告白の日 side:L クラブハウスに戻ったルルーシュは人目にも明らかに苛立っていた。 まったく、ミレイも碌でもないイベントを考えてくれたものである。 何かの嫌がらせかと疑いたくなるような勢いで押し寄せたバラは一度すべてシャーリーに引き取ってもらったというのに、その後の1時間でふたたび両手に抱える程に増えてしまった。 いや、一度リセットしたからこそ気兼ねなくバラを渡せた者もいたのだろう。前半と比べて後半はおとなしそうな子が多かった。 そのためなのか、男子生徒が告白に使うバラは紛れていない。 アレがある所為で会う人会う人ギョッとした貌をするものだから、いい加減辟易していたルルーシュは、その点に関しては胸を撫で下ろしたのだが。 どちらにせよ迷惑以外の何物でもない。 そもそも午後の授業を潰してまで行わなければならないイベントなのだろうか。 そんなことを考えるルルーシュの機嫌は、貴重な睡眠時間もしくは騎士団の作戦立案時間を削られた不満も相俟って非常に悪かった。 ナナリーがこのふざけたイベントに巻き込まれなかったことが唯一の救いである。 ミレイからイベントの概要を聞かされた時点で、ルルーシュはイベントの日程とナナリーが月に一回通っている病院の日とを合わせた。 中等部には独立した生徒会があるため、通常であれば中等部の学生が高等部のイベントに参加することはない。 ・・・が、高等部の敷地内にあるクラブハウスに住んでいることが災いしてナナリーだけ特別参加することも少なくなかった。 そこで、かわいい妹がどこの馬の骨とも知れない男子から迫られる場面を想像しただけで気分を害したルルーシュが意地になって両者の日程を合わせた、というわけである。 そのナナリーはまだ病院から戻っていない。 つまり荒々しい態度をとっても心配を掛けたくない相手は不在というわけで、ルルーシュはいつもより大きな足音を立てながら自室へと戻った。 自動で開く扉も、両手が塞がっているこのときばかりはありがたい。 不本意ながら同居している女は足音でルルーシュの帰宅を悟っているだろうに、部屋の主を出迎えるということを知らない。 今日も今日とて、何とかのひとつ覚えのようにベッドに転がっている。眠っているわけではない。 その証拠に「おかえり」とだけ形式的に投げられた言葉はルルーシュに向けられたものだ。 視線すら寄越さない横着な女である。 とは云え、愛嬌たっぷりで出迎えられても気持ち悪いと思うだけだと判断したルルーシュがそのことでC.C.に文句を云った事実はないし、これからも云うつもりはなかった。 それよりも目下の問題はこの大量のバラの処分についてである。 咲世子が居ればそれなりに活けてくれただろうが、彼女はナナリーに付き添っているためクラブハウスを空けている。となるとルルーシュ自ら活けるしかないのだが。 時間が惜しいとルルーシュは思った。 騎士団の中には幹部と呼ばれる連中もいるが、彼らも所詮は駒のひとつであり、組織として機能しているのは偏にルルーシュの頭脳に依るところが大きい。 作戦計画、役割分担、パターン計算、シミュレーション、誤差修正、作戦決行の判断など、 ひとつでも狂えば対ブリタニア戦力を大幅に欠くことになり、ひいてはルルーシュの、最悪の場合ナナリーの命までもが危うくなるのだ。 危険な橋を渡っているのは承知の上だが、それを少しでも回避できるのであれば入念な下準備に時間を割かないはずがない。 だから、たかがバラ程度に時間をとられるのは不本意だった。 とりあえずバケツか何かに突っ込んでおいて、あとは咲世子に任せよう。そう判断したルルーシュがとりあえずバラを机に置こうとしたところで、ふと気が付いた。 強い視線を感じる。 見遣ると、C.C.がベッドからじっとルルーシュを見つめていた。 いや、正しくは『バラを』、か。 「・・・・・・・・・・なんだ」 無視したかったが、意図的にC.C.を視界に入れたことはバレているため無視もできず、苦し紛れに声を上げる。 疾しいことなど何もないはずなのに、何故か背に汗が伝うような感覚を覚えた。 それなのにC.C.はルルーシュと視線を合わせず、淡々とした口調で「かわいそうだ」と云う。 「は?」 「そのバラ」 やはりC.C.が気にしていたのはバラだった。・・・が、気にする意味合いが他とは異なるようだ。C.C.はイベントの詳細を知らないのだから当然と云えば当然なのだが、 どんな言葉が飛んでくるのか全くの未知数のためルルーシュも遣りづらい。 