dramatic night




 二人旅を始めてから一番上達したことは、と問われれば、火の扱いだと答えるだろう。それくらい火は旅に欠かせないものになっていた。
 放浪の旅人にとって非常にありがたい山小屋。たとえ隙間風が吹き込もうと、夜露を凌げるだけで天と地ほどの差がある。山小屋に残されていた薪が多少湿っていても 工夫次第で火を熾すことくらいどうにでもできる自信がついた。
 火は偉大だ。
 暖をとれるだけでなく、光源としても重宝する。
 電灯よりも暖かい色合いの明かりがC.C.の頭を照らし、ルルーシュを此処に繋ぎ留めていた。
 煤けた暖炉の傍らで直接床に座り、立てた両膝の間にC.C.を抱えている現状。ルルーシュのコートに包まれてC.C.はよく眠っている。ブランケットは外套よろしくルルーシュが 被っているため、振り返って背後を見れば歪な塊がひとつ、炎に合わせて揺らめき踊っていることだろう。


 ルルーシュは重苦しい溜息を吐いた。


 胸に預けられた頭部の重みは心地よい。だが同時に、唾棄すべき欲が込み上げてくる。C.C.が一部でも視界に入るから意識してしまうのだと、 試しに目を閉じてみたりもしたけれど、掌で受け止めるやわらかい身体を余計に感じてしまって逆効果だった。
 こんな状況で、ありえない。
 しかしルルーシュは今、確かに欲情していた。
 眠ってしまえれば楽なのだろうが、火の番をしているためそれも叶わない。今にも女の身体をまさぐり出しそうな両手を拳にして耐える、そんな自身に不信感さえ覚えた。
 たった一晩だ、想いを遂げたのは。それももう数日前のこと。なのに、身体があのときの熱を持て余しているように疼く。
 真面目に危機感を覚えたルルーシュはC.C.を引き剥がそうとした。しかし、鼻に掛かった声を漏らしながらC.C.は擦り寄ってくる。なるほど、ハニートラップというのは あって可笑しくない戦術だったのか、などと此処で初認識してどうする・・、と自身にツッコミを入れて、ルルーシュは思考を切り替えようと試みた。
 忙しなく脳を回転させ、フレイヤ・エリミネーターの演算理論とシミュレーションの記憶を反芻してみる。が、実際の数値入力が伴わない、云わば『おさらい』など、 所詮数学の公式を教科書の上でなぞっているのとそう変わらないのだ。そんなもので煩悩が祓えるわけもなく、ルルーシュは仕方なしに旅の目的地に想いを馳せることにした。


 ギアス教会        あくまで目的地であって終着点ではないその場所。C.C.のヴィジョンで見た外観は石造りの立派な建物だった。
 C.C.の中で最も思い入れがあるのは聖堂だろう。幼き日の彼女が救われ、そして絶望した場所。原型を留めているのがベストだが、 あれだけの大きさを誇る建物ならば基礎はしっかりしているだろうし、たとえ焼き払われていたとしても痕跡くらい残っているはずだ。
 ルルーシュとしてもC.C.の思い出の場所に興味はあった。
 しかし、あくまで興味だけだ。ルルーシュが用があるのは地上ではなく地下である。


 存在が知れる恐れのあるときなど、ギアス嚮団は事あるごとにその拠点を変えてきたという。
 もちろん、嚮主が変わるときも。
 V.V.が嚮主になってからは中華連邦に移ったが、かつてC.C.が嚮主であった頃はブリタニアに拠点があったとC.C.本人から聞いた。 しかも広大なブリタニアの地を2回移動したというのだから驚きだ。
 嚮団はコードとギアスの研究機関であり、戦闘に特化しているわけではない。歴史的に見ても迫害される側の集団であるため、新たな拠点を作る際には急襲されたときの脱出を 一番に考慮するのだという。ルルーシュが嚮団殲滅に成功したのはナイトメアフレームの機動性と火力が勝った結果であり、それでもあと3分早くジェレミアの裏切りに 気付かれていたらV.V.を取り逃がしていたかもしれない。それほど嚮団の結束は固く、技術も高かった。
 嚮団を殲滅したとこを悔いてはいない。
 殺した構成員はほぼ無抵抗だったらしいが、人外の力に魅せられ無為にギアスユーザーを増やしては研究対象としていた悪趣味な輩であったことを思えば、処分されて 然るべきだったという結論に今でも行き着く。それを理由に“殺人”を正当化したいわけでもなく、死者に礼を尽くし丁重に埋葬したことで免罪を求めているわけでもないが、 嚮団によって生み出されたギアスユーザーに運命を狂わされる人がいなくなることが一番重要なのだ。
 もう力は要らない。
 ブリタニアに対する切り札のひとつとして欲した嚮団の力は、新しい世界に必要のないものだ。
 もちろん今のルルーシュにも。


