに 飽きてきたC.C.は往く手に何が待ち構えているのかを知っていながら、敢えてその道を選んだのである。
 ・・・結果的に、尚更うんざりすることになったのだけれど。
 『鬱蒼』 という言葉を体現したかのような勢いで木々が生い茂っている森に入って、早2日。出口はいまだ気配すら感じられなかった。
 地面に光があまり届かない森の中は薄暗い。それに恐怖するふたりではなかったが、日暮れ前に闇が落ちる森の中を無理に進もうとするほど無謀でもなかった。
 C.C.の眼の前で時折パチリと音を立てながら焚き火は燃えている。暖をとるための赫い焔は、深い森に生きる獣たちを追い払うためのものでもあるのだ。 その赫をじっと見つめながらC.C.は細い枝を焼べていた。
 今夜は自主的に火の番人をしている。
 C.C.も眠くないわけではない。しかし、それ以上にルルーシュを休ませてやりたいという想いが勝っていた。
 ブリタニアから大洋を渡って約2週間は馬車に揺られる毎日だった。それがいきなり連日歩き通しの日々に変わったのだから疲労も溜まるだろう。 しかもルルーシュは体力が枯渇している上に、重い鞄を担いで歩いている。「男なのだからお前が持つのは当然だろう?」 というC.C.の言葉を律儀に守っているのだ。
 その彼は今、C.C.の膝に頭をあずけて眠っている。
 初めは並んで座っていた。それは寒さを凌ぐための毛布を共有するためだったのだが、しかし眠りについたルルーシュはいつの間にかC.C.の肩に寄り掛かるような 恰好になってしまい、仕方なくC.C.が膝を貸してやることにしたのだ。毛布はルルーシュに譲って、C.C.は薄手のカーディガンを羽織っている。 焚き火と膝の上に乗せた頭のおかげか、寒さは感じない。それどころか心地よい温度と重みを受けて、C.C.は自然と物思いに耽っていた。
 心の大半を占めているのは、眼前の焔だ。
 焔にはあまりいい思い出がない。今でこそ夜を暖めてくれるそれに、C.C.は幾度も身を焼かれた。比喩などではなく、本当に。 思い返せば、魔女の死刑はひどく苦痛を伴うものばかりだった。
 だが、それ以上に悲鳴を上げるのはいつも心の方だったとC.C.は今になって感じている。
 人として生きていたいのに、認めてもらえない哀しさ。
 望んで不老不死になったわけではないのに、異物として扱われることの苦しみ。
 心から信頼していた契約者にまで裏切られたことは一度や二度の話ではなかった。その度に慎重になって、臆病になって、生きることが嫌になっていく悪循環の繰り返しだった。
 だからルルーシュとは近づき過ぎないように壁を作って接していたというのに。
 そんな男が、何故か今、C.C.の傍にいてくれるのだ。
 尤も、ルルーシュはゼロレクイエムで死ぬつもりでいたのだから、100%の想いでルルーシュがC.C.と共に在ることを望んでくれたのではないとC.C.は解っている。 同じコード所有者だからだとか、C.C.はコードやギアスに関して少し知識があるからだとか、その場の流れ的なもので一緒にいるのかもしれないとも思っている。
 それでもC.C.は嬉しかった。


 もう独りではないから。そして        居てくれるのが、ルルーシュだから。


 この感情がもつ名は明らかだ。それは彼女自身もしっかりと自覚している。 だからこそ彼が愛した者たちを差し置いての完全なる独占状態を後ろめたく感じることもあるし、一緒にいる理由をルルーシュに確認することができないまま、 ここまで来てしまった。
 紆余曲折の末に得た心地良い距離を失うようなことはできない。
 非常に後ろ向きな考えだが、満足できてしまうくらいには幸せな今を失うくらいなら、いっそのこと己の存在が消えてしまえばいいとさえ思うのだ。
 今なら、確実に笑顔で逝ける。
 今なら、二度と蘇らないような気がする。
 今なら、        ・・・










「・・っ、危ないだろ!」




 右手首を掴んできた大きな手と響いた怒鳴り声に、C.C.はハッと我に返った。
 眠っていたはずのルルーシュの眼は完全に開かれていて、膝の上で厳しい表情を浮かべている。その視線以上に痛いのは、掴まれた手首だ。
 しかも指先が熱い。
 そこまで考えて、C.C.は気が付いた。慌てて手を引くと、ルルーシュの手もするりと離れる。


       何の真似だ?」


 真実を求める声は、怒りを孕んでいた。


「・・・特に・・意味は、ない」
「意味もなく手を焼こうとしたのか・・?」
「っ、・・・」
「まさかお前、まだ    


 途端に鈍る、ルルーシュの声。
 内心では慌てながら、C.C.は即座に「違う」と否定した。無意識での行動だったため、むしろC.C.自身が驚いている。
        焚き火の中に手を突っ込もうとした。
 傍から見れば、完全に自傷行為だ。もしルルーシュが同じことをしたら、C.C.も間違いなくそう思うだろう。意味はないと言われても俄かには信じ難いし、 まだ“死にたい”と考えているのではないかと疑われても仕方がない行動だった。
 しかし・・・


「そんなこと、もう願ってなどいないさ。・・・本当だ」


 不老不死なんてただの夢で、あっさりと死ねるかもしれないと考えていたことは事実だが、死を望んでの行動だったわけではない。 それだけは自信を持って言えることだ。
 言葉に感じるものがあったのか、それとも彼女の穏やかな表情に思うところがあったのか、しばらく探るような眼差しでC.C.を凝視していたルルーシュも 小さく溜息を吐いたあとに気配を和らげる。二度とするなよ、と釘をさして。それからルルーシュはゆるゆると瞼を閉じた。
 膝枕に言及することなく眠ってしまったのは、不穏な行動を察知しやすいからだろうか。
 目に見えて目減りしてしまった信用度に、C.C.は苦笑する。流れるような黒髪をひと梳きしてから、視線を焚き火へと戻した。
 先程、手を突っ込みそうになった、それ。
 実は指先が少しだけ痛みを訴えている。不老不死の身体はすでに再生が始まっているので数分後には痛みすらキレイさっぱり消えているはずだが、 それを惜しく思う気持もある。痛みがしつこく残れば、その分だけルルーシュが見せた気遣いを現実のものとして実感できるのだから。
 思考エレベーターで「笑わせてやる」と言われたときに胸を焦がした感覚と酷似しているその感覚は今のC.C.にとって必要不可欠なものであり、 ルルーシュから貰ったものの中でも確固たる地位を得ている。だからこれが消えたりしない限り、C.C.が“死にたい”などと願うことはないというのに。
 ルルーシュは解っていないのだ。だから怒るのだろう。
 ・・・尤も、そんなことを律儀に教えてやるつもりなんて、C.C.にはさらさらないのだけれど。


 魔女らしくないな・・と独り言ちながら、C.C.はまたひとつ細い枝を焼べた。






 夜を暖めてくれる大切な焔を、決して絶やさないために。












『眠れる森』


手を伸ばしたくなるもの




2008/ 11/ 9 up