兄さんの恋人 その日、ロロの機嫌はすこぶる悪かった。 原因は兄の優秀な影武者、篠崎咲世子である。 忍の末裔である彼女は独自の変装術や抜群の情報収集力でルルーシュをサポートしており、兄からの信頼も厚い。ロロとしてもルルーシュの役に立っているならと咲世子に対して敵意は抱いて いなかったのだが、しかし先日の一件で評価は一変した。 あろうことか、ルルーシュに扮した姿でシャーリーとキスをしたというのである。 しかも休日には複数人の女子と分刻みのデートをルルーシュに強いる始末。 いったいルルーシュにどんな印象を抱いているのか、と。兄の品位を落として何が楽しいのか、と。それはそれは腹立たしく思った。しかし感情の起伏が見えない地味顔で「以前のルルーシュ様 をご存じないのですか?」などと云われたりでもしたら、きっとロロは何も云えなくなる。 ロロがルルーシュの弟でいた期間より、咲世子がランペルージ兄妹の世話をしていた期間の方が圧倒的に長いのだ。 だから苦言らしい苦言はあまり云えなかった。それがまたロロの機嫌を悪くさせる。 しかしどれだけ腹立たしくても、大切な相手のことは何でも知りたいと思うわけで。人が出払った機密情報局の指令室に折よく姿を見せた咲世子へ、ロロは疑問をぶつけたのである。 「咲世子、ひとつ確認したいことがある」 「はい、何でしょう?」 身体の前で手を揃えた、いかにもメイド風の立ち姿で咲世子は応えた。 今の容姿や声は兄とまったく同じであるのに、兄とは違うとすぐに判る。 それでもロロは鷹揚な態度を崩さない。 「兄さんに一番近しい女は誰だ?」 これはあくまでルルーシュをサポートするために共通認識を持つべきだから訊くのだ、とロロが云い訳がましいことを付け足している間も咲世子の表情は変わらない。ゆっくりとした瞬きひとつ 分の時間だけ沈黙した後、彼女はいつもと同じ調子で答えた。 「一番近しい女性でしたら、C.C.さんだと思われます」 「C.C.!?」 「はい」 このとき、言葉選びによって咲世子の答えが変化したことをロロは知る由もない。 もし『一番大切な女』と訊いていたら、咲世子は瞬きする時間すら空けずに『ナナリー』と答えていただろう。しかし互いを大切にしすぎる嫌いがある兄妹は、強い絆があるのに本心を伝え合って いるとは云い難い関係で、おまけに今は離れ離れの状態だ。それは咲世子の感覚では『近しい』という関係に当て嵌まらなかった。 「C.C.さんは以前ルルーシュ様のお部屋で過ごしていらっしゃいましたし、当時はひとつのベッドでお休みなさっていました」 「ええッ!?」 「それにおふたりは今も欠かさず連絡を取り合っていらっしゃいますので」 影武者を務める上で必要な情報は咲世子も知らされているが、プライベートに過剰に踏み入る ことは許されていない。それは咲世子が仕える側だからというよりルルーシュの万人に対するスタンスであって、彼はとにかく他人を寄せ付けたがらなかった。だからこそ彼女の存在に衝撃を受けた日のことを、咲世子は今でもよく覚えている。 咲世子がC.C.の存在を知ったのはナナリーの世話役をしていた頃のことだ。所用のため早朝にルルーシュの部屋へ行った際、就寝中のふたりを偶然見てしまったことが切っ掛けだった。その後 意識して気配を探ってみれば、どうやらその美しい少女はルルーシュの部屋で生活しているようで。 自分のことは自分でしますからその分ナナリーを頼みます、と以前から身の回りのことは何でも 独りでこなしてしまうルルーシュだったが、あるときを境に本格的に部屋への立ち入りを禁じてしまった。それがまさか美少女を一人囲っているからだとは想像もしなかったけれど、世話役程度が 口出しするべきことではないと咲世子は口を噤み、未だルルーシュにさえ話していない。今後話すこともないだろう。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 静かに懐古に浸る咲世子。それとは対照的に、ロロはショックで何も云えなかった。 C.C.。まさかC.C.。 確かにC.C.を引き渡す約束は果たされていないし、あれが兄の方便であることはロロも薄々気付いていたけれど。 でもまさかC.C.が兄の それから2時間後、ロロの姿は指令室のコンソール前にあった。 ブリタニアに制圧された場合を考慮して、機密情報局の指令室から斑鳩への通信チャンネルは恒常的に繋がっているわけではない。しかし緊急事態に備えて通信記録が残らない秘匿回線が 用意されていて、パスを知るルルーシュと咲世子、そしてロロのみが使用可能となっていた。 実際に使ったことは未だかつてない。それを今、しかも緊急事態でもルルーシュに火急の連絡があるわけでもない状況下で無断使用することに多少の後ろめたさと緊張を覚えながら、ロロは手順通りに回線を繋いだ。 数回で途切れたコール音。 画像を鮮明に映し出すモニター。 そこに広がる光景に、ロロは絶句した。 兄好みの調度品で統一されているその空間は、しかし物やらゴミが所々散乱している。綺麗好きで掃除上手な兄の、これが本当に斑鳩の私室なのかとロロが疑っていると、画面中央に見える ベンチソファーの上で何かがもぞりと動いた。 