貴女なんて大嫌い、と。 目に大粒の涙を浮かべた少女は云った。 ・・・・・まぁ、当然の言葉だろう。C.C.には話がまったく掴めないが、ルルーシュがC.C.を理由にして少女の想いに応えなかったことは解る。 だから少女にしてみればC.C.は恋敵というわけで、憎くないはずがないのだ。 記憶を奪わないでほしい、に続いたシャーリーのふたつめの願いは、C.C.とふたりきりにしてほしいということだった。 そして実際にふたりきりになっての開口一番があの言葉である。 ある程度予想はしていたものの、C.C.に非はないものの、『大嫌い』という言葉が胸に突き刺さった。 なぜこんなにも苦しいのか。 答えは見つからないまま、アップルグリーンの光彩を正面から受け止められなくなったC.C.は視線を落とし、しかし次の瞬間に目を瞠った。 突然衝撃に襲われたのは、少女が抱きついてきたからだ。背に両腕を回されて、身動きできない。 「でも・・・・・・・でもっ、私たち、きっと仲良くなれる! 友達になれるよ! だって 「 ポツリと呟いた言葉は、静まり返った部屋に虚しく響いた。 斑鳩内にあるゼロのプライベートルーム。ベンチソファーにだらしなく寝そべったC.C.の瞳には室内の様子など映っていない。 虚ろな眼が追うのは、数時間前の記憶だ。 声が次第に嗚咽混じりになり、C.C.を抱き締めたまま泣き出してしまった少女。堪えていたものが抑えきれなくなったのか、 自分に素直な少女はたくさんの涙を流した。それでもルルーシュが気に病まないようにと必死に我慢していたのだろう。 この少女はマイナスの感情をプラスに変えることができる子だ。それがルルーシュにとってそれだけ力になり、支えになるか、過ぎ去った契約者が一様に辿った道を 知っているC.C.には痛いほど解る。むしろ利己的な一面があるルルーシュには勿体無いくらいの好い娘だ。 一頻り泣き終えた少女は『ルルをよろしくね』と云った。『学園では私がルルを守るから。だから心配しないで』とも。 まったくもって愚かな選択だった。 あの少女を選ばなかったことをルルーシュが後悔する日はそう遠くないだろう。 よりによって“共犯者”を傍に残そうなどと考えるとは、一体どういう了見か。 もっとも、あの娘もすぐにルルーシュへの想いを断ち切ることなど出来ないだろうから、明るい未来が完全に潰えたわけではないが。 「・・・・・・・・・ルルーシュ・・」 「ああ、ただいま」 「ッ・・!」 完全なる独り言に返事が返ってきて、C.C.は心底驚いた。 上体を捻って扉の方を見遣ると、ゼロの仮面を外しながらクローゼットに向かうルルーシュの姿が眼に飛び込んでくる。 思考にばかり心を傾け過ぎて、人の気配どころか物音にすら気付かなかった自分に舌打ちしたい気分になった。 失策だ。しかも、よりによって名前を呼んだときに本人が帰ってくるとは、タイミングが悪すぎる。 「・・・・・・」 無意識のうちにぬいぐるみを抱えて立ち上がっていた。 外套をしまうルルーシュに背を向け、極力意識しないように努める。しかし実際は衣擦れの音ひとつにも過敏に反応するザマで、血も涙もない魔女と 罵られたことさえある自分の変わりように自嘲が漏れた。 カツ、と靴音が鳴る。 近づいてくる足音がぬいぐるみを抱く腕に力を込めさせているのだと責任を転嫁して、それでもC.C.は背筋を伸ばしてその場に留まり続けた。 肌を掠めそうなほど近くで溜息が聞こえる。 「そう警戒するな。・・・・・・・、・・・結構、傷つく」 一瞬、何を云われたのか解らなかった。 自分本位が仮面をつけて歩いている男が弱音めいたことを云うなど、誰が想像できるだろうか。ましてや対等であることが前提のC.C.に対しては口が裂けても 云わなかった言葉だ。 「身体がほしいわけじゃないんだ。 それはまるで愛を請われているようで。 じわじわと目頭が熱くなった。 出会ったばかりであればさっさと契約を破棄して立ち去っていただろう。しかし、今となっては到底できそうもない。 芽生えてしまった情。それを途中で刈り取らなかった自分。咲いた華は、かつての契約者たちに対するものとまったく異なるものだった。 「・・・・ひとつ、訊きたい」 C.C.には数時間前から引っ掛かっていることがあった。 それはルルーシュと少女の会話の中で出てきた言葉で、直接C.C.に向けられたものではなかったが、しかし重要な鍵になるであろう確信があった。 「・・・・・・・・・・・・・・好きな子が私、とは・・・どういう、意味だ?」 あのとき、聞き違いでなければそういう言葉が出てきた。 そうだったのか、と真に受けた。けれど同時に、ありえない、と否定した。これまでの関わりの中でルルーシュがC.C.に対してそういう感情を抱く要素は皆無であるし、 そういう素振りを見せたこともなかったからだ。 だから、総合的な判断としては否定の方に落ち着いた。しかしC.C.の判断ではなく、ルルーシュの真意を明確にしないと後にも先にも進めない。 いつしか居心地のよいぬるま湯と化した関係は、すでに9割方壊れている。ならば残りの1割に縋るより、一思いに壊してしまった方がいいような気がした。 なのに 「・・・・・ッ」 ゆっくりと振り返った先に見たルルーシュの貌が『そのままの意味に決まっている』と訴えていて、C.C.は再び固まってしまった。 確かに、あの話の流れでなくても、『好きな子』に他の意味を持たせるのは難しいけれど。 いや、だが、しかし・・・ 「 耳を、疑った。 まさかルルーシュの口からそんな言葉が出る日が来ようとは。 ・・・・・いや、それもそうだが、その相手がまさか自分だとは、C.C.は夢にも思わなかった。聞いてしまった今でも信じられない。 絶対唯一の妹でもなければ、直向きな恋情を示してくれる少女でもないのに、それでもC.C.を選ぶと云うのだろうか。 「・・・・・お前が好きなのはナナリーだろう?」 「馬鹿か。ナナリーのことは愛しているし、幸せにしてやりたいと思っているが、それは妹としてだ。それ以上に思ったことは一度もない」 「ッ・・・それに私は、・・・ただお前に従うだけの女にはなれない」 「だろうな。 「え・・?」 ゆっくりと伸びてきたルルーシュの両手。大きくて温かい手に頬を挟まれて、心がざわめくどころか逆に凪いできた。 挟み込むというよりは包み込むと表現した方が正しい。 感触はあくまで優しく、逃げようと思えば逃げられる程度の強さだ。 ずるいやり方だと思う。選択肢を与えていると暗に示しているつもりか。ここで流されたら、どうせ「拒まなかったお前が悪い」とか云うのだろう。 「私、は・・・・・・」 拒みたいわけではない。しかし積極的に受け入れることもできないC.C.は、切なく声を震わせた。
2012/ 4/ 5 up |