 しかし、嚮団の研究データだけは特別だった。


 何があっても後悔だけはしないと矜持を持って生きてきたルルーシュだが、研究データの消失だけは後悔に値すると認めてもいい。
 自らが負った、そして愛した女が負ったさだめについて、少しでも知りたいと思う。
 たとえコードを封印したり消し去ることができないにしても、絶対的な未知のままにしておくのは性に合わない。
 だから少しでも情報を得ることを目的にルルーシュはギアス教会を目指すのだ。
 先代C.C.が嚮主であった頃、ギアス教会の地下にあったという嚮団の跡地を調査するために。


 C.C.が地下の存在を知ったのは、コードを譲渡され嚮主に祀り上げられた後だったという。
 ルルーシュがその話を聞いたのは、発現前のコードの存在を知り、今後姿を隠しつつどこに留まるかC.C.と相談していたときだった。 あのときは有益な情報を得られるかもしれないと淡い期待を抱いたが、施設が放棄される際は機密保持のため徹底して痕跡を消すらしく、 実際は情報どころか施設跡すら認められないかもしれない。
 しかし、データの電子化により常日頃から情報を一括で管理している、しかも持ち出しや消去など簡単に行える現代ならともかく、ギアス教会が放棄された時代は羊皮紙や パピルス、もしくは紙が記録媒体の主流だった。よって一度に運べる量など高が知れており、覚書のひとつでも残っているのではないかとルルーシュは考えるのだ。
 可能性がゼロでないならば、確認する価値はある。
 ルルーシュにとって完全に未知なる地であるギアス教会。不安がないと云えば嘘になるが、回転の速い頭脳は健在であるし、死とは縁遠い存在になった上にC.C.も一緒なのだ、 何とかならないはずがない。
 ・・・と、ここでルルーシュはもう一度深く溜息を吐いた。
 コードを継いだにも関わらず、ルルーシュにショックイメージや記憶のバックアップのような特殊能力が備わった気配はない。 元来自分の能力で生活に不便することはなかったし、祖国への反逆だってギアスを手に入れる以前から成し遂げる算段がついていたし、この旅中でも特殊能力に頼らなければ 切り抜けられないような危機に遭遇しなかったことが原因かもしれないが。
 それでもC.C.にCの世界があるように、ルルーシュにも固有世界があるのは違いないだろうに、その気配を掴むことすらできないのだ。 ・・・いや、固有世界の様相になど別段興味はないのだが、野宿     特に雨だったり霜が降りる寒い夜に避難する場として活用できればと思う。
 ちなみに媒介なしでCの世界へ行けるのは精神体のみであり、肉体を伴ったままCの世界へ行くには転移装置が欠かせない。
 嚮団の中心部や神根島の古代遺跡にあった巨大扉。あれを介さないとC.C.ですら奴隷だった頃まで記憶が退行してしまうのである。 それでは避難所代わりとして使えない。仮にC.C.だけ避難したとして、ギアスに出会う前のあの純真無垢な少女と二人きりにされるのは絶対御免だった。
 それこそ扱いに困る。
 今だって充分持て余しているのに。


