ホントノキモチ




 眼を逸らすことなくジッと見つめてくる女。潤むことも揺れることもない琥珀色の大粒な双眸は、その力強さと透明な光彩ゆえに動揺など微塵も感じさせない。
 視界いっぱいに相手の顔が映る距離で、しかしルルーシュは密かに眉根を寄せた。



 例によってミレイが立ち上げた無茶振り企画。
 何なのだロックフェスって、と憤ってみたところで一度勢い付いたミレイの暴走が止まるはずもなく、ルルーシュも自分の身は自身で守るため『CODE BLACK』として参加する羽目になった。
 歌うのは自分なのだから、と内容などお構いなしに他のメンバーが書いた歌詞を撥ねつけたのだが、その内容がまったく気にならなかったというわけではない。


『お願いがあるの、そんなに近くで見つめないで。だってあなたに聞こえちゃう、私のハートのキュンって音』


 結果発表待ちの間に行われたインタビューで暴露された、C.C.が書いたという歌詞。あのときは冷静を装ってユーフェミアにツッコミを入れることができたものの、多少は動揺していた。
 なにせ、相手はこのC.C.である。
 基本的に無表情の女は好物のピザを食しているときでさえ美味しそうな貌ひとつ見せず、よほどのことがない限り感情を表すことがない。 こうして見つめ合っているときでさえ何も感じてないように映る女である。
 それがどういうことだろうか。

       近くで見つめないで?
       キュンって音?

 そんなこと、本気で思ったことなどあるのだろうか。
 まさか別の男との出来事じゃないだろうな、と半分本気で疑ったりもした。
 が、平然と二股をかけるような女ではないから、現在進行形で近しい存在は自分で間違いないとルルーシュは自負している。そこに負け惜しみや強がりはない。断じて一切ない。 だから歌詞程度でクドクドと考える必要はまったくもってないわけだが、やはり気になるものは気になるのだ。

「・・・・・」

 C.C.は目を逸らさない。この強情な女が目を逸らすのは何かしら負い目を感じているときのみ。 ルルーシュも元来の負けず嫌いが発動して、傍から見れば睨み合いのような状態になるのはいつものことだ。 可愛くない女だと思う反面、これくらい張り合いがなければ物足りないと感じるのは想像に難くないし、こんな女でも酔わせた後はとろりと蕩けた蜜のような甘い眼差しを向けてくるものだから、結局絆されてしまうのである。
 ・・・いや、この際その話はどうでもよくて。
 今この瞬間にC.C.が何を考えているのか、口を割らせるいい方法がないものかとルルーシュは思案した。 しかし常人なら通用する誘導尋問もC.C.には効かず、その上惚れた弱みと云うべきか、C.C.を前にするとどうもにも自制ができなくなるのだ。
 淡く色づいた唇にすぐにでも喰らいつきたくて、胃の奥あたりがざわつく。
 顔を傾けながら近付けると、女の瞼はゆるゆると落ちた。警戒心のない貌は幼く見える一方で、密生した睫毛の長さに際立つ陰影が艶を纏っている。そのまま唇の感触を味わってもよかったのだが、捨て去るには早すぎた理性が待ったをかけた。
 キス待ち貌を間近で堪能しながらC.C.の首筋に指を這わせる。狙いが定まった状態で3秒ほど間をとって、しかし手は唐突に叩き落とされた。
 チッ、気付いたか、とルルーシュは内心で舌打ちする。
 なんてことはない、脈を測っていたのだ。
 動揺している証拠を欲した結果の行動。敏い女のことだから気付くとは考えていたが、想定よりも幾分早かった。これでは正確な判断など下せるはずもなく、ルルーシュは肩を竦める。
 一方、プイとそっぽを向いたC.C.はルルーシュから距離を置こうとした。それを阻止するべく、ルルーシュは細腰に腕を回して額を合わせる。


「期待したのか?」


 途端にC.C.の貌から感情が失せた。これはその実、動揺を悟られないが為の自衛行為だ。それが無意識なのか意識的なのかまでは定かではないが、無表情の理由を悟ってからは不安に駆られることもなかった。
 実にC.C.らしいと思うし、ある意味解りやすくて愛おしい。

「見つめられると困るんだったな」

 ルルーシュが笑いながら云えば、キスせずに散々焦らした理由や脈を測った理由を知ったらしいC.C.は眉を顰めた。
 呆れているのだろう。眼を逸らしたC.C.が「お前は・・」などとブツブツ呟いているのが聞こえる。ルルーシュはさらに顔を近付けて視線を引き戻した。

「C.C.?」

 やさしい囁きは、しかし最後通牒と同じである。
 わずかに瞠目したC.C.はしばらくしてから諦めたようにルルーシュの首へ腕を巻きつけて、唇をチュッと押し付けてきた。
 そして云うのだ、ほんのり潤んだ瞳で。


「・・・・意地の悪い男はキライだ」


 つまり、キスするなら早くしろ、という催促。
 捻くれたおねだりに聞こえなくもないが、C.C.の様子と、何より相手がC.C.だという事実を鑑みれば、胃の奥を擽られるようなもどかしい歓喜と奮い立つような優越感が湧いてくるのだ。
 歌詞の内容についてC.C.本人からの否定はなかった。ということは肯定でいいのだろう。 ここでさらに追及することは可能だが、折角C.C.の方から誘ってきたことであるし、ここ最近はバンドの練習でふたりきりになる時間が極端に減っていたものだから、何よりルルーシュの我慢が限界に近かった。
 詳細を探るのは一旦保留ということでこの件は強制終了する。

 今はただ、愛しい女を甘く酔わせることにのみ集中することにした。






『ホントノキモチ』

CODE BLACKのブックレットネタでした。


2013/ 8/21 up