twinkle twins 地面からゆらゆらと立ち昇る熱が見えるような、そんな暑い日だった。 昼食時。 夏休み中のキャンパス内はただでさえ閑散としているというのに、この暑さで誰も外に出たがらないのか、人影は疎らだ。目が眩むような陽射しを受けて目を細めたルルーシュは、 また一段と歩調を速めた。 向かう先は大学生協の購買だ。 教授に呼ばれて来て、たまたまゼミの演習室に寄った。そこでホワイトボード用のペンがすべて処分済みであったことに思い至らなければ、そして、そこで補充しておくかなどと 親切心を発揮しなければ、少しでも暑さを回避できたものを。 煩わしく思いながら、それでも途中放棄しないのがルルーシュらしいところである。 迫力ある蝉の大合唱を頭上に従え、ルルーシュは往く。 そしてふと前方に捉えた後姿に、一瞬本気で呼吸を忘れた。 「 呼ばれた長身の男が振り返る。その顔の造形も、髪や瞳の色彩も、ルルーシュとまったく同じだ。 もう一人の自分。自分を映す鏡。 しかし絶対的に違う人間である、双子の兄。 同じ大学に通っていても学部が違えば偶然会う機会は少なく、2年になって学部での講義が中心となってからは顔を見るのも久しぶりだった。・・・と云っても、兄弟仲が悪いわけでは 決してない。親元を離れ、部屋を借りる際にそれぞれ別の場所を選んだのは学部への近さとか生活圏の問題とか、そういった理由があったからだ。 だが、ルルーシュの眼は今、確実に殺気を放っていた。 ゼロ本人に問題があるわけではない。 ゼロが連れている人物に問題があった。 「お前・・・何をしている?」 ゼロに寄り添っている女。 艶やかな新緑色の髪と愛らしい顔立ち、そして琥珀色の大きな瞳が印象的な、ひとつ年下のソレ。 よく知る女のはずなのに見覚えのない白いワンピースを着て、ひどく困惑した貌をしている。怯えた眼でルルーシュを見て、逆に縋るような眼差しでゼロを見上げるのが、 余計にルルーシュの中のドス黒い感情を煽った。 あれだけうるさかった蝉の鳴き声が遠く感じる。 気分が悪いどころの話ではない。 記憶が正しければ、この女 初めはいけ好かない女だと思った。 教授の覚えめでたく、1年のくせにちゃっかりとゼミに参加し始めた女。生意気で遠慮を知らず、ルルーシュと辛辣な言葉の応酬を繰り返すこともしばしばで。 それでも、自然と惹かれていったのだろう。 他のゼミ生とも馴染んだ彼女は飲み会や行事にも声が掛かるようになり、当然のように呼ばれた先日の花火大会。そこでルルーシュは 遅れてきたC.C.を集合場所で待つ役を押し付けられた。 携帯電話が普及しているこのご時世なのだから、場所取りをした位置が判らなければ電話を掛けさせればいいとルルーシュは主張した。なのに、可愛い女の子がひとりで うろうろしていたら危ないから、と先輩から説得されて、思いきり不本意ながらも仕方なく引き受けたのだ。 約束の時間から遅れること30分、ようやくC.C.と合流できたところまでは良しとしよう。 しかしどうにも人込みが多くて他のゼミ生が居る場所まで移動できず、結局C.C.とふたり、道端で花火を見ることになった。 きれいだった。 もちろん、花火が。 しかし見入って眺めていたら、花火の合間に声が聞こえた。すまなかった、と。まさか届くと思っていなかったのか、見下ろすとC.C.は気まずそうに顔を背けて。 集合時間に遅れてみんなと一緒に花火を見れなかったことを謝っているのか、それとも今までの不遜な態度を謝っているのか定かではなかったが、しかし意外な一面に ドキリとして、眼が合った瞬間に落とされた。 ゆっくりと身を屈め、唇同士を軽く触れ合わせてもC.C.は拒まなかった。 言葉すら挟む余地なく見つめ合う。 しかし尺玉が上がり、その大きな音と観客の歓声とにつられて一度空を見上げてしまえば、もうC.C.の顔を見ることができなくて。 今度こそルルーシュが気まずい思いを噛みしめていると、ふと肩に重みを感じた。 そろりと視線を下げると、そこにあったのは花火の輝きに合わせて煌めく若草色の髪で。