「・・・・・・」


 巡りめぐってそこに戻ってきたことに気付き、ルルーシュはガクリと項垂れた。
 本当に調子が狂う。
 出会ったばかりの頃から調子を狂わされてばかりだったが、最近は特に顕著だ。生まれて18年の魔王と数百年の時を生きた魔女とでは魔女の方が一枚上手でも当然なのかもしれないが。 それでも余裕があるところを見せたいと思うのは男のプライドなのだろう。今更だな、とC.C.に鼻で一笑されたとしても、だ。
 暖炉に新たな薪を投げ入れながら、ルルーシュは今晩何度目かの溜息を吐いた。
 C.C.の身体はとても温かい。しかし、以前の自分はそれを知ろうともしなかった。
 仮に知ってしまったとして、未来は変わっていただろうか。
 ナナリーに固執するあまりに犯した過ちは多い。それと同じことをC.C.で起こさなかったと断言はできないのだ。こんな男ではC.C.を幸せにできないのでは、などと腰抜けのようなことを 云うつもりは毛頭ないが、相当厄介な女に惚れてしまったことは確実だった。


(・・・・・・・・重症だな)


 C.C.にここまで傾倒するなんて。
 というか、ここまで身体の繋がりを欲するようになるとは考えてもいなかった。
 抱かない方がよかったとは思わない。それはまったくの逆で、確たる絆を目に見える形で手にした安堵感はこの上なく心と身体を満たした。“コイツは俺の女だ”と、今なら 気恥ずかしくもなく云える。もっと大切にしてやりたいと思う。調子のいい話かもしれないが、それが事実なのだ。
 だから、忌むべきは欲を御しきれない自分自身なのだとルルーシュは解っている。
 理性で行動を制御できるのがヒトと他の動物との最大の違いだ。ヒトではなくなった今でもルルーシュはヒトとして在りたいと思うし、理性的であって然るべき存在であると 自責している。
 食欲・睡眠欲をコントロールできて、性欲をコントロールできないことなど、あっていいはずがない。
 ルルーシュは大きく息を吸う。
 そして身体の熱を逃がすために息を吐き出した、そのときだった。鈍い音とともに、顎の下に激痛が走ったのは。
 意味を成さない呻き声を上げるのと痛みの原因を理解したのは同時だった。
 頭突き。完全に意識の空白を狙った犯行だ。舌こそ噛まなかったものの、一歩間違えば大怪我していた状況と痛みに耐えかねてルルーシュは怒鳴る。


「痛いだろうが!」
「それはこちらの台詞だ!」


 しかし、打てば響く速度で返ってきた言葉の内容に驚いた。
 どこにそんな馬鹿力を隠していたんだ、などとブツブツ文句を云うC.C.は上腕をさすっている。その動きはどこかぎこちなく、もしかしなくてもルルーシュが羽交い絞めにしていた ことを物語っていた。


「・・・・・・・」


 まったくの無自覚だった。
 自らの衝動を抑えつけようとして、まさかC.C.を抱く腕に力を込めていたとは。


「・・・まだ痛むか?」


 そう云いながら繊細なガラス細工でも扱うような手つきでそっと腕に触れると、毒気でも抜かれたようにC.C.の貌から険が取れ、肩の力も抜けた。「いや、大丈夫だ」と返す、その語調までもが 弱々しい。訝しく思ったルルーシュが名前を呼ぶと、沈んだ面持の女はゆっくりとルルーシュに視線を合わせてから唇を開いた。


「お前こそ大丈夫か?」
「え・・」
「何か・・・お前が思い詰めるような何かがあったのだろう? ナナリーのことか、スザクのことか・・・それともゼロ・レクイエムで遣り残したことでも見つけたか?」


 暖炉の炎を背負ったC.C.の顔は、しかし不思議とはっきり見えた。
 一言で表すならば、不安。この世界にひとり取り残されることを恐れているような、そんな類の。


「なっ、・・違う!」


 C.C.が何を懸念しているのか悟ったルルーシュは否定の言葉を口にしていた。しかしC.C.の心情を汲むことに長けていなかった過去が災いしてか、言葉の上辺を否定した だけと受け取られたようで、C.C.の表情が和らいだ様子はなかった。
 掴みどころのない焦りがルルーシュをじわりと苦しめる。
 だが正直に理由を話すこともできず、「・・・そうじゃない」としか云えなかった。暴れたはずみで床に落ちたコートを無言で肩に掛けてやると、C.C.の白い手が裾を握り締める。




