世界を手にしたあとで




 自らも至上の地位を退き、帝政を永久的に廃すことを国際生中継で宣言したルルーシュは、実に晴々とした貌で歴史の舞台から身を引いた。
 今ごろは世界中で波紋を呼んでいることだろう。そう思うと苦笑を禁じ得ない。
 彼は宣言の中で自身の身柄を超合集国の最高評議会に託していた。失われた命への償いとして科される罰を、世界が望むままの裁きをすべて受け入れるためだ。 無益もしくは個人の有益のためだけに失われる生命を無にすること、すなわちゼロレクイエムを現実のものとする過程において実に たくさんの血を流させたのは彼自身だったのだから。
 解放された世界とは裏腹に自由を放棄したルルーシュを艦橋の隅で迎えたのは、世界に縛られている魔女     C.C.だった。


「おかえり、ルルーシュ」


 壁に寄り掛かって無表情で告げた少女が、しかし格段にやわらかい空気を纏ってルルーシュを迎えたことを彼は気付いていた。
 喧騒から隔離された、ふたり。
 スザクはジェレミアと共にルルーシュの“奴隷になれ”というギアスから多くの軍人を解放するため奔走していたし、ロイドとセシルはどのルートで超合集国連合の 最高評議会に向かうか検討中である。中継の途切れたアヴァロンの艦橋に他者の眼がないことを知った上で、ルルーシュはC.C.の頬に指を滑らせた。 訝しげな表情を浮かべる彼女の頤を持ち上げる。
 少し身を屈めて、ルルーシュは薄く開いた桜色の唇にゆっくりと唇を重ねた。


「っ・・!?」


 C.C.は驚きに目を瞠る。
 しかし目的が別にあったとはいえ、ふたりの間では決して初めての行為ではないのだ。抗う理由がないC.C.はそのままそっと瞳を閉じた。
 皮膚が触れ合うだけのキス。でも、心が震えるくらい真摯なキス。
 ぬくもりを分かち合って、何度も息継ぎをしながら相手を求めた。
 唇が離れるころにはルルーシュの白い上衣に縋らなければならないほど身体に力が入らなくて、C.C.はまた驚く。しかし次の瞬間にはぐらりと本格的に視界が歪んだ。
 ルルーシュに抱きとめられる。
 意外と力強い腕に身を預けながらC.C.は小さく呻いた。


「おまえ・・・・何を・・」


 しかしルルーシュはその問いに答えることなくC.C.の額に手を伸ばした。やわらかい前髪の下に手を忍ばせて額を露わにする。 C.C.は不可解な行動をとるルルーシュを睨めつけたが、それで事態が明確になるわけではない。 それでもどこか満足そうなルルーシュの、翳りのない紫の瞳に惹きこまれたC.C.は視線を逸らすことができなかった。
 そして、気が付く。
 ルルーシュの眼に写り込む己の、まるい額。そこに深く根を下ろしていたはずの紅の紋様が失せていることに。
 身体に力が入らないことも忘れて、C.C.は無我夢中でルルーシュの長い前髪を掻き揚げた。C系統のコードは額に浮き出るからだ。しかしC.C.が恐れた 紅はそこになく、彼女はますます混乱する。


「どう、して・・・」


 C.C.の口を衝いて出たのは、そんな弱々しい呟きだった。
 しかし、ルルーシュは至って普通に言葉を返す。


       “魔女の呪いを解くのは、やはり王子のキスだろう?” と。


 C.C.は呆気にとられた。
 ルルーシュが真面目な貌で答えたものだから尚更、だ。
 「・・・・・・皇帝ですらなくなった男が・・よく言う・・・」とC.C.が指摘すれば、ルルーシュは肩を竦める。その動作にじわじわと実感を受け入れはじめたC.C.は 小さく身体を震わせた。


「・・ありがとう、ルルーシュ・・・」
「契約だからな。だが、無為に死ぬなよ。どこかで降ろしてやるから、ギアスとは無関     
「私は、お前の傍にいる」


 ロイドとセシルの方へ視線を投げ、踵を返しかけたルルーシュの言葉を遮ってC.C.は断言した。白い上衣の裾を掴んで放さない。 途端に険しい顔つきで振り返ったルルーシュに負けじと琥珀の瞳をぶつけながらC.C.は続けた。
 死ぬことに恐怖は感じない、と。


「私の望みを知っているお前なら解るはずだ。身体が傷つくことにも慣れている」
「・・っ、だがっ・・・何のために俺がお前を公の場に出さなかったと思っている?」
「世界の眼に晒させないため、だろう? まったく・・妙なところで甘いからな」
「解っているなら     
「それでも最期は自分で決めたい。間違っているか? ルルーシュ」


 凪いだ瞳。
 それを見て、何があっても意見を覆すことはないと悟ったルルーシュは盛大に溜息を吐いた。筋金入りの頑固者なのだ、彼女は。 尤も、そうでなければ数百年も正気を保って生きてなどいられないのかもしれないが。


「問題ないさ。私が死ぬときは笑顔だと決まっている。そうだろう?」
「・・・・・そう、だったな・・」


 言葉に詰まるルルーシュとは正反対に、少女は実にマイペースだ。またひとつ溜息を吐いて、ルルーシュは不機嫌な貌を改める。それからそっと囁くように名前を呼んだ。
 『C.C.』ではなく、彼女の本当の名前を。




 どこか嬉しそうに笑んだ少女の頬を撫でてから、ルルーシュはもう一度だけ少女に唇を落とした。






























 超合集国連合最高評議会議長・皇神楽耶がルルーシュに決議の結果を告げたのは、それから10日後のことである。




「元神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。貴方の起こした行動によって失われた生命は数知れず、また、世界に混乱を招いた責は重くあります。 その罰は貴方の生命をもってしても充分足りうるものではないでしょう。
 しかし、貴方がまた幾千幾万の生命を救ったことも事実であり、果ては未来に生まれ来る子どもたちの生命を無条件に救ったことも事実です。 よって、貴方が行ったことを悪逆と呼ぶのか、それとも正義と呼ぶのかを決めるのは恐らく未来の世界であり、戦争は悲惨なものと知りながら絶やすことができなかった わたくしたちに貴方を裁く権利はありません。
 それでも、かけがえのない生命を奪った責を、貴方はとるべきであるとわたくしたちは考えます。
          生きてください。生きて、貴方が変えた世界と正面から向き合うことで、散った生命に報いてください。 貴方が思い描いた優しい世界は貴方が一番よくご存じのはずです。そして、その歪みに対しても貴方が一番敏感であるはずです。その先見の明は今の世界に 必要なものであり、総意としてわたくしたちはその力を貸していただきたいという結論に達しました。そこで貴方を最高評議会の特別顧問としてお迎えしたいのですが、 いかがでしょうか」












『世界を手にしたあとで』


C.C.のコードを解くのはルルーシュからのキスで。
そしてみんなが幸せに生きる世界になればいい。




2008/ 9/13 up