また、ひとつ




 ユーロピアという所は、やはりブリタニアとは違った。
 鬱蒼と茂る森林の中に突如として現れる都市。
 近代化する都市機能とは裏腹の懐古的な情景。
 そして、市民の人柄。
 ルルーシュがいるにも関わらず、C.C.に声を掛ける男が後を絶たないのだ。目の前で繰り広げられる光景に対し、ルルーシュが我関せずといった貌で 新聞を広げているからかもしれないが。
 それにしたって、まさか兄妹と思われているわけでもないだろうに。
 新聞記事に6割、C.C.の方に4割ほど意識を傾けるルルーシュは、特殊マスクの内側で眉根を寄せる。 それは須らく特殊マスクに反映されているのだが、新聞が隠れ蓑になってC.C.には悟られていない。
 ・・・・いや、ナンパ男など、初めからさして気に掛けてはいないが。
 ルルーシュが出る幕など一切ないくらい、C.C.がズバズバと男たちを一刀両断しているのだから。
 だから、ルルーシュの関心を引いているのは別のもの。
 すなわち、C.C.の前に並べられた       フルーツタルトとマシュマロ・コーヒーだった。






 昨日、ギアス教会を目指そうと決めたにも関わらず、ふたりはまだ同じ街に滞在していた。
 というのも、予定外の事態が発生したのだ。
 ・・・などと云えば聞こえはいいが、何てことはない、盛大に寝坊した、ただそれだけのこと。
 しかし自然に目が覚めたのではなく、昼近くになってもフロントに下りてこない宿泊客を 心配した老婦人が扉をノックした音で飛び起きたとあっては、今思い出しても顔が引き攣るくらい居た堪らない。
 おまけに「眠い」とか吐かすC.C.は動きも非常に緩慢で、日が暮れるのも早いこの時期にあえて市街地の外に出るのは得策ではないとルルーシュは判断した、というわけだ。
 もっとも、滞在を一日延ばすのであれば、図書館などそれなりに回りたい場所は出てくる。
 C.C.と協力して古い文献を探っていたのだが、しかし古くなればなるほど歴史的価値が高まり、一般には非公開となるのが世の常で。
 やはり碌な情報を得られなかったふたりは街の中心街へと戻ってきた。
 C.C.が休みたいと云い出したのはそのときだ。
 ホテルを出てブランチには遅すぎる食事を慌ただしくとり、その後は休まず活動していた。だからC.C.の訴えに理解を示すことができたので、手近なカフェのオープンテラスに 腰を下ろした。
 そこまではいい。
 しかし、ギャルソンに頼んだオーダーにルルーシュは耳を疑った。
 ルルーシュの認識として、C.C.とピザは切っても切れないセットのようなものだ。だからメニュー上での有無など関係なく「ピザはないのか?」と開口一番に訊くものだと 思っていた。
 それがどういうことだ、フルーツタルトとマシュマロ・コーヒーとは。
 耳を疑っただけでなく、実物が運ばれてきても目を疑う始末で。
 コイツ、甘味も好きだったのか? などと釈然としない思いを抱きながら新聞を読み流す。内容を取りこぼすようなヘマはしないが、やはり心此処にあらずだ、 読んだ気がしない。
 またひとり男を追い払ったと、会話と気配で察したところでC.C.の声が飛んできた。


「云いたことがあるなら云ったらどうだ?」


 お前らしくない、とまで云われてしまえば、ルルーシュも黙っているわけにはいかない。
 眉根を寄せながら顔を上げると、呆れ声とは裏腹に、C.C.は嬉しそうに笑っていた。
 その姿だけ見ると、まるで普通の少女だ。


「・・・・・お前、何を考えている?」
「うん? 別に、楽しんでいるだけだぞ」


 C.C.はスプーンでマシュマロを突いている。
 浮き沈みする白い物体がコーヒー色に染まりながら、次第に小さくなっていくのを見ていて何が楽しいのだろうか。
 猫舌でもあるまいし、さっさと飲めばいいだろうとルルーシュが見咎めていると、C.C.は不意に視線を上げた。




「こういうことは、初めてだからな」




 その言葉に、唐突に理解する。
 己を魔女と定め、自ら手枷足枷を嵌めて罰の道を歩んできた女が諦めていた      ささやかすぎる幸福を。


      そういうことは早く云え」


 他人のベッドを我が物顔で占領し、遠慮なしにピザを貪り食っていた女が、まさかこんな風にティータイムを楽しんでみたいと思っていたなどと、誰が想像するだろうか。
 もっとも、強請られたからといって当時は付き合ってやる気など微塵も起きなかっただろうが。
 危機管理能力に乏しい女とはいえ、ブリタニア軍から追われる身という認識は確かにあったようで、監視カメラが多数設置されているような街中を白昼堂々歩くようなことは 一度もなかった。多少の無理を通せばルルーシュが叶えられることばかりを口にしていたと思う。
 今だからこそ解る、C.C.の厄介な美点。


「同席させるに相応しい相手がいない状態で話せと?」


 ルルーシュは言葉に詰まる。
 当時は話にもならなかったと貶されていることに腹を立てるべきか、それとも今こうしてC.C.が向かいに大人しく座っていることを喜ぶべきか、微妙なところだ。
 人を食ったような、当時もよく見せた笑顔が憎らしい。
 昨夜まででC.C.という女のすべてを理解したと思っていたが、そうではなかったらしく。
 またひとつ、些細なことだけれど明かされる本心に、ルルーシュは振り回されっぱなしである。
 今さら、と云われればそれまでで。


「ふふっ、そんな貌をしなくても、もちろんピザが一番だぞ」


 もう解りきっていることだけれど。




 新聞を折り目正しくたたみ、ギャルソンを呼びつける。
 紅茶を注文すると、意図を察したC.C.が存外嬉しそうに笑ってくれたから、今だけはそれで良しとすることにした。












『また、ひとつ』




2012/ 8/28 up