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「ちょっとは落ち着いたァ?」


 部屋に戻ってきたラクシャータの開口一番がこれだった。
 突然部屋に押しかけて、何も説明せずに「しばらく居候させてくれ」と云ったC.C.に対して「まァ、ゆっくりしてけば~?」と気軽に迎えてくれた彼女。 そのくせ、直後にドッグの様子を見てくると出て行って、1時間は戻ってこなかった。
 さすが、大人の対応だ。これがカレンだったらさぞかし煩かったことだろう      と、あの部屋に戻らなかった自分の判断を 今の今まで褒め称えていたのだが。




「許してやんなさいよォ~? ゼロのこと」




 眼を細めてこちらを見遣るラクシャータはすべてお見通しという貌をしていた。
 普段であれば冷めた眼を返しているところだ。ここでそうさせないのは、やはりラクシャータの力なのだろう。
 デスクの椅子に脚を組んで座り、肘は背もたれの上。身体ごとこちらを向いているにも関わらず、彼女特有の寛いだ雰囲気を崩さないものだから、 圧迫感はまったくと云っていいほどなかった。
 なるほど、伊達に歳を重ねていないというわけか。
 生きた年数こそC.C.の方が断然上なわけだが、経験というのも外見年齢に影響を与えるのかもしれない。そんなことを考えてしまったのが顔に出たわけでも ないだろうに、煙管の甘いにおいをくゆりと漂わせたラクシャータは「何があったか知らないけど」と前置きした上で云った。


「ゼロだって若いんだからさァ、失敗のひとつやふたつあるもんよォ?」
「・・ッ」


 待て。なぜアイツが若いと知っているんだお前は。まさかゼロ=ルルーシュの事実まで知っているとでも云うのか        と、 まじまじとラクシャータを見つめたのがいけなかったのかもしれない。女は笑みを深めて「身体見れば歳くらい解るわよォ」と云った。


「20代前半か・・・・ヘタしたら10代ねェ~」
「・・・・・」


 どうしてそこまで解るんだ、経験豊富と云っても程があるだろう、と訝しく思って、そこでラクシャータがその昔医療サイバネティック技術で 名を馳せた研究者であったことを思い出した。
 なるほど、ラクシャータくらいの技術者になると、まだ成長途中の年頃であることが解るのかもしれない。
 外見ではなく骨格レベルで指摘されては否定できないが、そもそも年齢不詳を徹底するのであれば否定も肯定もできないのだ。 まさかラクシャータが吹聴してまわるとは思わないが、ここは冷静に沈黙を貫くしかない。「そんなに警戒しなくても、取って食ったりしないわよォ」と、 ラクシャータは目を細めて笑うけれど。


「まァ・・・こんな境遇でいつ死に別れるとも限んないんだからさァ・・・・つまんない意地なんて張るもんじゃないと思うけどねェ」


 くゆる紫煙の向こうで碧色の瞳が哀しく揺れたように見えたものだから、今度こそ意図せず言葉を失ってしまった。
 ラクシャータにもあるのだろうか。大切な者と死に別れた経験が。
 次の瞬間にはいつもの食えない表情に戻ってしまったが、あの貌は見間違いではない。


「・・・・・・」


 理解はできるのだ、ラクシャータの云うことも。
 一般的な男女なら、互いの気持ちに素直になるのが一番良い道だろう。大国と戦争をしている身ならば、尚の事。
 しかしルルーシュとC.C.は一般的な男女ではないのである。今までの関係は共犯者で、C.C.は人間ですらない不老不死の魔女で。 おまけにルルーシュは年頃の少女をひとり囲っていて、この少女がルルーシュにベタ惚れだから余計に話が拗れているのだ。
 ・・・・・いや、そうではない。根本的に      ・・






「あら、誰かしらねェ」


 不意に呼び出し音が鳴った。
 午前1時過ぎ      というのは、部屋を訪れる時間としては非常識だ。
 まさか、と思った。
 痕跡をすべて消して何もなかったことにしてきたのだ、ルルーシュがわざわざ捜しに来るなんてことはない、そう思いつつ、コードが契約者の 存在を近くに感じている。
 ラクシャータを止めようとした。
 しかし、間に合わなかった。


『私だ』


 インターホン越しに聞こえたのはゼロの声。機械によって声紋を消した特殊な声だ。
 それを聞いたラクシャータはチラッと視線を寄越したが、入れるなと眼で訴えたC.C.のことなど無視して扉を開けてしまう。


『C.C.が     来ているな』
「まァね。一晩預かってもいいんだけどォ~?」
『いや、悪いが少し席を外してくれないか』
「いいわよォ? 2時間でイイ~?」


 あっさり是と返したラクシャータはゼロと入れ替わるように部屋を出る。 ヒラ、と振られた手が『頑張ってねェ~』と云っているようで、余計な世話を・・と恨めしく思わずには いられなかった。
 しかし、気を逸らしてばかりではいられない。
 扉に電子ロックを掛けて仮面を外した男が、無言でこちらを見下ろしているのだ。
 怒鳴られるものだとばかり思っていた。なぜ逃げたのだ、と。ルルーシュが熱くなればなるほどC.C.は冷静でいられるのに、当てが外れて逆に動揺させられる。 意地でも貌に出さないが、思わず顔を背けてしまう程には刺さる視線が肌に痛かった。