無意識のうちに身構えていると、C.C.はサラリと云い放った。 「萎れている」 「え?」 見ると、確かに花弁の力がないような気がする。切りっぱなしの茎に水も含ませずそのままの状態で長時間持ち歩いていたのだから当然の結果だ。 しかしルルーシュは別段かわいそうだとは感じなかった。だからこそ見えたC.C.の意外な一面。実は思いやりに溢れているのではないかと勘繰ってしまうくらい、それは心に強く残った。 そんな眼で見ればいつもの無表情にも感情があるように見える。 ( 瞑目して軽く首を横に振る。それからルルーシュは芽生えかけた不確かな感情ごと切り離すように、手元の面倒事をC.C.へと押し付けた。 「そんなに云うのなら、お前が何とかすればいい」 小柄な女が抱えるとますます嵩が増したように見えるバラの束。 僅かながらも目を瞠るC.C.に、少しは胸がすく思いを味わった。 「花瓶はバスルームの洗面台の下にある。ナナリーと咲世子はしばらく帰らないが、20分以内で戻ってこい」 云いながらルルーシュは詰襟のホックに手を掛ける。 面倒事が離れた今、これで気兼ねなく騎士団の作戦立案に着手できる。 一分一秒の時間が惜しくて、制服の上着を背に掛け、パソコン端末を起動させようとした、まさにそのときだった。 透明な声色の中にほんの少し苛立ちを混ぜて、C.C.から名を呼ばれたのは。 「活けてやるのは構わないが、花瓶はお前が持ってこい」 ハサミも忘れるなよ、と続けられて、ルルーシュは奥歯を噛み締めた。 前言撤回、なにが思いやりに溢れている、だ。ベッドの上でふてぶてしい態度を崩さない女に溜息が出る。 しかし任せてしまった方が楽なのは明らかであるため、ルルーシュは無言で扉を目指した。 ここで云い争う時間が惜しい。どうせ云ったところで主張を変えるような女ではないし、終いにやる気を喪失されたりでもしたらそれこそ時間の損失だ。 どこまでモノグサな女なんだ、と内心で悪態を吐くのはもはや条件反射で、それでも喉の奥に留め 「ルルーシュ」 その手にあるのは、深紅のバラ。 「何故これだけ短いんだ?」 ルルーシュが動きを止めている間に、ソレはワイシャツの胸ポケットへと納まった。 今度は別の意味で固まる。 しかし思考は目まぐるしく動き続けていた。コイツは何の意図があってこんな真似をしたんだ、と、いくら考えても出るはずのない答えを求めて。 「・・・ルルーシュ?」 目の前でゆっくりと瞬きを繰り返す女は、学園の生徒ではない。つまり今回のイベントに関しては何も知らないはずなのだ。その証拠に、C.C.は一輪だけ茎が短い理由を訊いた。 それが男子からの告白に使われ、場合によっては女子からの返事に使われる事実を知らないということだ。そこまではいい。 では何故C.C.はバラをルルーシュの胸に挿したりしたのだろうか。 ただの気まぐれだろうか。 確かに理解に苦しむ行動を起こす女ではあるが、真に無意味な事をするとも考え難い。まさか、とルルーシュは思考を巡らせる。 C.C.はああ見えて何百年と生きている自称魔女であるから、中世ブリタニアにおける『花を贈る』行為の理由そのものを知っているということはないだろうか。 「・・・・・・・・」 たとえ知っていたとして、そういう意味でルルーシュがバラを渡したとC.C.が考えるはずがない。 肯定の意を返すなど、さらに考えられない。 そういう意味でルルーシュを好き、など 「ルルーシュ?」 ふわりと小首を傾げた女の、やわらかな蜂蜜色の瞳がさらに近づく。吸い込まれそうなくらい大きな瞳にグラリと視界が揺れて、ルルーシュは咄嗟に眼を閉じた。 誤魔化すように踵を返す。 動揺したことをC.C.に悟られたくなかった。 思考を止められないルルーシュにしてはめずらしく、何も考えてはいけないと、ただそれだけを思って部屋を出る。 それ自体が異常事態であるのに、そうと解っていて蓋をしたのだ。湧き上がりかけた感情も矛盾も、すべての蟠りを追いやるように。 ただ、厚顔無恥な女が手ずから挿した華を取り去ることなどすっかり失念して、その胸に真紅は美しく咲き誇ったままで。 何かの間違いで目撃した学生伝いに『ルルーシュくんに両想いの恋人ができた』などと翌日から噂されることになろうとは露とも知らず、 当の本人は相当の渋面を浮かべたまま、ひたすら足を動かし続けた。
『告白の日 side:L』 2013/ 8/ 2 up |