スターナイト・デート 魔王と魔女の子とは思えないくらい、幼子は手のかからない児だった。 我儘らしい我儘は云ったことがないし、独りで外に出てはいけないなどの云いつけもきちんと守れる。人形相手に一人ママゴトも得意だ。 夜泣きも滅多にしない。たまに寝つきが悪くてぐずる程度である。 そんなときは決まってルルーシュは幼子を外に連れ出していた。 夏は虫除けのためC.C.のストールに包んで。冬は防寒のため厚手のブランケットに包んで。そうやって幼子を守り、抱き上げ、あやしながら出ていくルルーシュの背が、C.C.は殊更好きだった。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでもなく、ルルーシュ・ランペルージでもない、幼子の父親であるただのルルーシュの背中が。 だからわざわざ外に出るルルーシュを止めたことは一度もなかった。 幸いなことにルルーシュは窓から姿を確認できる程度の距離しか家から離れない。いつも留守番のC.C.が繕い物の合間に外を窺うこともあるが、いつだって見える位置にいる。 それがC.C.に不要な心配を掛けさせないための配慮であることは気付いていた。 だから今日もC.C.は家で待っている。 父と子とで積もる話もあるだろう。それを邪魔するのは無粋というものだ。 今夜も30分ほどで帰ったルルーシュは、ぐっすりと眠った幼子をベッドに寝かせてリビングに戻ってきた。 C.C.は隣に腰掛けるルルーシュのためにソファーの端に詰める。何となく揶揄してみたくなったのは本当にまったくの気まぐれだ。 「かわいい娘とのデートはどうだった?」 繕い物をする手は休めない。ルルーシュに『かわいい娘』と云ったが、C.C.にとってもかわいい娘なのだ。解れてしまったヌイグルミの裾をせっせと縫い合わせていると、ふと視線を感じた。 見れば、ルルーシュが目を細めてC.C.を見つめていた。 組んだ脚に頬杖をつく、そんな格好が様になっているのが面白くない。C.C.が冷たい視線を返すとルルーシュは苦笑いを浮かべて腰を上げる。そのまま流れるような動作ですいと手を差し出された。 「お前も行きたいならそう云え」 「はぁ・・?」 思いきり怪訝な声を出して、その瞬間に意味を悟る。 先程投げた問いが、どうやらルルーシュには揶揄ではなく拗ねているように聞こえたらしい。何年経っても自意識過剰の自信家だな、とはさすがに音声化しなかったものの、C.C.は素直に呆れた。 そもそも、デートなんてする必要がないではないか。 今の関係に落ち着くまでに同居・同衾はしたし共闘もしたし旅だってしたけれど、終ぞ『デート』などという可愛らしい体験はした例がなかった。 そんなもので互いの親交と愛情を深めるような間柄ではなく、殺伐というか無味乾燥というか、とにかく甘い感情など一切ない共犯関係から始まり、愛だの恋だのを相手に意識させることもないまま一飛びに夫婦同然の存在となったのだから。 デートがしたいだなんて、今さら思うはずない。 だからC.C.はルルーシュの手は取らず、しかし自らの手をズイと突き出した。 「違うな。私ではなく、お前が行きたいのだろう?」 殊更鷹揚に告げてやる。 こんな云い方をすれば機嫌が悪くなるのは解っていた。案の定苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたルルーシュが、それでもC.C.の手を掴んでくれるから。 ヌイグルミを傍らに置き、C.C.はあたたかな手に導かれて腰を上げた。 幾万と輝く星々が今にも降り出しそうな、そんな星空だった。 周囲に人工の灯りがなく、月の出ない夜だからこそ味わえる最高の天体ショー。まるで宝石箱の中を覗いているみたいだと、実際に見たこともないのにC.C.はそんなことを考えた。 星空こそ、幼い頃から見ていた。科学技術が飛躍的に進歩し、人里が眠らなくなったのは現代に入ってからの話で、それ以前は等しく素晴らしい星空が広がっていたものだ。 