trick! trick! trick!




「お前、よく泣くなぁ」


 C.C.が呆れたように云ってしまう程の大泣きだった。
 彼女が腕に抱えているのはカレンの息子だ。
 もうすぐ1歳になる彼はとにかくもがいて母親に手を伸ばす。人慣れしていない上に母親が傍に居れば十中八九大泣きして母親に助けを求めるだろう。
 全然危なげもなく抱っこしているクセに、C.C.は早々に諦めて幼子を返そうとする。
 カレンは困ったように笑って我が子を受け取った。






 カレンが子どもを産んだのは、37歳のときだった。
 結婚はその5年前にしていたけれど、互いに仕事が忙しかったし、恋愛感情ありきの恋人というより何でも話せる親友というか気心知れた仲間だったというか、 夫婦になったというより家族になった意識が強かったからか、子どもをほしいとかそういった願望が薄かった。
 それが、まさか高齢出産に挑むことになろうとは。
 それでも旦那は喜んでくれたし、子どもは泣き虫だけど可愛いし、良しとしている。


「悪いわね、C.C.」


 カレンが抱っこした途端ピタリと泣き止んだ我が子の非を詫びる。
 撫でたふわふわの髪は、燃えるような赤毛だ。しかしアクアマリンよりも深い水色の、切れ長の目は旦那そっくりである。C.C.からもそう云われた。 会ったことあったっけ、と不思議に思ったりもしたが、深くは突っ込まなかった。どうせ「私はC.C.だからな」の一言で済ませてしまうに決まっている。C.C.は昔からそういう女だ。
 所在不明だった女。結婚式にも現れなかったし、出産したときにも現れなかった。それなのに何故いまこのタイミングで訪ねてきたのか。 というか、どこで住所を調べ上げたのだろう。
 加えてC.C.は外見が1ミリたりとも変化していない。相変わらずの美少女ぶり。ある意味では非常に不気味だ。でもそれを率直に言葉にしたら二度と会いに来てくれないような気がして 深く突っ込めなかった。カレンは「お前、歳をとったな」と云われたのに。
 見慣れない人物をじっと見つめる息子と目線を合わせて微笑むC.C.をじっと観察する。
 不意にC.C.が顔を上げた。


「幸せそうで何よりだ」
「っ、・・!」


 責める口調でも声色でもないのに鼓動が跳ねる。
 C.C.は幸せではないのだろうか。
 儚い笑みに胸がざわめく。
 気付けば、言葉が溢れていた。




「アンタはどうなのよ。アンタは、・・・幸せになろうとしてんの?」




 それが心にどう響いたのかは解らない。
 けれどC.C.は呆けたような貌の後にスッと表情を改めて、凪いだ瞳でカレンを見つめた。


「私は       ・・」


 その続きを聞きたかったのに、電話のコール音が流れを壊す。
 カレンのではなく、C.C.の携帯電話だ。一瞬めんどくさそうな貌をしたC.C.が出ると、向こうの話し声が微かに届いた。
 男性の声。何やら怒っているような。
 それが聞き覚えのある声のような気がするのは、懐かしい存在に記憶を刺激されているからなのだろうか。二言三言交わして電話を切ったC.C.に、恐るおそる話し掛ける。




「まさか今の、・・・・ルルーシュじゃないでしょうね」




 C.C.は虚を突かれたような貌でカレンを見る。
 まったく話が通じていないであろう息子も不思議そうな貌で母親を見上げているけれど、カレンは至って真面目だ。 それをどう思ったのか、C.C.はクスリと笑みを浮かべ       ・・・










        たところでカレンは目を覚ました。


 住み慣れた自分の部屋が一瞬本気で解らなかった。
 それどころか年齢まで勘違いしている始末。いわゆる『寝ぼけた』状態だ。当然、息子なんていないし、結婚だってしていない。
 突っ伏していた机から顔を剥がして携帯電話を確認すると、すでに夜中の2時を回っていた。


「・・・・・なんなの? あの夢・・」


 夢にしてはやけにリアリティに溢れていた。
 予知夢の才能なんて欠片もないと百も承知だけれど、旦那の顔を忘れてしまったことを残念に思う程度には本気にしてしまいそうな夢。内容を一から思い出そうとして、心此処に あらずの状態でカレンは携帯電話の待受画面を眺める。
 待機時間が過ぎて黒い画面に切り替わった瞬間、気が付いた。画面に触れて日付を確認する。
 10月31日。
 日本人ではいまいちピンとこないこの日は       ・・・




「ハロウィン・・?」




 なあんだ、とカレンは脱力する。
 トリックオアトリートやら仮装やらカボチャでお馴染みのこの日は、その昔、死者の霊が訪れてくる日だったという。
 まさかルルーシュが悪ふざけでこんな夢を見せたのかも、とか。
 魔女だと豪語するあの女が魔法でも使ってイタズラしたのかも、とか。
 そんなことはないと解りきっているけれど、本当だったらいいかもとちょっと思える想像をして、カレンは笑った。
 握ったままのシャープペンを放り投げ、ノートと参考書を閉じる。
 勉強を再開してもまた転寝をするだけだ。冷え込みが厳しくなった秋の夜では風邪が決定しているようなものである。 それなら勉強しない方がマシだと、カレンはあっさり諦めることにした。
 ベッドにもぐり込み、瞼を閉じる。




 あの夢の続きを見られたらいいなぁ、なんて思いながら。












『trick! trick! trick!』


大遅刻の2012年ハロウィンでした。




2012/11/ 2 up