      ああ、それとも私の魅力にやられたか?」




 C.C.がわざとらしく調子を変えて揶揄するような響きを持たせたのは解っていた。
 たぶん、耐えられなかったのだろう。ルルーシュの口から何が語られるのか。その、云い淀む理由を深読みして。     と、そこまで察したのはいいが、 まさか理由を云い当てられてしまうとは想定外だった。
 じわ、と体温が上がる。
 さらに最悪なことに熱は顔へと集中し、頬と云わず耳の辺りまで赤くなっていることは想像に難くなかった。
 その証拠に、C.C.が眼を丸くしている。
 つられたように頬を紅潮させて狼狽え始めた女を直視していられなくて、ルルーシュはさり気なく視線を外した。
 暖炉の弱い炎は山小屋の隅々まで照らすことはなく、積まれた薪や藁、使えるかどうかも不明な鍋や空き缶などガラクタの塊をぼんやりと浮かび上がらせている。別段意味があっての観察ではなかったためすぐに気まずくなって 砂を噛むような気分を味わっていると、適当に放り出していた手にやわらかいものが触れた感覚があった。
 眼球の動きだけで捉えると、C.C.の手が重なっていて。
 その白い手を引いて身体を掻き抱きたい衝動を何とか抑え込み、ルルーシュは平静を装った。


「何だ」
「・・・あそこがいい」
「は・・?」


 C.C.の視線を追うと藁の小山が視界に入った。
 今度こそ意図が読めず、ルルーシュは頭上に疑問符を浮かべる。そのままの間抜け貌で再びC.C.を見遣ると、ほんのり頬を染めた女は伏し目がちだった瞼をゆっくりと押し上げて ルルーシュを見上げた。
 琥珀色の瞳が少し潤んで、まるでとろりと蕩けた蜂蜜のようだった。




「床は、硬いからイヤだ」




 シンジュクゲットーで初めて出逢ったあの瞬間から、この瞳だけは純粋に綺麗だと思っていた。
 ある種、一目惚れに近いかもしれない。
 あのときの感動をうっかり思い出してしまったルルーシュは、C.C.が落とした発言を耳から脳に伝達するのにたっぷり12秒も使い切ってしまった。


「ッ、・・!」


 途端に頬の熱がぶり返す。
 別にこの場でもC.C.が床の硬さを味わわなくても済むやり方は幾通りかあって、しかし意外と知識の抽斗が少ないことや、そもそもそんなことを考えてしまう自分自身に動揺と羞恥を 覚えたルルーシュはさらに奥歯を噛み締めた。
 しかし身体は自然と動き、C.C.の手を取る。そのまま引いて腕の中に収めると、C.C.は身体の力を抜いて体重を預けてきた。


「またやせ我慢か?」
「違う。寝込みを襲う趣味がないだけだ」
「だったら起こせばいいだろう?」


 クスクスとC.C.は笑う。
 もっともな指摘だが、実行するにはプライドが邪魔をして実現することはないだろう。うるさい、と呟いたその響きが拗ねているように聞こえたものだから、ルルーシュは余計に 機嫌を損ねた。それを解っているだろうに、C.C.は追い打ちをかける。


「それで? 私は寝てしまってもいいのか?」


 正直な話、イラッとした。
 しおらしい面を見せたかと思ったら、すぐにこれだ。
 数百年もの間たったひとりで生き抜いてこなければならなかったC.C.の、もはや習性のようなものだが、負けず嫌いではルルーシュも劣っていない。




「いつまでも余裕でいられると思うなよ」




 細い身体を抱く腕に力を込めながら下剋上を堂々宣告すれば、しかしC.C.は反発することなくルルーシュの背に腕を回してくる。
 “受け入れられている”という実感。
 大声では云えないけれどこっそり嬉しくなったルルーシュは、夜が明けるまでの間どうやって過ごそうかと考え始めた。












『dramatic night』




2013/ 1/29 up