しかしその素晴らしさを受け取るはずのC.C.の心に余裕がなくて、いつも無感動に眺めていた気がする。宝石箱だなんて、少なくともそんな普通の娘らしい発想はなかった。 それがルルーシュとの出逢いでここまで変われたなんて 連れ出されたときのまま手を繋いで、ルルーシュとふたりで星を眺める。 家に残してきた幼子のことが少々気に掛かったが、一度寝たら滅多に目を覚まさない子だから、もう少しくらいならこうしていても大丈夫だろう。横目でそっと様子を窺うと、ルルーシュはひたむきに空を見つめていた。 「 C.C.の視線に気付いたのか気付いていないのか、不意に言葉を紡いだルルーシュは、しかし見つめ返してはくれない。紫水晶の瞳は夜空の向こうに別の何かを見ているような気がした。 大切な、何かを。 「ナナリーとユフィ、・・・・・・・母さんも一緒に」 その言葉に、C.C.の方がハッと目を瞠る。 いきなり突拍子もないことを口走る男ではあるが、それは高速で展開する思考の一部のみを聞かされたからそう感じるだけであって、ルルーシュの中ではしっかりと前後が繋がった、意味のある話題なのだ。 C.C.にはある種の確信めいた予感があった。 ルルーシュはこの話を幼子に語ったのだと。 忌むべき血が流れていることで後に幼子が悩まないように、というよりはルルーシュが嫌な貌をするだろうからと、シャルルやマリアンヌのことを幼子に話して聞かせたことがなかった。 ゆえにC.C.は軽くない衝撃を受ける。ルルーシュのすべてを見通せるなどとおこがましいことは考えていないが、それでも彼の血に関することで考え違いをしていたとは想定外だった。 どうして、と、ある意味見当外れな疑問が意図せず唇から転がり落ちる。自身の声でそれを知ったC.C.はまた一際動揺した。 しゅんと項垂れるC.C.に気付いたのか、繋いだ手に力が込められる。 顔を上げると、ルルーシュと視線が合った。 「アイツだっていつまでも俺とお前の3人だけで暮らせるわけじゃない。家族を構成する名称や概念は教えるべきだろう。・・・それ以上のことは詳しく話してないさ」 そう云うルルーシュの表情に自嘲する様子はない。 たとえ確執があったとしても過去の思い出はやさしいままなのだ、と。だから幼子に話したのだ、と。ルルーシュの眼差しで悟ったC.C.は胸の奥が熱くなる。 「マリアンヌの破天荒ぶりならお前よりも語ってやれるぞ?」 「やめてくれ。俺が保たない」 「ふふっ、どうなるか見てみたい気もするがなぁ」 それらしい理由をつけてはいるが、たぶんルルーシュは楽しんでいるのだ、純粋にただ聴いてくれる幼子への昔話を。それは家族の記憶を持たないC.C.にはできないことで、ルルーシュが今まで話を伏せていた理由のひとつに、C.C.が気に病まないようにとの配慮もあったのだろう。幼子には内緒にするよう約束させたに違いない。 羨望と、後ろめたさと、感謝と、 それでもとりあえず礼を云おうとC.C.が口を開きかけた、ちょうどそのとき。 ルルーシュの頭上で星が流れた。 「あ、・・・」 ふたつ、みっつと続けて流れる。 C.C.の視線と表情で気付いたのか、ルルーシュも振り返って空を眺めた。 「 「ん・・」 流れ星に願いを掛けるなら、何を願おうか。 今はもう、死を希求していたあの頃とは違う。長かった数百年よりずっと自由で、少し不自由で、慎ましい暮らしで、けれど心は豊かで、 「たまにはお前と星を見るのも悪くないな」 「・・・それはまた私とデートしたいという誘いか?」 「嫌か?」 「まさか。・・嬉しいよ」 いつもこうやってルルーシュと出掛けている我が子に、針の先で突いたほどとはいえ嫉妬してしまうくらいには。 やはりデートしたかったのは自分の方だったのかもしれないとC.C.は考えたが、ルルーシュも満更ではなさそなのでおあいこだろう。何も云わずそっと寄り添ってルルーシュの肩に頭を預ける。 こんな時間が少しでも長く続けばいいと、C.C.は流れ星に願った。
『スターナイト・デート』 2013/ 9/10 up |