C.C.が頭を乗せて寄り掛かってきたのだと知ったときから、それ以上焦ることはなかった。 花火が終わって、借りてきた猫のように大人しくなったC.C.の手を引いて部屋まで送り届けたその間も、ずっと。 好きだと伝えたわけでも、付き合おうと云ったわけでもない。 それでもあの日からふたりの間には特別な繋がりが出来ていた。 「何って・・・見ての通りだが?」 ゼロはしれっと云い放って女の肩を抱き寄せた。 驚いたようにゼロを見上げた彼女は頬を真っ赤に染め、しかし男の手を振り払おうとはしない。その反応にルルーシュはまた苛立った。 「・・ッ、そいつは俺の 今の関係を表現する言葉を持たないまま、ルルーシュは叫ぶ。 それは常であればあり得ないことだ。 しかし誰にも、たとえ双子の兄であってもC.C.を渡したくはなかった。ふたりがいつ知り合ったとか、関係の深さなど知ったことではない。 とにかく言葉を繋げようとルルーシュは息を吸い込む。 「ルルーシュ?」 だが、背後から耳慣れた声が響いた所為でルルーシュの主張は半端に終わった。 振り返れば、そこに居たのはこの瞬間も意識の大半を占める女で。 ドルマンスリーブのシフォンブラウスにデニムのホットパンツを合わせ、足を挫いてしまいそうなくらい高いヒールのミュールを履いた、よく見る格好のC.C.がそこに居た。 「・・・・・は?」 ドッペルゲンガーかと、一瞬本気で疑った。 しかし、傍から見れば自分もそう思われて不思議はない存在がいるのだ、と。そう気付いたのは、ワンピース姿の女が縋るような声で「お姉さんっ!」と叫び、C.C.に 駆け寄ったからだ。 まさか妹がいたとは。 しかもここまで似ているとなると、ルルーシュやゼロと同じように一卵性双生児だろう。 「どうした? ゼロに苛められたのか?」 「いいえッ、あの、ゼロさんはとても親切で、・・・でも、その・・」 眉尻を下げてそっと振り返ったC.C.の妹は、確かにC.C.とは雰囲気が異なる。 どちら様でしょう、と蚊の鳴くような声が聞こえて、ルルーシュは瞠目した。そういえば彼女には険しい眼しか向けていない。 気まずさに視線を逸らすと、人を小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべるゼロが視界に入った。お前、何もかも知ってて黙っていたな、とルルーシュが 非難を込めて睨み付けてもゼロは軽く流す。その一方で「コイツか? ・・・ルルーシュだ、ルルーシュ・ランペルージ」「この方がルルーシュさん?」と会話が聞こえた。 「私の双子の弟だよ」 肩にポンと置かれた手が鬱陶しい。払い除けて視線を戻すと、しかし琥珀色の無垢な瞳にじっと見つめられていたものだから、ルルーシュは一瞬辟易した。 先程の怯えは何処へやら。代わりに何か期待したようなキラキラとした輝きが宿っている。 一体どういう心境の変化だろうか。 「セラと申します。えっと、いつもお姉さんが大変お世話になっております」 そう云ってC.C.の妹は深々と頭を下げる。 ルルーシュの調子は狂いっぱなしだ。 顔はC.C.と瓜二つなのに、ここまで性格や雰囲気が違うと逆に戸惑う。よろしく、と握手を交わす、その感触も弱々しい。 「君はどうしてゼロと?」 「あ、・・ご、ごめんさない・・・ゼロさんには大学内を案内してもらっていて・・」 「私が頼んだのさ、ゼロに」 会話に割り込んできたのはC.C.だった。 妹を背に庇うようにルルーシュとセラの間に立ったC.C.は、ルルーシュが何をしたわけでもないのに睨んでくる。この気の強さ・・・これこそ通常運転のC.C.だが、後ろでオロオロしている 妹と足して二で割ってほしいような気もする。 ルルーシュが呆れながら「見学か?」と訊くと、C.C.は大きく頷いた。 「今年受験だからな。・・・この子の名誉のために云っておくが、幼い頃この子は身体が弱くて入院しがちだったから、双子でも学年は私のひとつ下だぞ」 だから受験浪人ではない、と。つまりC.C.はそう云っているのだ。 