思い出アルバム 心地よい疲労を感じながら、C.C.は流れていく風景を眺めていた。 初めての家族旅行だった。 4人で行くのはこれが最初で最後になるかもしれない。 きっかけは、幼子が「うみをみてみたい」と云ったことだった。 知識欲が旺盛な幼子は、絵本でしか見たことがない『海』に満足できなくなったらしい。駄々を捏ねることはなかったが、ジッと両親を見上げる眼が強い意思を 放っていて、『血だな・・・』と思ったのはルルーシュが先であったか、C.C.が先であったか。 ・・・それはともかく、人目を忍ぶ生活を余儀なくされているふたり、特にルルーシュは困惑した。 幼子の願いを叶えてやりたいが、悪逆皇帝の生存が露見するような行動は避けるべきなのである。所用でルルーシュが街に出ることはあっても、家族で出掛ける ことはまずない。海は遠く、往復するので一日がかり。乳飲み子を残してC.C.が幼子を海に連れて行くことはできないし、かといってC.C.が子どもふたりを 連れて行くのも大変だ。しかし滅多にない幼子のおねだりを無下に却下することもできなくて、相談の末に「家族みんなで行こう」ということになったのである。 電車に揺られながら、C.C.は窓の外を眺め続けた。 暗くなっていく外に比例して、鏡のようになっていく窓。そこに映る自分の姿を見て、C.C.はクスリと笑う。 今回の旅行に際して、特殊マスクは使用しなかった。いきなり見ず知らずの顔で「お父さんだ」と云われても、幼い子どもたちは解ってくれない。 だからルルーシュはカラーコンタクトで瞳の色をグレーに変え、帽子を目深に被るだけに止めた。その代わり大きく変装したのはC.C.で、琥珀色の瞳は紫色に、 若草色のストレートヘアはウェーブ掛かった黒髪長髪のウィッグに隠したのである。 もちろん、『子どもの毛色・目の色は母親譲り』を他人に印象付けるためだ。 「“オシャレ”だよ。かわいいだろう?」 そう云ってニッコリ笑ってやれば幼子は「うん!おかあさんかわいいー」と笑い、それ以上理由を尋ねることもなかったので、旅に支障はなかった。 むしろルルーシュが微妙な表情を見せたので不思議に思ったが、なるほど、自分の姿をもう一度よく見て合点が行った。 「マリアンヌが見たら喜びそうだな」 別に意識したわけでもなかったが、ルルーシュの母親を模したような外見になっていたのだ。 マリアンヌのことだから「あら、なぁに私の真似?」とでも云って嬉しそうに笑うだろう。 そのことを指摘するとルルーシュは露骨に嫌そうな貌をして口を噤んでしまったものだから、図星だったのだと満足して、それ以降はその話題に触れていない。 そんな変装が功を奏したのか、旅行は何事もなく平和に終わりそうである。 腕からずり落ちそうになった赤子を抱え直して窓を見たC.C.は、自分の奥に映る光景に眼を留めて、振り返った。 通路を挟んで向こうの席。初めて乗る電車に、初めて見る大きな都市に、初めて足を入れる海に、いちいち感動していた幼子は現在、絶賛熟睡中だ。座席に座った 状態から真横に身体を倒しており、決して楽な体勢ではないはずなのに目を覚ます気配すらない。そして、その隣で顔を伏せて眠っているルルーシュの、肘掛に置いた腕に 幼子の小さな頭が丁度いい具合に乗っているものだから、あまりに心和む光景に、C.C.の頬は思わず緩んでしまった。 何百年も独りぼっちだったC.C.が初めて手に入れた家族。 彼らとの日常生活の中にある、何気ないけれど心あたたまる光景がC.C.は好きなのだ。 目の前の光景を意識して記憶の管理者の下へと送る。 不老不死ゆえ安易に写真など残せないが、こうすることによって記憶のバックアップとは別に、Cの世界でいつでも閲覧可能なアルバムを作ることに成功した。 あの場所は娯楽目的で記憶を保管するために存在するわけではないが、不老不死などという厄介な体質と付き合っているのだ、これくらいの余得があってもいいだろう。 やはり来てよかった、とC.C.は思う。 腕を伸ばして幼子に上着を掛けるC.C.の口元は、穏やかな弧を描いていた。
『思い出アルバム』 2012/ 4/22 up |