ぬいぐるみらしき黄色の物体から顔を上げた、ひとりの女。しどけない白のインナー姿もさること ながら、やはりその整った容貌がロロの眼を引いた。生死問わずの捕獲対象として記憶に刷り込まれた人物そのままが、画面の向こうに居る。これを捕らえてブリタニアに引き渡せば任務は完了 していたのだと考えると、奇妙な感覚に陥りそうだった。 『・・・誰だ?』 鈴を転がすような声は疑問形でありながら、訝しむ気配を感じさせない。 琥珀色の鋭利な瞳。 圧倒的な存在感。 かつてロロにギアスを与えたV.V.と同列の存在を前に、逆らってはいけないという恐怖にも似た感覚に襲われる。ロロは握った拳に力を籠め、画面上の魔女を見つめた。 「ルルーシュ・ランペルージの弟、ロロ・ランペルージ、・・・です」 つい敬語になってしまうのは最早仕方がない。 一方のC.C.は気に留めた様子もなく「あぁ、ヴィンセントの・・」と呟いた。 正直、驚いた。魔女はそんなことまで知っているのか。いや、ルルーシュが話したに決まっているけれど、ヴィンセントに殺された騎士団メンバーもいるため、信頼の置ける者にしかパイロットの 素性を明かしていないとルルーシュ本人から聞いていたのだ。それがこの魔女であったことにロロは動揺を隠せない。 『ほう? ルルーシュはこちらに居ないぞ?』 「あ、はい。それは、・・・その、解ってます」 ルルーシュは今現在、生徒会室にてミレイに絡まれている。おそらく例の突飛なイベントに関してだろう。その様子は機密情報局の仕掛けた監視カメラにより、リアルタイムで指令室のモニターに届けられている。 だからルルーシュではなく、これは 『では、私に用か? ルルーシュの“弟”が?』 「ッ!!」 思わず息を呑む。 やはり苦手だ、と感じた。 思考を読まれたのではと疑ってしまうほどの絶妙なタイミング。その所為で言葉が出ない。 そもそも、魔女に何を云うつもりだったのか。ここにきてロロは肝心なことが抜けていることに気が付いた。 ロロにとっては兄がすべてだけれど、兄にとってはそうではない。ナナリーの足元にも及ばないことは肌で感じている。それがずっと悔しくて、しかしそれをぶつけるべきナナリーに会えるわけも なくて。そんなとき明らかになったC.C.の存在に居ても立っても居られなくなった、その衝動のままに通信を繋いでしまったものだから、具体的な用事など無いに等しいのだ。 先程とは違う理由で手に汗握る。 『ロロ、と云ったか』 不意に声を掛けられ、ロロは顔を上げた。 さすが魔女だけあって、画面の向こうの女は美しかった。外見年齢はロロとそう変わらないが、纏う空気が老成している。無感情の表情と作り物めいた美貌がそれを助長しているのかもしれない。 ロロは咄嗟に身構える。 長年暗殺者として使役される中で培われた勘。何か危険なモノが魔女の口から発せられる予感がしたのだ。 果たしてそれは、ロロを貫いた。 『お前、まだブリタニアの手先なのか?』 「違うッ! 僕は、・・!」 反射的に返した否定。自身でも驚くほど強く、口を吐いて出ていた。 たぶんそれは心の叫びだ。 今のロロにルルーシュを裏切る意思など微塵もない。だからそれを疑う者は、ロロをよく知る知らない関係なく許せなかった。 「僕はいつだって兄さんの味方だ!!」 云い放って、自分の言葉に納得する。 ロロはずっと誰かに云いたかったのだ。兄の表と裏、両方をよく知る誰かに。 そして 『では、お前がルルーシュを護ってやれ』 ハッとして魔女を見つめると、彼女は微笑んでいた。 先ほどまでの無表情が嘘のように、やさしく。 『“妹”ではないお前だからこそ、できることがある』 胸が熱くなる。ロロは震えそうになる唇を噛んで耐えた。 云いたかった、兄への想いを。そして認められたかったのだ。ずっと。 ナナリーを、兄妹の絆を知る者はロロの存在を完全に肯定してくれない。ロロが居るところには 本来ナナリーが居て、彼女が戻ればその場所は自然と彼女のものになると誰もが思っている。だからロロはナナリーを怖れているし、ただ血が繋がっているというだけで兄から絶対的な愛情を注がれる彼女のことが憎かった。 けれど。 「 たとえ血が繋がっていなくても解る。 兄ルルーシュはとても優しくて、嘘吐きで、頭が良くて、時々とんでもない無茶をするから。だから、何があっても盲目的に兄を信じて、護ると決めた。 「貴女に云われなくても 俯いていた顔を上げると、そこに魔女の姿はなかった。フレームアウトしたのではなく、通信そのものが切られている。 ロロは呆気にとられた。 さすがはブリタニア皇帝とその実弟すら煙に巻く魔女である。行動が予想外すぎてまったく読めない。型破りな兄の傍に侍る女としては、ある意味正しいかもしれないけれど。などと考えている うちに終いには笑いが込み上げてきて、ロロは一頻り笑った。 どうしてだろう、気分は悪くない。 むしろ重苦しい枷が外れたような、清々しい気分だ。 存在を認めてくれるならば、あちらのことも兄の恋人として認めてやってもいい、と。ロロはそう思い始めていた。
『兄さんの恋人』 2013/12/12 up |