想いのカタチ


 ねぇおとうさん。そう呼びかけられて本から顔を上げれば、手をモジモジさせて上目遣いに見上げてくる幼子の姿があった。
 ルルーシュは唇に淡い笑みを浮かべて本を置く。

「どうした?」

 そう問い掛けながら抱き上げて膝の上に座らせると、幼子は安堵した表情で「あのね」と話し始めた。
 ここ最近、幼子はこんなふうに遠慮がちに声を掛けてくる。それがおねだりとかお願いではなく、 訊きたいことがあるときというのがいじらしくてとても可愛らしい。そんな親馬鹿なことを考えていたルルーシュへ、さすがは魔王と魔女の子と云うべきか、幼子は爆弾を手渡した。


「おとうさんはいつからおかあさんのことすきなの?」


 その威力は小規模のフレイヤ級だ。ルルーシュの笑顔は一瞬にして凍る。
 しかし幼子は気付いた様子もなく、おとうさんさいしょはとってもいじわるだったっておかあさんいってたよ、と不安や不満を隠しきれない貌で続けた。
 幼いなりに両親の不仲を心配しているのだろう。その思慮深さは親として鼻が高い。
 が、幼子になんて話をしているんだとルルーシュは内心でC.C.に毒突いた。しかし幼子の手前、青筋を立てるわけにもいかず、考えるフリをして視線を逸らす。
 絵本の読み聞かせこそもっと幼い頃からしていたけれど、ストーリーを理解できるようになったころから幼子はすっかり『おひめさま』のファンだ。世が世ならば幼子もまさしく皇女様なわけだが、 そんなことなど露とも知らない彼女はこの年頃の女の子らしく、『おうじさま』と幸せに暮らしましためでたしめでたしのハッピーエンドが大のお気に入りである。
 それに付随して知識が増える、恋愛面。
 当然疑問が湧いてきたり身近な存在に話を聴きたいと思うのだろう、答えるのに勇気が要る質問が飛ぶこともしばしばで、C.C.と顔を見合わせるような場面も少なくない。
 しかし知識欲を満たしてやれるのが両親しかいないものだから、どれだけ恥ずかしくても最終的には答えるはめになっているのだった。

「・・・・・・・」

 せめて、いつ出逢っただとかいつから一緒にいるだとか、事実として残っているような、もう少し答えやすい質問であればよかったものを。
 感情というのは線引きが非常に曖昧で、しかも日々移ろいゆくものである。今現在ならともかく、昔の感情などそこまで細かく覚えているものではないのに。
 それでも懸命に記憶を辿っていたルルーシュは、ふと思い至った答えに愕然とした。

「おとうさん?」

 頬に感じる小さな温もり。
 どれだけ自分の世界に入り込んで呆けていたのか判らないが、気付けば幼子が両手で挟むようにルルーシュの頬に触れて、心配そうに顔を覗き込んでいた。
 C.C.を思わせる、その仕草。
 元々顔立ちは似ているけれど、そういう問題ではなくて。
 これまでの日々が走馬灯のように浮かんだルルーシュは、今度こそ自然に微笑みながら呟いていた。


「一目惚れだ」


 しかしその言葉を自分の声で音にした瞬間、羞恥に襲われる。幼子が目を瞠ってルルーシュを見つめるから余計に、だ。
 それでも前言撤回するわけにはいかないから、「C.C.には絶対に内緒だ」と幼子に約束させて、この話は強制的に終了した。







 ・・・・・・・のであるが。


「まさかお前が一目惚れするような男だったとはなぁ」


 わざとらしく抑揚をつけて云われたその内容に、ルルーシュの心臓は冷水を浴びせられたように縮み上がった。
 文字を追えるわけでもないのに本から顔を上げることができない。
 完全にフリーズしたルルーシュの隣に腰掛けたC.C.は実に偉そうな態度で足を組み、横目でルルーシュを見ている。そのせいか右半身にヒリヒリとした痛みを感じた。
 今度は幼子に怨み言を云う番だ。
 一目惚れなんて単語が偶然C.C.の口から出るはずがなく、そうなれば幼子がC.C.に話したとしか考えられない。約束したことは必ず守る子なのに何故今日に限って・・、などと、考えても仕方が ないことを必死に分析しようとする。
 あまりに混乱していたのだろう、それが口を吐いて出ていた。

「・・・・・何故それを」
「何故、だと? フッ・・あの子に訊かれたからな、ひとめぼれってなあに、と」
「・・・・・・・・・・」

 失敗した。
 語彙力に乏しい幼子に一目惚れと云って通じるはずがなく、好奇心旺盛な子だから当然その意味を知りたいと考えるだろう。
 だからC.C.に訊いた。非常に自然な流れだ。
 幼子にしてみれば一目惚れの意味を訊いただけで、『ルルーシュがC.C.に一目惚れした』ことは話してないのだから、約束は果たしたことになる。幼子の口から出るはずのない単語が出て不審 に思ったC.C.がルルーシュに経緯を確認するかもしれないなどと、そこまで考慮できるはずがない。
 完全にルルーシュの失敗だ。
 あの瞠目は意味が通じてなかったからなのか、とか。だったらあの場で訊いてくれ、とか。今さら 考えても仕方がないことをグルグルと考えて思わず頭を抱えたくなったルルーシュは、チラリと横目でC.C.の様子を探って、そして気が付いた。