「・・・久しぶりだな。こんな時間に何の用だ?」


 ここで逆上してくれた方がまだ良かったかもしれない。
 頬に手が触れたかと思った次の瞬間には、ルルーシュの顔が視界を覆っていた。


「ッ・・!?」


 予想外の展開に驚いて、腕に抱いていたクッションをさらにきつく抱き締める。
 しかしルルーシュにしてみれば何の障害にもならなかったようで、眉間の皺は確認できなかった。それどころかヌルリと潜り込んできた舌に気をとられた 隙をついて圧しかかってくる。耐え切れずにベッドへ倒れ込み、さらに覆い被さってこようとする男を押し退けようと肩を押し返した、 そのタイミングを逃さずにクッションは取り払われてしまった。
 逃げ出そうにも、体重を掛けられてしまっては身体が動かない。
         こんな芸当、いつどこで覚えてきたんだコイツは・・!
 得体の知れない怒りが湧き上がりかけて、しかし上顎を舌先で擽られて力が抜けた。くぅン、と鼻に掛かった声を漏らしてしまったのがさらにマズい。 悦ぶと解っているから反応を返さないようにしていたのに・・・調子に乗った男をさらに調子付かせてどうする。
 というか、それ以前にここはラクシャータの部屋だ。なのに、まさか・・そんな・・・。


「~~~~~ッ」


 抵抗した。
 全力で拒絶した。
 それなのにルルーシュは意に介さない。執拗なくちづけに応えないことに焦れたのか、頬、耳を経て首を下り始めた。 濡れた唇と舌、白い歯が甘美な痛みを刻んでいく。
 しかし、この肌は跡を留めない。
 だからこそ追及をかわせると信じてあの部屋から抜け出してきたのに、ルルーシュは気にした素振りも見せず、うたかたの華を咲かせることに夢中だ。 次はここを攻められると予測したところをピンポイントで狙われて、・・・そして気付いてしまった。
 ルルーシュが数時間前と同じ位置に愛撫を施していることに。
 位置どころか、順番までまったく同じだ。


「ぁ、・・・」


 カッと身体が熱くなった。
 ルルーシュは怒っている。黙って姿を消したことを、それはもう腹立たしく思っている。だからこうして行動で訴え、圧力を掛けているのだ。


         とぼけても無駄だ、と。
         俺に抱かれたことを素直に認めろ、と。


 眩暈がした。
 ルルーシュが何をしたいのか、C.C.自身どうすればいいのか、いよいよ解らなくなる。




 一連の流れの中で幾度か『お前が必要だ』と云われた。
 だが、それが何だというのか。
 妹を愛することにすべてを奉げている男だから、今さら恋愛の類を持ち出すはずもない。
 共犯者としていつも傍にいた、それで過不足などなかったはずだ。
 ギアスによって他人との境界を失ったマオは、C.C.に『他人』を求めた。
 ならばルルーシュは何を求めているのだろう?




 数時間前と同じ反応をしてやるものかと意地を張ってみても、意識しているだけ敏感になっているものだから、同じもしくはそれ以上の反応をしてしまう。
 悔しかった。
 肌をなぞる手に翻弄される自分が悔しい。
 なのに、左胸の古傷をチュッと吸われて身体が跳ねた。


「やッ、・・ァ」


 咄嗟に口を塞ごうとして、頭上でひとつに括られた両手に絶望する。
 もうダメだと思った。
 身体の中心が疼いていることだけは悟られまいと、ただそれだけを思って必死にもがいていたけれど、ここが誰の部屋だとか、合意がない場合は犯罪だとか、 そんなことが一切頭から飛んでいる男に中断するという選択肢はないらしい。 思わせぶりに腹を撫でられ、ホットパンツのホックを外されそうになったものだから、思わず叫んでしまった。




「やめ、ッ       わかった、わかったから、ルルーシュッ!」




 この言葉にどう納得したのかは解らない。だが、ルルーシュは確かに手を止めた。
 退いていく身体に安堵して瞼を上げれば、男と視線が合う。その、熱の断片も見えない冷静な瞳を見て、悟った。 すべてはこちらから決定的な言葉を引き出すためだけの行動だったのだと。
 まさかの真実に全身の血が沸き立つような怒りを覚えた。
 しかし、眼で『戻るぞ』と示すルルーシュに逆らうことができず、無言で着衣を整えるしかない。
 ここで抵抗すれば何を『わかった』のか問われるのは必須で、そうなれば今度こそ徹底的に言葉で嬲ってくるのが眼に見えている。それだけは回避したかった。
 乱れたベッドを気に掛ける気力もない。
 仮面を被った男に従って部屋を出ると、扉のすぐ横の壁にラクシャータが寄りかかって煙管をふかしていた。
 出てきたふたりを交互に見遣り、意味ありげな視線を投げてくる。


「あらァ、早かったわねェ」
『邪魔したな』


 取り付く島もないゼロはさっさと踵を返し、ラクシャータは肩を竦めた。
 それでも晴れない貌のC.C.を「頑張んなさいな」と励ましてくれる優しさは、まるきり頼れる姉だ。


 頑張るとか、そんな気分には到底なれないが、とりあえず曖昧に頷いてC.C.はその場を後にした。












2012/ 2/18 up