Famiglia


 そんな予感はしていた。
 なにせ相手は『他人を無闇矢鱈と焚き付けるくせに自分は完全に傍観役に徹して高みの見物を決め込む』という、非常に厄介な性格の母マリアンヌなのだ。だから予感と云っても超感覚的な閃 きなどではなく、これまで彼女の息子として生きてきた18年間の経験から予見したと云ってもいい。
 幼いころは彼女のことを理想の母親と信じて疑いもしなかったけれど、友好関係が広がり様々な価値観の他人と時間を共有するうちにルルーシュの世界も広がり、母親の、大人としてまったくダ メな部分も見えてきたりして、反抗期には多少反発したりもした。それでも『大人だっていつまでも半人前だ』と考えられるくらいにルルーシュも大人になり、最近ではマリアンヌの破天荒な性格にも諦めがついている。
 だから予定日時を大幅に変更して早く帰宅するのではと考えてはいたのだ。
 が、しかしそうは云っても、クリスマスイヴが明けた朝早くに年頃の息子の部屋へ突撃してくる親がいていいだろうか。
 確信犯のくせに「あら? あらら? そこに居るのはC.C.かしら?」とニンマリ笑む諸悪の根源。
 この騒ぎにもまったく目を覚まさず、隣でぬくぬくと惰眠を貪る女を掛け布団の奥に隠しながら、ルルーシュは本気で頭を抱えた。





「だから、アイツの部屋の空調が故障したから俺の部屋で寝ただけの話です」

 慣れた手つきで紅茶を淹れながらルルーシュは答える。
 アーリー・モーニングティーは男性が淹れるものよ、などとマリアンヌが云うものだから仕方なくルルーシュは従っているが、紅茶を淹れるのはいつだってルルーシュの役目なのであまり意味のない戯言だ。
 ティーカップを前に置くとマリアンヌは優雅な手つきでカップを持ち上げた。

「嘘吐きは泥棒の始まりよ?」
「メリットのない嘘を吐くはずないでしょう」
「ふぅん?」

 疑いを隠そうともしない声色はルルーシュの神経を逆撫でしたが、挑発だと知っていて敢えて乗る必要はない。
 というか今回ばかりは本当に話したままが真実であるため、白状のしようがなかった。
 マリアンヌに促されてダイニングに下りたルルーシュは、やはり昨日の出来事について根掘り葉掘り訊かれた。特にマリアンヌのセッティングでふたりきりになったものだから、C.C.との仲は進展 したのかだとか、関係を持ったのかだとか、とにかく訊かれたくないことばかり尋ねられていい加減うんざりしている。
 C.C.がルルーシュの部屋を訪れたのは風呂も済ませた夜遅く。仮にエアコンを直せたとしても埃を浴びて風呂に入り直すのが面倒だったものだから、明日業者を呼べばいいくらいの軽い気持ち で、本当に空調が故障したのか確認してはいない。
 ちなみに空調が壊れたというのは建前で、ルルーシュとしては昼間観た映画が一番の理由ではないかと踏んでいるのだが。
 映画本編開始前に長々と流れるCM。その中に季節外れなホラー映画の宣伝があった。
 本人は隠しているつもりかもしれないが、C.C.はホラーが大の苦手だ。気弱な性格を改めるときに大部分は克服したが、ホラーだけはどうにもならなかったらしい。ルルーシュでさえ胃の奥がゾ ワッとする素晴らしい映像技術と絶妙な編集によって恐怖心を存分に煽る代物に仕上がったその予告は、C.C.を震え上がらせるのに充分すぎた。
 映画本編中に引きずっている様子はなかったのでルルーシュは安堵していたが、あの手の恐怖というのは静かな空間で独りになったときに甦るものだ。
 そして怖いと思ってしまったが最後、馬鹿げたことだと解っていても恐怖は治まらないもので。
 結果、C.C.はルルーシュの下に転がり込んできた。
 あのときC.C.に他意はなく、家に居るのがルルーシュしかいなかったから部屋に来ただけだと解っている。その証拠に、C.C.が部屋に来てからしたことと云えば適当に言葉を交わしながらチェ スをしたくらいで、しかも安心したのかC.C.は勝負の最中早々に船を漕ぎ出して完全に眠ってしまった。そこで仕方なくC.C.をベッドに運び、ルルーシュも隣に潜り込んで就寝した、というわけである。
 スザクあたりに知られたなら「君、本当に男かい?」と真顔で訊かれそうだ。が、そういうスイッチが入る前であったし、過去2度味わった生き地獄に比べれば桁違いにマシだった。むしろやわらか くあたたかい女は湯たんぽ代わりに丁度良く、おかげで熟睡できたくらいである。
 ルルーシュが何も云わずに紅茶の世話をしていると、何を判断の決め手としたのかは不明だが、マリアンヌはルルーシュの言を信じることにしたらしく呆れ顔で肩を竦めた。
 勝手に家を空けて勝手に帰ってきて、そんな貌をされるのは非常に心外である。

「んもう、早く孫の顔を見せて頂戴」
「貴女方の我儘に俺を巻き込まないでください」

 というかルルーシュがまだ学生だと認識しているのだろうか。
 なかば諦めの境地でそろそろ目を覚ますであろうC.C.の朝食の準備に掛かっていると、マリアンヌは「C.C.を起こしてくるわ」と、語尾にハートを飛ばしながら席を立った。どうせルルーシュのベッ ドで寝たことをネタにC.C.を弄り倒すつもりなのだろう。思わず溜息とともに本音が零れた。

「一体何のために帰ってきたんですか」

 答えなど期待していない独り言。しかしドアが開く前にマリアンヌはクルリと振り返った。
 細められた目に揶揄の色はなく、ただ慈悲に満ちている。

「あら、クリスマスは家族で過ごすものでしょう?」

 シャルルもお昼の便で帰ってくるわよ、と嬉しそうに云うマリアンヌにルルーシュは面食らう。
 帰ってくる? 親父が? 昼の便?
 言葉を失うルルーシュを尻目に、いつだって唐突な母親はナナリーが帰ってきたらパーティーの準備をすると云い置いてドアの向こうに姿を消した。まるでスキップでもしそうな軽やかな足取り だ。いつまで少女気分なんですか年齢を考えてください、とは怖ろしくて云えた例はないが。
 夏の長期休暇にこちらへ来たシャルルとの喧嘩はいまだ決着がついていない。だが気まずさを覚えるのはルルーシュばかりで、シャルルは大量の土産を携えて上機嫌で帰ってくるのだろう。
 正直ウザい。
 それでも切れない縁もあるのだ。

「家族、か・・・」

 その中にしっかりとC.C.が含まれていることに安堵し、一方で一体いつになったらC.C.とふたりきりでクリスマスを祝うことができるのか、一抹の不安を抱く。
 とりあえず目下の問題は食糧が足りないことで、父親が帰る前に買出しに行かなければ、とルルーシュは算段を立て始めた。






『Famiglia』

『Ti Amo』の翌日話


2013/ 1/ 7 up