「・・・何を怒ってるんだ?」

 C.C.は明らかに機嫌が悪かった。
 いや、普段からそこまで激しく喜怒哀楽を表情に出す女ではないけれど。でもこういう場面では面白がって人を食ったような笑みを浮かべるのに、今日はそれがない。むしろ視線が冷ややか過 ぎて肌に穴が開きそうなほどだ。
 思わずまじまじとC.C.を眺めたルルーシュは会話を最初から浚って、幾通りもある可能性の中からひとつの答えに辿り着いた。


            お前だ、C.C.」


 ルルーシュの、一目惚れの相手。
 解って揶揄しているのだと思い込んでいたが、どうやらそうではなかったらしい。C.C.はC.C.で 別の存在がいると思い込み、さらにはそれに妬いているのだ。そのことに気付いてしまったルルーシュの羞恥や気まずさは泡のように消えていく。
 本を片手にC.C.の髪を一房弄べば、胡乱な瞳を返された。
 ・・・まぁ、気持ちは解らないこともない。

「俺もさっき気付いたばかりだが」

 幼子に問われて、記憶を巻き戻していって。
 関係の変化や印象が変わった出来事など転機は幾度かあったものの、好意を抱いた切っ掛けはこれといって思い当たらなくて。
 最終的に行き着いたのは、割れたカプセルから現れた少女に眼を奪われた、あの衝撃だった。


「あのときシンジュクゲットーで、俺はお前に一目惚れしたんだ」


 そうでなければ、その後の行動に説明がつかない。
 ブリタニアに拘束され、身柄確保のために親衛隊まで出動するような曰く付きの女。いくらお人好しの巻き込まれ体質が発動したからといって、ルルーシュが自らを危険に晒してまで救わなけ ればならない関係ではなかった。
 他人と割り切ることができればどこまでも非情になれる男だ、ルルーシュは。
 最初から置き去りにすることもできたし、逃げる途中で分かれることだってできた。それをしなかったのは、一目見た瞬間から心惹かれていたから。そう考えるのが妥当だろう。

「C.C.?」
「・・・鈍感にも程があるぞ、ルルーシュ」

 初めは瞠目していたC.C.が次第に俯き、さらには額に手を当てたものだから心配して声を掛けてみればこの云い草。さすがにムッとして不服を申し立てようとして、C.C.の異変に気が付いた。
 細い手首を掴んで退かし、顎に指を掛けて顔を持ち上げる。
 普段うっすらとした桃色のまあるい頬は、目にも鮮やかな薔薇色に染まっていた。
 緩ませない為だろう、きゅっと引き結ばれた唇が逆に男を誘う。意図せずくちづけしやすい体勢を整えていた過去の自分に拍手を送りながら、ルルーシュは頬を傾けて殊更ゆっくりと唇を重ねた。
 触れ合わせるだけのくちづけから、唇を割って深いものへ。
 手首を掴んでいた手を解いてC.C.の指と絡め、顎を持ち上げていた手は若草色の髪を乱しながらC.C.の後頭部を抱え込み。
 息も途切れ途切れに唇を離したときには、呑み下せなかった唾液がC.C.の顎を伝うどころか胸元まで汚していた。

      C.C.」
「ゃ、ッ・・・待っ、ルルーシュ! せめて夜まで」
「待てない」
「だっ、て・・子どもたちが起きたらぁ、っ、んンッ」
「集中できないならあちらの世界へ行こうか。俺のところならベッドもソファーもあるしな」
「そういう問だ     ひゃぁッ!」

 くだくだと理由を付けるC.C.を無視して抱き上げる。コードを発動させて寝室の扉を開ければ、空間操作されたその先はルルーシュの固有世界だ。
 昼寝中の我が子がよほど気になるのだろう、無駄な抵抗を続ける女には笑顔で一言。

「あの子たちはお前に似てよく寝る。心配するな、       30分くらいなら問題ないさ」





 その後、30分が3時間に大幅延長して。
 慌てて現実世界に戻ったルルーシュがいまだ昼寝中の子どもふたりを見つけて安堵したり、呆れたり。
 C.C.の機嫌取りのために巨大ピザを焼くことになるのは、また別の話。


 世界のどこか片隅で、魔王と魔女は今日も恙なく『いい夫婦』であった。






『想いのカタチ』

2013年いい夫婦の日ss(遅刻)
一目惚れだけど無自覚の旦那に一票


2013/11/27 up