そんなこと気にしていなかったからルルーシュは「そうか」とだけ返してサラリと流したが、C.C.はまだどことなく機嫌が悪そうだった。 ちなみに、ゼロとC.C.はゼロのバイト先で顔馴染みになったのだという。 C.C.がピザを偏愛していることは知っていたが、まさかゼロがピザ屋でバイトしているとは知らなくて、ルルーシュは本日何度目かの衝撃を受けた。 そんな心中など知る由もないC.C.は状況を端的に説明していく。 「それで、私が案内してやりたかったんだが、集中講義の申し込みが済んでいたからな」 「だからといってゼロに頼むことないだろう。云えば俺が・・」 「それはッ、・・・誰に頼もうか考えていたときに偶々ゼロに会って・・」 途端に狼狽えだしたC.C.を訝しく思っていると、妹の方がC.C.の背後から顔を出して申し訳なさそうに云う。 「ごめんなさいっ、私、ルルーシュさんはお姉さんの恋人さんだから好きになったりしません、って云ったんですけど・・」 それを聞いたルルーシュは呆気に取られた。 しかしそれ以上にC.C.が目を瞠る。「・・バっ、バカ! 違ッ・・・何云って・・!」と慌てるその顔は赤くなどないが、声がいつもより上擦っていた。 照れ隠し・・・なのだろうか。 違うと云われて、当然だがルルーシュはいい気分ではない。 「そうかC.C.・・・お前、ルルーシュと」 「だから違うと・・!」 「へぇ、違うのか」 「ッ!!」 わざとらしく冷めた声色で告げれば、C.C.は言葉を詰まらせてルルーシュを振り返った。 キリキリと糸を張りつめたような緊張が琥珀色の瞳に見て取れる。 次に出る言葉は否定か、それとも肯定か。C.C.のことだから沈黙というのも考えられるし、逆に質問し返されてもおかしくない。 次第に頬が染まっていく女をルルーシュはじっと見つめ続け、ゼロが「付き合っていられないな。私たちも行こうか」とC.C.の妹に手を差し出すところさえ視界に入れなかった。 なのに。 「近くにいいホテルがあるんだ」 「「はァ!!?」」 ゼロがとんでもないことを云い出したものだから、C.C.とまったく同じ奇声を上げ、これまたC.C.と同時に同様の引き攣った貌でゼロを見遣ってしまった。 しかし完全無視どころかふたりに意識の欠片さえ向けていない様子でゼロは続ける。 「プリンがとても美味しくてね」 「わぁ・・プリンですか?」 「ああ。ハンバーグオムライスやカレーも絶品だ。ピザは・・・あったかな」 「私、どれも大好きですっ」 「それはよかった」 滅多に見せない優しい微笑みを浮かべるゼロと、ぎこちないながらも年相応の笑顔を見せるようになったセラは、仲良く肩を並べて遠ざかっていく。 それを思わず無言で見送ってしまったルルーシュは、彼らの姿が小さくなった頃にようやく我に返ってC.C.の様子を窺った。 いまだふたりを追うC.C.の瞳。凪いでいるはずの双眸がどこか羨ましそうな眼差しを送っているように見えて、ルルーシュは小さく咳払いをする。 「俺たちも行くぞ」 「・・・・・ホテルに?」 「購買だッ! ・・ったく、どうせお前のことだから昼食を買いに出てきたんだろ?」 「そうだが・・・お前、本当に面白味のない男だな」 「うるさい」 評価がどうであれ、ゼロと比べられること自体が幼い頃から嫌いだった。それでも今、殊更強く反発心を覚えたのは相手がC.C.だからだろうか。 ただの厭味だと解っていて、ルルーシュは唐突に踵を返した。 もちろんC.C.が後から付いてくることなど計算済みである。 C.C.に残された昼休憩の時間も考慮して足早に歩いていると、いつの間にか蝉の鳴き声が鬱陶しさを取り戻していることに気が付いた。 どれだけ余裕を欠いていたのか思い知らされて、内心で舌打ちをする。 だが、それでも隣を見下ろせばそこに居る存在に、そっと安堵するのも事実なのだ。 振り返った先に誰の姿が見えなくても、それでいいとさえ思える程に。
『twinkle twins』 双子×双子パラレル 夏の陣 2012/12/ 5 up 2012/12/10 加筆修正 |