月だけが見ている




 ゆるゆると瞼を上げたルルーシュの眼に飛び込んできたのは、完成された白い月だった。
 なぜ外で寝ているんだ俺は・・と一瞬だけ惚けて、すぐに理解する。
 住む場所どころか、世界に存在を主張する名前すら失くしたのだ。・・・・・いや、『失くした』 のではなく 『故意に失くさせた』 のだけれど。 ぼんやりと月を眺めながら、そんなことを考える。
 ただでさえ浅い眠りから意識が浮上してしまったのは、肌寒さに耐えられなくなったからだった。
 昼間はまだ暖かいが、夜は本当に底冷えする。不老不死といっても凍死の心配がないだけで、薄い肩掛け1枚のみで寝るのは無謀というものだろう。
 それでも、藁を積み上げた荷台の上で眠れることは救いだった。寒いことに変わりはないが、寝心地は悪くない。 藁の先が首元や後頭部を刺激して非常にむず痒いことは意識しないよう努めていた。
 この馬車ともあと2、3日の付き合いなのだ。向かう方角が同じだからと10日前に立ち寄った村の老夫婦から預かったもので、娘夫婦のもとに届けてしまえばその後は また完全に野宿となる。


 C.C.と、ふたりで。


(・・・・・ぁ・・?)


 そこまで考えたところで、ルルーシュは視界の隅に入る緑色に気が付いた。
 右を見遣ると、そこに在ったのはC.C.の穏やかな寝顔。どうやら先ほど視界に入った緑色の正体はC.C.の頭だったようだ。彼女はルルーシュの腕の付け根に頭を乗せ、 彼にぴたりと身を寄せて眠っている。
 ルルーシュがもう少し視線を巡らせると、C.C.の向こうにひとりで寂しそうに眼を閉じているチーズ色のぬいぐるみが見えた。思わず小さな溜息が零れる。
 ルルーシュをぬいぐるみだと勘違いしているのか、それとも暖を取るために敢えてルルーシュを選んだのか。 ・・・どちらにせよ執着の対象である割にはぞんざいに扱われることも多いそのぬいぐるみに同情しつつ、ルルーシュは身体を捻って腕を伸ばした。 どうせなら枕にしようと思ったからだ。
 しかし、手が届く前に右腕の中の少女が身じろぎ、ふっとルルーシュの上から重みが消えた。


「・・・・るるぅ・・しゅ・・?」
「・・・起こしたか?」


 少し気まずそうに聞いたルルーシュの声が届いていないのか、C.C.は「・・・・・・ちーずくん・・」とだけ呟いて、あたりを見回しはじめた。 仕方なくルルーシュは再度ぬいぐるみに腕を伸ばす。が、彼の腕の先にチーズ色を見つけたC.C.は、再びことんとルルーシュに頭を預けて眠ってしまった。
 次の動作に困ったのはルルーシュの方である。掴んでしまったぬいぐるみと、先ほどよりもぺたりとくっついてきたC.C.への対応に困ったのだ。
 ちらりと窺うと、C.C.はすでに夢の中らしく、邪気のない寝顔を晒していた。
 ルルーシュはますます対応に困る。


「・・・・・」


 確かに、暖かい。
 それどころか全身が熱を持ち始めて、指の先までじわりと熱くなったほどだ。
 しかし己の身に起きた不可解な反応に困惑するルルーシュのことなど知る由もないC.C.は「んぅ・・」 と鼻に掛かった甘い声を零しながらルルーシュの腕の付け根に 顔を埋めた。細くやわらかな髪がさらりと流れて、ルルーシュの首筋を擽る。あまりのくすぐったさに、ルルーシュは貌を歪めた。
 引き剥がしたい衝動に駆られるものの、ぐっすりと眠っているC.C.を起こすことになりかねないので実行にも移せなくて。
 とりあえず当初の予定通りにぬいぐるみを枕代わりにしてから、迷いに迷った末に、ルルーシュはC.C.の下敷きになっていた右腕をそろそろと動かして 華奢な身体を抱き寄せた。


 ルルーシュの中でC.C.はもはや、今まで彼が得てきた、他人との関係を表す言葉では括ることができない存在になっている。
 共犯者、という関係のはずだった。利害の一致のみで構築された関係に温度が宿ることはなくて、特に初めのころは干渉されることすら互いに嫌っていたはずだった。 ・・・それなのに、今では表層に決して出さない優しさも弱さも、すべてが手に取るように解ってしまう。
          それを、ただの共犯関係と呼ぶには違和感があるのだ。
 では何と表現するべきなのかと訊かれると、返答に困るのだけれど。


 明るすぎる月の光に目が眩んで、ルルーシュはそっと眼を瞑った。
 視覚情報が遮断されたことにより殊更浮き彫りになったC.C.のやわらかさと暖かさに、気分はなんとも表現し難い微妙なものになる。しかし再び眼を開けるのは、それこそ C.C.を意識しているのだと認めるようなもので、ルルーシュは頑なに眼を閉じ続けた。
 瞼の裏に滲む白。
 肌を刺す冷気と、それを跳ね返す自身の熱。
 頭の下に敷いたぬいぐるみの感触。
 積まれた藁の弾力。
 そしてどうしても意識が向いてしまう、腕の中に収めた、やわらかく暖かい身体。
 眠気などすっかり失せてしまったルルーシュは、内心で苦々しく舌打ちをする。




 眠れないのはきっと、月が明るい所為なのだ。












『月だけが見ている』


芽吹いた感情は、まだ眠らせたままで




2008/10/15 up